愛を語れない関係【完結】

迷い人

文字の大きさ
上 下
1 / 16
前編

01

しおりを挟む
 プライドが許さなかった。
 語り合う事をしなかった。

 真っ白な頭の中に巡るのは『後悔』だった……。





「どうしたんだ? ウィル。 急に立ち止まって」

 学生時代からの相棒カールが少し後ろから声をかけてきた。

「ぇ?」

 反射的に振り返り、カールの声と顔を認識すると同時に、ボンヤリとした思考が急激に覚醒を促され、光の中に引き戻される感じがした。

 不安そうに見えたのだろうか?

 安心するようにとでも言うようにカールは笑って見せる。 背が高く体格のいい男。

「いえ、何でもありません」

 大きな帽子を傾けて僕は不安定な自分の顔を隠した。 初めて会った時からコイツの事が嫌いだった。 なのに、今は奇妙な懐かしさすら感じてしまう……だけど、それは屈辱で……戸惑ってしまう。

「いえ……」

 嫌いなのに……カールを見ながら、いつの間にか微笑んでいたのだろう。 カールがいぶかしげな顔を向けて来る。

 彼との付き合いは長い。

 王立学園グランツは、国にとって重要な人材を育成するための学園で、入学には貴族の推薦、そして10歳以上である事が条件とされている。

 辺境伯令息であるカール・シュミットと、グランビル伯爵の息子である僕ウィル・グランビルは、同じ年の春に入学し……そして、上級生の標的となり2人で仕返しをした日からずっと共に戦ってきた。

 嫌いなのに、無くてはならない人。

「本当にどうしたんだ? 大丈夫か?」

「うん……大丈夫だから……頭を撫でるなよ」

 頭に置かれた手を払い退け、沈黙のままダラダラと歩きカフェへと向かう。

 先の大戦の際に、カールは騎士として僕を守り、僕は魔術で敵を蹴散らした。 その功績を知らない者は王都にはおらず、人々は何時だってチラチラと好機の視線を向けて来る。

 今日は何時も以上に視線が気になりイライラした。 

「そんなに不機嫌にならなくてもいいだろう。 おまえが婚約者殿との時間を疎ましく思っているのは知っているが、国王陛下のはからいだ。 それよりも俺は思うんだが、彼女と会う時に恋人気取りで君の栄誉を利用する義妹を伴うのは如何なものだろうか?」

 苦笑交じりに語る声は苛立ちに拍車をかけてくる。

「君こそ、僕の義妹に失礼じゃないかな? それにメアリーだって毎回お茶会についてくるわけじゃない。 彼女だって忙しいだろうからね。 それこそ一人前にさえなればソフィラよりもメアリーの方が人に求められるんだ。 今はまだ学生なんだから仕方ないだろう!!」

「あのなぁソフィラもまだ学生だ」

「ソフィラは5年生でメアリーは2年だ。 それに年齢だってソフィラの方が年上だ。 年下を思いやるのは当然だろう?!」

 婚約者のソフィラは今年16歳、メアリーは15歳になる。

「年上って数か月の違いだろう。 見た目的にはソフィラの方が幼い」

「僕だって!! 僕だって……見た目は子供だけど……魔力を蓄えているだけで、本当は大人だ……。 見た目なんて意味は無い……」

 国を守るための魔力ストックとして魔石作りが義務づけられ、僕の姿はもう何年も子供のまま。 僕が……僕とカールが助けた子供……ソフィラもメアリーも、特にメアリーは年齢以上に大人っぽく成長しているのに、僕はと言えば彼女を助けた5年前の彼女と同じぐらいの幼い姿をしている。

そんな僕に対してもメアリーは、子供扱いすることなく敬意を向けてくれる。

「そうか? その割にメアリーの素敵な身体には興味津々のようだが?」

「そんな事はない!!」

「顔を真っ赤にして、あんだけ貢いでおいてやってないのか?」

「ふ、不潔だ!!」

「魔導師って奴は……根暗だな」

「ウルサイ!!」

「まぁ、冗談はともかく……おまえが、他の女の味方をしてどうする。 築ける関係も築けなくなる」

「ガキ相手に欲情しろって言うのが無理な話だよ」

「そこから考えを離せ、お坊ちゃん。 正直、笑えない」

 真顔で言われた僕は、頭の中がぐらぐらした。 別にメアリーの年齢にそぐわない魅惑的な肢体ではなく……カールの真面目な言葉に背筋がヒヤリとしたのだ。

「君が言ったんだろう。 それに、僕だって分かってる……。 分かっているよ」

 何がと言われても分からないけど、それでもゾワゾワと背筋に走る予感には泣きたくなるほど不安だった。

 魔導師の帽子を奪ったカールが子供にするようにウィルの頭撫でながら、ウィルに白蝶貝と真珠で作った髪飾りを入れた箱を手渡した。

「なんだよコレ……」

「今回の遠征の土産だ。 おまえからだと渡すといい」

「なんでそんなものを……あんたが渡せばいいだろう? ガキに機嫌を取れって言うのか?」

 ウィルはそう言いながら奪われた帽子を取り戻し、顔を隠すほどに深くかぶった。

 贈り物はしたくない。 彼女に贈り物をする人は多く、その人達は皆ウィルと違って金持ちなのだ。 見た目こそ子供のような姿をしているが、中身は27歳の青年だ。

 プライドが傷つくのが怖い……。

 カールは口の悪い相方に、苦笑いと共に肩をすくめて見せる。

「上手くやれよ」

「一緒に来ないの?」

「デートに割り込むなんて非常識な事はしないさ」

 明らかに義妹となった女性の同行を許すウィルに対する嫌味。

 嫌いだ……。

 睨みつけるウィルにカールは笑いかけ手を振り去って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

会うたびに、貴方が嫌いになる

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
長身の王女レオーネは、侯爵家令息のアリエスに会うたびに惹かれた。だが、守り役に徹している彼が応えてくれたことはない。彼女が聖獣の力を持つために発情期を迎えた時も、身体を差し出して鎮めてくれこそしたが、その後も変わらず塩対応だ。悩むレオーネは、彼が自分とは正反対の可愛らしい令嬢と親しくしているのを目撃してしまう。優しく笑いかけ、「小さい方が良い」と褒めているのも聞いた。失恋という現実を受け入れるしかなかったレオーネは、二人の妨げになるまいと決意した。 アリエスは嫌そうに自分を遠ざけ始めたレオーネに、動揺を隠せなくなった。彼女が演技などではなく、本気でそう思っていると分かったからだ。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

貴方でなくても良いのです。

豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

やり直し令嬢は本当にやり直す

お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

処理中です...