上 下
104 / 129
8章

100.進化

しおりを挟む
「お姉さま……お帰りなさい」

 そう本庄エリィに声をかけたのは、目が見えないはずの岬加奈子だった。

「眠っていなかったのね」

「えぇ、だって……お姉さまは私の唯一の家族ですもの。 こんな時間にお出かけに……いえ……あの人達の復讐を果たしに行くのなら、心配するのは当然の事」

「ごめんなさい……でも、私は無事よ。 それと、父も義母も、加奈子を愛していたわ」

 何処か辛そうに本庄エリィは答えた。

 黒色に染めた髪は、染料が落ち元の色に戻りぽたぽたと水を落としている。

 暗い部屋の中、岬加奈子は車椅子も杖も無く、それでも真っすぐにエリィの元へと向かう。 目は今も見えていない。 総合病院内にある豪華な一室が、今はもう加奈子の居場所になったと言うだけの事。

「愛していると言うのと、理解していると言う事は違うのよ、お姉さま。 彼等の愛は一方的で息苦しい。 私を全く理解していない……」

 エリィは思う。

 その愛を、私はどれほど切望した事か。

 近寄ってきた加奈子は、エリィの声と言う道標を失い、止まる事無くエリィにぶつかった。 不思議に纏わりついた粘液状の水がエリィの身体から滑り落ち、加奈子も濡らす。 倒れそうになる加奈子の身体をエリィは腕の力だけで支えた。

「あぁ、姉さま。 濡れているわ。 夜はまだ寒いと言うのに……」

 そう言いながら、濡れたエリィに加奈子はしがみつくように抱き着いた。

「アナタまで濡れてしまう……」

 左腕に抱き着く加奈子を右腕で避けようとすれば、その手を取られ口づけされた。 ぴちゃり……口にした水は……特別な水。

「復讐は果たせましたか?」

「いえ……アレは、そんなものではありません。 ……とても美しい……進化とも言える様を2人は私に見せつけたのです」

 うっとりする様子に加奈子は小さく笑った。

「では、その心は満たされなかったと?」

「そんな事は……ありませんでしたわ。 昼間、茨田杉子に会った時。 私は、彼女が多くの人々を……あの子達も殺したのだろうと分かった……」

「そうね……彼女には大勢の死の匂いがまとわりついていましたもの」

「だけれど……私は、あの子達が茨田杉子に死を唆された事よりも、家族を失いながらも家族の研究……無念を晴らそうとした茨田杉子と言う女の終わりが近づいている事が、情熱の灯が消えようとしている事が、哀れに思えたの……」

「そう、お姉さまは相変わらずお優しいのね……それで、どうされたの?」

 そう言いながら、2人は浴室へと向かっていた。 どちらから誘うでもなく。

「彼女の義父の遺産、進化の水を、未来を失うだろう2人に与えましたの」

 エリィの車の中に、不思議な水とその説明書きが置かれていた。

「どうやって?」

 加奈子が訪ねればエリィは顔を背けた。

「教えて、お姉さま」

「彼等が、そうしていたように」

「口づけをしたの?」

「……嫉妬に、胸が痛むの……お姉さま、今日は私を慰めてくれます?」

「えぇ……加奈子の望むままに……」

 加奈子は不愉快とばかりに眉をよせたが、仕方がないと笑って見せる。

 自分の許可なく姉エリィを利用しようとした存在は腹立たしく思うが……面白いから許容した。

 茨田研究所で、作られた人の皮の内側を命ある水に変える水。 それは進化の水と呼ばれていたが、それは進化の水ではなかった。 進化の水はその先にある。 男女の溶け合った水が混ざり合い……新たな水が生まれる。 その水こそが、本当の進化の水なのだ。

 脱衣所にたどり着いた2人。

 加奈子の前に膝をつき、エリィは加奈子の服を脱がせる。
 年齢不相応に小さく、細く、骨ばった身体。
 胸のふくらみはなく、むしろ少年のようなしなやかさを備えている。

