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8章
100.進化
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「お姉さま……お帰りなさい」
そう本庄エリィに声をかけたのは、目が見えないはずの岬加奈子だった。
「眠っていなかったのね」
「えぇ、だって……お姉さまは私の唯一の家族ですもの。 こんな時間にお出かけに……いえ……あの人達の復讐を果たしに行くのなら、心配するのは当然の事」
「ごめんなさい……でも、私は無事よ。 それと、父も義母も、加奈子を愛していたわ」
何処か辛そうに本庄エリィは答えた。
黒色に染めた髪は、染料が落ち元の色に戻りぽたぽたと水を落としている。
暗い部屋の中、岬加奈子は車椅子も杖も無く、それでも真っすぐにエリィの元へと向かう。 目は今も見えていない。 総合病院内にある豪華な一室が、今はもう加奈子の居場所になったと言うだけの事。
「愛していると言うのと、理解していると言う事は違うのよ、お姉さま。 彼等の愛は一方的で息苦しい。 私を全く理解していない……」
エリィは思う。
その愛を、私はどれほど切望した事か。
近寄ってきた加奈子は、エリィの声と言う道標を失い、止まる事無くエリィにぶつかった。 不思議に纏わりついた粘液状の水がエリィの身体から滑り落ち、加奈子も濡らす。 倒れそうになる加奈子の身体をエリィは腕の力だけで支えた。
「あぁ、姉さま。 濡れているわ。 夜はまだ寒いと言うのに……」
そう言いながら、濡れたエリィに加奈子はしがみつくように抱き着いた。
「アナタまで濡れてしまう……」
左腕に抱き着く加奈子を右腕で避けようとすれば、その手を取られ口づけされた。 ぴちゃり……口にした水は……特別な水。
「復讐は果たせましたか?」
「いえ……アレは、そんなものではありません。 ……とても美しい……進化とも言える様を2人は私に見せつけたのです」
うっとりする様子に加奈子は小さく笑った。
「では、その心は満たされなかったと?」
「そんな事は……ありませんでしたわ。 昼間、茨田杉子に会った時。 私は、彼女が多くの人々を……あの子達も殺したのだろうと分かった……」
「そうね……彼女には大勢の死の匂いがまとわりついていましたもの」
「だけれど……私は、あの子達が茨田杉子に死を唆された事よりも、家族を失いながらも家族の研究……無念を晴らそうとした茨田杉子と言う女の終わりが近づいている事が、情熱の灯が消えようとしている事が、哀れに思えたの……」
「そう、お姉さまは相変わらずお優しいのね……それで、どうされたの?」
そう言いながら、2人は浴室へと向かっていた。 どちらから誘うでもなく。
「彼女の義父の遺産、進化の水を、未来を失うだろう2人に与えましたの」
エリィの車の中に、不思議な水とその説明書きが置かれていた。
「どうやって?」
加奈子が訪ねればエリィは顔を背けた。
「教えて、お姉さま」
「彼等が、そうしていたように」
「口づけをしたの?」
「……嫉妬に、胸が痛むの……お姉さま、今日は私を慰めてくれます?」
「えぇ……加奈子の望むままに……」
加奈子は不愉快とばかりに眉をよせたが、仕方がないと笑って見せる。
自分の許可なく姉エリィを利用しようとした存在は腹立たしく思うが……面白いから許容した。
茨田研究所で、作られた人の皮の内側を命ある水に変える水。 それは進化の水と呼ばれていたが、それは進化の水ではなかった。 進化の水はその先にある。 男女の溶け合った水が混ざり合い……新たな水が生まれる。 その水こそが、本当の進化の水なのだ。
脱衣所にたどり着いた2人。
加奈子の前に膝をつき、エリィは加奈子の服を脱がせる。
年齢不相応に小さく、細く、骨ばった身体。
胸のふくらみはなく、むしろ少年のようなしなやかさを備えている。
「はぁ……」
それは感嘆とも言える溜息。
「風邪をひくわ。 お姉さまも早く脱いで」
「加奈子は先に湯に」
まるで予見していたかのように、風呂には温かな湯が満たされていた。
「いいえ……待っている」
そう言いながら、その身体を見せつけるように堂々と立っていた。
細く薄い身体。
少年のようで、少女のよう。
エリィは思う。
加奈子は天使だと。
見ほれるエリィと、そんなエリィを見えない目で見つめる加奈子。
加奈子の目は見えていない……。
なのに、エリィは見つめられ羞恥を覚えた。
いや……欲情を覚えていた。
男でも、女でもない加奈子に。
加奈子の両親は生まれたばかりの彼女を女性だと思い込んでいた。 男性的な生殖器は余りにも小さく、皮膚に覆われ隠れていた事で、女性の陰核……クリトリスとして認識されていた。
そしてその心もまた男でも女でもなく……加奈子と言う存在だった。
「お姉さま……」
加奈子は、服を脱ぎ終えたエリィに抱き着き、その胸に顔を埋め柔らかな肉に顔と手を埋めた。
「あはっ」
加奈子は笑う。
手が……エリィの身体の中に沈みこんでいく。
本当なら……私のエリィを都合よく利用しようとしたことに、罰を与えるつもりだけど……コレは、とても楽しい……えぇ、人を超えた快楽を楽しめそうだから……許してあげる。
エリィを抱きしめる加奈子の手は、まるで水で出来たかのようなエリィの身体に沈んでいった。
混ざり、溶け合う加奈子の絵は……誰を示していたのか……。
