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9章
117.転じる 07
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「ようやく会えましたね」
玲央が言う。
玲央の外見は、やはり小学生にも見えない幼い姿だった。
だからこそ、幼い顔に歪んだ表情を浮かべる玲央は、人々に深い不快感と不安感を与え周囲に騒めきが起こる。
少し前……数時間前だろうか? 晃は、田宮玲央と言う人間に、彼の身に起こった事を説明し、彼が犯してしまった罪が間違いであったと認めさせ、そして……普通に生きる事ができるよう守ろうと考えていた。
そうしなければいけないと思っていた。
玲央のためだけではなく、晃自身のためにも……。
晃の身に起こった1月と少しの間の出来事。
その出来事の中で、変化する自分を晃は恐れていた。
化け物になっていく……そう思えば気が狂いそうだった。
もう化け物なのでは、そう思えば暴れたくなった。
玲央もそんな風に悩んでいるかもしれない。
晃は、自分の周りの人間、親良が……颯太が……藤原が、皎一が、時塔の屋敷を預かる者達全員が化け物で、晃の命を狙っているような錯覚すら覚えていた。
もし、晃の身体に雫の不死性とも言うべき力が宿って居なければ、恐怖に狂っていただろう。 いや、狂いこそしなかったが、俺は死なないから大丈夫だと割り切る事は晃にはとうてい出来なかった。
俺は化け物だ。
いつ狩られてもおかしくない。
それでも、
食事は食べる事ができた。
眠る事もできた。
側に人が居る事に恐怖を覚え暴れる事は無かった。
だが、玲央はどうなのだろうか?
玲央は、自らに起こった出来事のせいで疑心暗鬼になり、家族を愛しながらも、疑いたくないと思いながら殺してしまったのかもしれない。
晃は、そう思いたかった。
玲央がそうなら、俺だってそうだろう。
俺がそうなら、玲央だってそうだろう。
そう思う事で、自分が常識の中にいると思いたかったのだ。
玲央と俺は同じだ。
そして、玲央は俺よりも弱い。
と……。
なら、罪を理解させたうえで、罪を誤魔化し、柑子市に連れ帰り、柑子市と言う狂った場所で、俺達は寄り添いあいながら家族になれるかもしれない。
晃はそう考えていたのだ。
ほんの少し前まで。
だが、田宮玲央は最初から化け物だった。
彼の父親の罪をアッサリと飲み込み利用し、愛し愛されていた。
母親は哀れな女だと見下しながらも愛していた。 余りにも哀れで弱弱しく、そして優しい守るべき存在ぐらいに考えていた。 ただ……守る意味に死も含まれているのが……普通ではなかっただけで。
姉は……劣等種だと思っていた。 だから、馬鹿にされたと余計に腹が立った。
玲央は生まれながらに化け物だった。
なら、俺は?
目指すべき道を示してくれる養父。
俺を理解しようとしてくれる養母。
2人はもういない。
俺は今、何処にいる?
水に濡れた床の上を小さな足で一歩一歩近寄ってくる玲央。
ぴちゃぴちゃと小さな足音が近寄ってくる。
「聞いているんですか? 晃さん。 僕は、貴方に会う時をこんなにも待ち望んでいたのに、何も言ってはくれないのですか?」
「何者だ?」
「……そうですね、まずはご挨拶を先にするべきでしょうか? 僕だけがアナタの事を知っていると言うのは余りにも不公平ですし?」
勝ち誇った笑みを玲央は向けて来た。
「いや、別に知りたい訳じゃない。 あ~なんて言うんだろう……なぁ?」
晃は親良へと視線を向けた。
「俺に聞かないでくださいよ。 で、何が引っかかっているんです?」
「何処の誰から俺の事を聞いたのか? って、事かな?」
「なら、何者だ? で、間違ってはいませんね」
「親切な人が教えてくれたんです。 何物でもない晃さんに勝てるなら、その立場を変え柑子市に受け入れてやろうね。 だから、僕と代わってください」
ニッコリと玲央は微笑んだ。
だが、どこか歪んでいる。
「そうか……結局、何も知らないと言うことか……」
晃は一人納得しながらも考えていた。
立場とは何か? 仕事? 住まい? そう思えば馬鹿馬鹿しくて笑いそうになる。 こんなチビに何が出来ると言うんだと。 そう言ってオマエは間違っている!! と、言う事も出来るかもしれない。 だが、どうにも意欲がわかない……。
ふと脳裏を過った。
雫の顔が。
もしかして、立場とは雫との関係を言っているのか?