「はぁ……」

 それは感嘆とも言える溜息。

「風邪をひくわ。 お姉さまも早く脱いで」

「加奈子は先に湯に」

 まるで予見していたかのように、風呂には温かな湯が満たされていた。

「いいえ……待っている」

 そう言いながら、その身体を見せつけるように堂々と立っていた。

 細く薄い身体。
 少年のようで、少女のよう。

 エリィは思う。

 加奈子は天使だと。

 見ほれるエリィと、そんなエリィを見えない目で見つめる加奈子。

 加奈子の目は見えていない……。
 なのに、エリィは見つめられ羞恥を覚えた。
 いや……欲情を覚えていた。

 男でも、女でもない加奈子に。

 加奈子の両親は生まれたばかりの彼女を女性だと思い込んでいた。 男性的な生殖器は余りにも小さく、皮膚に覆われ隠れていた事で、女性の陰核……クリトリスとして認識されていた。

 そしてその心もまた男でも女でもなく……加奈子と言う存在だった。

「お姉さま……」

 加奈子は、服を脱ぎ終えたエリィに抱き着き、その胸に顔を埋め柔らかな肉に顔と手を埋めた。

「あはっ」

 加奈子は笑う。

 手が……エリィの身体の中に沈みこんでいく。

 本当なら……私のエリィを都合よく利用しようとしたことに、罰を与えるつもりだけど……コレは、とても楽しい……えぇ、人を超えた快楽を楽しめそうだから……許してあげる。



 エリィを抱きしめる加奈子の手は、まるで水で出来たかのようなエリィの身体に沈んでいった。

 混ざり、溶け合う加奈子の絵は……誰を示していたのか……。



 加奈子は姉との絆を深め……同時に、エリィと言う1匹の生まれたての蛟を手に入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

FLY ME TO THE MOON

如月 睦月
ホラー
いつもの日常は突然のゾンビ大量発生で壊された!ゾンビオタクの格闘系自称最強女子高生が、生き残りをかけて全力疾走!おかしくも壮絶なサバイバル物語!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

山口さん

mokumoku
ホラー
久しぶりに実家に帰る帰り道での話から発祥した山口さんシリーズ 主人公が日常の中、恐怖体験します。今のところ人怖。 1話目は小説になろう夏のホラー2023参加しています😊めちゃくちゃ短い一瞬で終わる

花の檻

蒼琉璃
ホラー
東京で連続して起きる、通称『連続種死殺人事件』は人々を恐怖のどん底に落としていた。 それが明るみになったのは、桜井鳴海の死が白昼堂々渋谷のスクランブル交差点で公開処刑されたからだ。 唯一の身内を、心身とも殺された高階葵(たかしなあおい)による、異能復讐物語。 刑事鬼頭と犯罪心理学者佐伯との攻防の末にある、葵の未来とは………。 Illustrator がんそん様 Suico様 ※ホラーミステリー大賞作品。 ※グロテスク・スプラッター要素あり。 ※シリアス。 ※ホラーミステリー。 ※犯罪描写などがありますが、それらは悪として書いています。

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

迷い家と麗しき怪画〜雨宮健の心霊事件簿〜②

蒼琉璃
ホラー
 ――――今度の依頼人は幽霊?  行方不明になった高校教師の有村克明を追って、健と梨子の前に現れたのは美しい女性が描かれた絵画だった。そして15年前に島で起こった残酷な未解決事件。点と線を結ぶ時、新たな恐怖の幕開けとなる。  健と梨子、そして強力な守護霊の楓ばぁちゃんと共に心霊事件に挑む!  ※雨宮健の心霊事件簿第二弾!  ※毎回、2000〜3000前後の文字数で更新します。  ※残酷なシーンが入る場合があります。  ※Illustration Suico様(@SuiCo_0)

処理中です...