加奈子は姉との絆を深め……同時に、エリィと言う1匹の生まれたての蛟を手に入れた。
そう本庄エリィに声をかけたのは、目が見えないはずの岬加奈子だった。
「眠っていなかったのね」
「えぇ、だって……お姉さまは私の唯一の家族ですもの。 こんな時間にお出かけに……いえ……あの人達の復讐を果たしに行くのなら、心配するのは当然の事」
「ごめんなさい……でも、私は無事よ。 それと、父も義母も、加奈子を愛していたわ」
何処か辛そうに本庄エリィは答えた。
黒色に染めた髪は、染料が落ち元の色に戻りぽたぽたと水を落としている。
暗い部屋の中、岬加奈子は車椅子も杖も無く、それでも真っすぐにエリィの元へと向かう。 目は今も見えていない。 総合病院内にある豪華な一室が、今はもう加奈子の居場所になったと言うだけの事。
「愛していると言うのと、理解していると言う事は違うのよ、お姉さま。 彼等の愛は一方的で息苦しい。 私を全く理解していない……」
エリィは思う。
その愛を、私はどれほど切望した事か。
近寄ってきた加奈子は、エリィの声と言う道標を失い、止まる事無くエリィにぶつかった。 不思議に纏わりついた粘液状の水がエリィの身体から滑り落ち、加奈子も濡らす。 倒れそうになる加奈子の身体をエリィは腕の力だけで支えた。
「あぁ、姉さま。 濡れているわ。 夜はまだ寒いと言うのに……」
そう言いながら、濡れたエリィに加奈子はしがみつくように抱き着いた。
「アナタまで濡れてしまう……」
左腕に抱き着く加奈子を右腕で避けようとすれば、その手を取られ口づけされた。 ぴちゃり……口にした水は……特別な水。
「復讐は果たせましたか?」
「いえ……アレは、そんなものではありません。 ……とても美しい……進化とも言える様を2人は私に見せつけたのです」
うっとりする様子に加奈子は小さく笑った。
「では、その心は満たされなかったと?」
「そんな事は……ありませんでしたわ。 昼間、茨田杉子に会った時。 私は、彼女が多くの人々を……あの子達も殺したのだろうと分かった……」
「そうね……彼女には大勢の死の匂いがまとわりついていましたもの」
「だけれど……私は、あの子達が茨田杉子に死を唆された事よりも、家族を失いながらも家族の研究……無念を晴らそうとした茨田杉子と言う女の終わりが近づいている事が、情熱の灯が消えようとしている事が、哀れに思えたの……」
「そう、お姉さまは相変わらずお優しいのね……それで、どうされたの?」
そう言いながら、2人は浴室へと向かっていた。 どちらから誘うでもなく。
「彼女の義父の遺産、進化の水を、未来を失うだろう2人に与えましたの」
エリィの車の中に、不思議な水とその説明書きが置かれていた。
「どうやって?」
加奈子が訪ねればエリィは顔を背けた。
「教えて、お姉さま」
「彼等が、そうしていたように」
「口づけをしたの?」
「……嫉妬に、胸が痛むの……お姉さま、今日は私を慰めてくれます?」
「えぇ……加奈子の望むままに……」
加奈子は不愉快とばかりに眉をよせたが、仕方がないと笑って見せる。
自分の許可なく姉エリィを利用しようとした存在は腹立たしく思うが……面白いから許容した。
茨田研究所で、作られた人の皮の内側を命ある水に変える水。 それは進化の水と呼ばれていたが、それは進化の水ではなかった。 進化の水はその先にある。 男女の溶け合った水が混ざり合い……新たな水が生まれる。 その水こそが、本当の進化の水なのだ。
脱衣所にたどり着いた2人。
加奈子の前に膝をつき、エリィは加奈子の服を脱がせる。
年齢不相応に小さく、細く、骨ばった身体。
胸のふくらみはなく、むしろ少年のようなしなやかさを備えている。
「はぁ……」
それは感嘆とも言える溜息。
「風邪をひくわ。 お姉さまも早く脱いで」
「加奈子は先に湯に」
まるで予見していたかのように、風呂には温かな湯が満たされていた。
「いいえ……待っている」
そう言いながら、その身体を見せつけるように堂々と立っていた。
細く薄い身体。
少年のようで、少女のよう。
エリィは思う。
加奈子は天使だと。
見ほれるエリィと、そんなエリィを見えない目で見つめる加奈子。
加奈子の目は見えていない……。
なのに、エリィは見つめられ羞恥を覚えた。
いや……欲情を覚えていた。
男でも、女でもない加奈子に。
加奈子の両親は生まれたばかりの彼女を女性だと思い込んでいた。 男性的な生殖器は余りにも小さく、皮膚に覆われ隠れていた事で、女性の陰核……クリトリスとして認識されていた。
そしてその心もまた男でも女でもなく……加奈子と言う存在だった。
「お姉さま……」
加奈子は、服を脱ぎ終えたエリィに抱き着き、その胸に顔を埋め柔らかな肉に顔と手を埋めた。
「あはっ」
加奈子は笑う。
手が……エリィの身体の中に沈みこんでいく。
本当なら……私のエリィを都合よく利用しようとしたことに、罰を与えるつもりだけど……コレは、とても楽しい……えぇ、人を超えた快楽を楽しめそうだから……許してあげる。
エリィを抱きしめる加奈子の手は、まるで水で出来たかのようなエリィの身体に沈んでいった。
混ざり、溶け合う加奈子の絵は……誰を示していたのか……。
加奈子は姉との絆を深め……同時に、エリィと言う1匹の生まれたての蛟を手に入れた。
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