雫との関係も俺から奪い変わろうと言うのか?
そう思った瞬間に怒りが押し寄せて来た。
気が狂いそうになった。
なんだ、コレは?! 晃本人すらその心の動きを異常だと感じた。
激しい慟哭。
そして動揺。
その気配に、周囲が騒めく。
「あぁ、もういい」
冷ややかな視線で、晃は玲央を見ていたかと思うと親良によって壊された扉を拾い起こして、扉をしめた。
「ここを封じておいてくれ」
浅間に言えば、木崎が慌てて扉を開けようとし、そして晃に蹴り飛ばされた。
「な、何をするんだ?」
威圧も数度目となれば、他の人間よりも耐えられると言うもの。 木崎は狼狽えながらも晃に聞いた。
「ガキの仕置きと言ったら、反省するまで物置の中だろう」
「……いや、だが……彼は……」
「人殺しだ。 弱るまで放り込んでおけ、人間1日ぐらい飲み食いせずとも死なない。 でも、まぁ、どうでもいいか……そうだな……後は好きにするといい。 俺は帰る」
そう言って晃は披露宴会場の扉を背に歩き出す。
「卑怯だぞ!! 勝負をしろ!!」
玲央は叫び続けているが、相手にする気には欠片もなれなかった。 ただ……早く帰りたかったのだ……。
元から勝負に等なる訳がない。
玲央は幼い自分に勝つ訳にはいかない大人の立場と言うものを理解していた。 晃が勝とうが負けようが、その勝負は晃には負けしかない。 いくら殺人を犯したと言っても、傷一つでも付ければ晃は負けなのだ。
それが、玲央の作戦だった。
……稀代の連続殺人犯は、数時間後に呆気なく捕まり……最年少の連続殺人鬼として名を遺す事となった。
そして、晃は親良を1人残し、新幹線で柑子市へと戻るのだった。
玲央が言う。
玲央の外見は、やはり小学生にも見えない幼い姿だった。
だからこそ、幼い顔に歪んだ表情を浮かべる玲央は、人々に深い不快感と不安感を与え周囲に騒めきが起こる。
少し前……数時間前だろうか? 晃は、田宮玲央と言う人間に、彼の身に起こった事を説明し、彼が犯してしまった罪が間違いであったと認めさせ、そして……普通に生きる事ができるよう守ろうと考えていた。
そうしなければいけないと思っていた。
玲央のためだけではなく、晃自身のためにも……。
晃の身に起こった1月と少しの間の出来事。
その出来事の中で、変化する自分を晃は恐れていた。
化け物になっていく……そう思えば気が狂いそうだった。
もう化け物なのでは、そう思えば暴れたくなった。
玲央もそんな風に悩んでいるかもしれない。
晃は、自分の周りの人間、親良が……颯太が……藤原が、皎一が、時塔の屋敷を預かる者達全員が化け物で、晃の命を狙っているような錯覚すら覚えていた。
もし、晃の身体に雫の不死性とも言うべき力が宿って居なければ、恐怖に狂っていただろう。 いや、狂いこそしなかったが、俺は死なないから大丈夫だと割り切る事は晃にはとうてい出来なかった。
俺は化け物だ。
いつ狩られてもおかしくない。
それでも、
食事は食べる事ができた。
眠る事もできた。
側に人が居る事に恐怖を覚え暴れる事は無かった。
だが、玲央はどうなのだろうか?
玲央は、自らに起こった出来事のせいで疑心暗鬼になり、家族を愛しながらも、疑いたくないと思いながら殺してしまったのかもしれない。
晃は、そう思いたかった。
玲央がそうなら、俺だってそうだろう。
俺がそうなら、玲央だってそうだろう。
そう思う事で、自分が常識の中にいると思いたかったのだ。
玲央と俺は同じだ。
そして、玲央は俺よりも弱い。
と……。
なら、罪を理解させたうえで、罪を誤魔化し、柑子市に連れ帰り、柑子市と言う狂った場所で、俺達は寄り添いあいながら家族になれるかもしれない。
晃はそう考えていたのだ。
ほんの少し前まで。
だが、田宮玲央は最初から化け物だった。
彼の父親の罪をアッサリと飲み込み利用し、愛し愛されていた。
母親は哀れな女だと見下しながらも愛していた。 余りにも哀れで弱弱しく、そして優しい守るべき存在ぐらいに考えていた。 ただ……守る意味に死も含まれているのが……普通ではなかっただけで。
姉は……劣等種だと思っていた。 だから、馬鹿にされたと余計に腹が立った。
玲央は生まれながらに化け物だった。
なら、俺は?
目指すべき道を示してくれる養父。
俺を理解しようとしてくれる養母。
2人はもういない。
俺は今、何処にいる?
水に濡れた床の上を小さな足で一歩一歩近寄ってくる玲央。
ぴちゃぴちゃと小さな足音が近寄ってくる。
「聞いているんですか? 晃さん。 僕は、貴方に会う時をこんなにも待ち望んでいたのに、何も言ってはくれないのですか?」
「何者だ?」
「……そうですね、まずはご挨拶を先にするべきでしょうか? 僕だけがアナタの事を知っていると言うのは余りにも不公平ですし?」
勝ち誇った笑みを玲央は向けて来た。
「いや、別に知りたい訳じゃない。 あ~なんて言うんだろう……なぁ?」
晃は親良へと視線を向けた。
「俺に聞かないでくださいよ。 で、何が引っかかっているんです?」
「何処の誰から俺の事を聞いたのか? って、事かな?」
「なら、何者だ? で、間違ってはいませんね」
「親切な人が教えてくれたんです。 何物でもない晃さんに勝てるなら、その立場を変え柑子市に受け入れてやろうね。 だから、僕と代わってください」
ニッコリと玲央は微笑んだ。
だが、どこか歪んでいる。
「そうか……結局、何も知らないと言うことか……」
晃は一人納得しながらも考えていた。
立場とは何か? 仕事? 住まい? そう思えば馬鹿馬鹿しくて笑いそうになる。 こんなチビに何が出来ると言うんだと。 そう言ってオマエは間違っている!! と、言う事も出来るかもしれない。 だが、どうにも意欲がわかない……。
ふと脳裏を過った。
雫の顔が。
もしかして、立場とは雫との関係を言っているのか?
雫との関係も俺から奪い変わろうと言うのか?
そう思った瞬間に怒りが押し寄せて来た。
気が狂いそうになった。
なんだ、コレは?! 晃本人すらその心の動きを異常だと感じた。
激しい慟哭。
そして動揺。
その気配に、周囲が騒めく。
「あぁ、もういい」
冷ややかな視線で、晃は玲央を見ていたかと思うと親良によって壊された扉を拾い起こして、扉をしめた。
「ここを封じておいてくれ」
浅間に言えば、木崎が慌てて扉を開けようとし、そして晃に蹴り飛ばされた。
「な、何をするんだ?」
威圧も数度目となれば、他の人間よりも耐えられると言うもの。 木崎は狼狽えながらも晃に聞いた。
「ガキの仕置きと言ったら、反省するまで物置の中だろう」
「……いや、だが……彼は……」
「人殺しだ。 弱るまで放り込んでおけ、人間1日ぐらい飲み食いせずとも死なない。 でも、まぁ、どうでもいいか……そうだな……後は好きにするといい。 俺は帰る」
そう言って晃は披露宴会場の扉を背に歩き出す。
「卑怯だぞ!! 勝負をしろ!!」
玲央は叫び続けているが、相手にする気には欠片もなれなかった。 ただ……早く帰りたかったのだ……。
元から勝負に等なる訳がない。
玲央は幼い自分に勝つ訳にはいかない大人の立場と言うものを理解していた。 晃が勝とうが負けようが、その勝負は晃には負けしかない。 いくら殺人を犯したと言っても、傷一つでも付ければ晃は負けなのだ。
それが、玲央の作戦だった。
……稀代の連続殺人犯は、数時間後に呆気なく捕まり……最年少の連続殺人鬼として名を遺す事となった。
そして、晃は親良を1人残し、新幹線で柑子市へと戻るのだった。
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