【R18】彼等の愛は狂気を纏っている

迷い人

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8章

92.何もない……ソレはただの空回り

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 藤原法一との面会を終えた茨田杉子は途方に暮れていた。

 総合病院の雰囲気の良いカフェで、お茶をしながら陰鬱な雰囲気を身にまとい、貧乏ゆすりを繰り返し周囲から注目を受けている。 本人は気づいていないようだが……。

 まさか……、逆に脅されるなんて!!

 愛すべき義兄への思いの強さがあれば、同情され多くが許容されると思っていた。 晃にしてきた行為は、露見していないはずなのに!! 記憶の塗り替え等と言う大胆な行為、それも児珠雫とソレを超える奇跡の隠匿とあれば、上層部への密告は意味を持つはずなのに……なぜ、藤原法一は私を馬鹿にする!!

 ポットに入れられた紅茶とイチジクのタルト、チーズケーキ、ショートケーキが運ばれてくる。 心を鎮めようと甘い物に走っていた。

 ざわりとカフェ内が騒めきに揺れる。

 日本人ばなれした大柄な体躯を持ち、長いウエーブのかかった黒髪、青い瞳の美女が車椅子を押してきたのだ。

「あぁ、なんて素敵なの。 どす黒くて、とても……不気味。 死の香りを纏いながら、その意味を知らず……。 こういうのって無知蒙昧って言うのかしら?」

 小鳥が歌うように加奈子は言う。

 杉子が独占するカフェの丸テーブルに、まるで待ち合わせでもしていたかのように、ニマリと笑い語る車椅子に乗ったショートボブの少女。 岬加奈子は席につき、奇妙な雰囲気を纏い、何処を見ているか分からない視線を、茨田杉子に向けていた。

「岬、加奈子……」

 噂には聞いているが、本当に目が見えなくなったのか。 そう思えば、愉快だった。 柑子市でも大きな発言力を持つ少女……そして、義兄の死の原因……。

 名を呼びかけたが、岬加奈子は笑みを浮かべたままで次の言葉は無かった。

「あんたの描く絵のせいで、義兄が死んだわ……」

 恨みを込めて伝えた。

 決して騒ぎを起こす気は無かった。 流石に、噛みついて良い相手と悪い相手ぐらいは理解している。

「違うわ。 私は死を察知するだけ……。 彼は自分で自分を追いやったのよ」

 歌うように加奈子は言う。

「ふざけないでよ!!」

 衝動的につかみかかろうとした。

 だが、杉子の手は阻まれ、車椅子を押す女に捕まれ、そしてギリギリと締め付けられ、杉子は痛みに顔をしかめた。 幾ら、晃の体液を摂取しても、杉子の身体にはなんの効果も出てはいない。

「ひぃっ、止めなさい!! 離すのよ!!」

 見えないはずなのに加奈子は、杉子が受けている痛みを、口元を抑えながらふふふと笑っていた。

「止めなさいよ!!」

 騒げば騒ぐほどに、手首がギリギリと締め上げられ、身体がそのまま持ち上げられそうになり杉子は立ち上がった。 だが、宙づりにする事を目的に持ち上げている背の高い女の前では意味がなく、杉子は必死につま先で立つ。

「止めてよ!! 誰か!! 誰か助けてよ!!」

 杉子の救済に応じる者はいない。

 岬加奈子自身は、誰かに何かを命じる事は無いが、それでも彼女の持つ影響力に逆らう者はおらず、人々は巻き込まれまいとソロリソロリと去って行く。

「ちょっと!!」

「おだまりなさい……私は聞きたい事があるのよ……」

 薄いアイスブルーの瞳は、その色合いを無視した薄暗さと陰鬱さを兼ね揃えていた。 杉子の顔に顔を近づけ……それこそ口づけでもしかねない距離で大柄な女……本庄エリィは問いかける。

「今回、貯水槽で死体が発見されたと聞いたわ」

「それが、何よ!!」

「高校生集団自殺事件……をご存じ?」

「柑子市で知らない者なんて居ないでしょう」

ソレは数年ぶりに雫が命を狙われ、そしてソレを切っ掛けに加奈子が視力を失った柑子市にとっては由々しき事態である。 柑子市の住民で知らない者等いないだろう。

「アレをそそのかしたのは、アナタ?」

 無機質な様子でありながら、怒りだけがヒシヒシと感じられた。

「し、知らないわよ!! うちのところで起こったものは、模倣犯だと言われているし……えぇ、容疑者だってあがっているだから」

 最初こそ焦ったが、岬加奈子がその情報に興味があるなら……ソレはチャンスだと考えた。 晃の情報を売り岬加奈子を味方に出来るなら、晃に兄の遺体を引き取るよう動かすよりも、確実だろうと考えれば肩に感じる痛みを忘れ杉子はほくそ笑んでいた。

「そう……私、犯人を、知っているの」

「ぇっ? 誰なの!!」

「教えるには条件があるわ」

 杉子の言葉に、加奈子はコロコロと鈴を鳴らすような声で笑って見せた。

「お姉さま、無駄よ。 その方は何もご存じありませんわ」

「ですが!! 微弱刑務所内では、ここ1年行方不明者が増加したと聞いています。 その犯人があの子達を自殺に追い込んでいるかもしれないのですよ!! 刑務所の職員である彼女なら、何か情報を持っているかもしれないじゃないですか!!」

「だから、違うと言っていますの。 だって、その方……馬鹿なんですもの。 お姉さまは、私を信用できませんの?」

 大柄な女……本庄エリィは宙づり状態となっている、茨田杉子の腕を離した。

 ガタン

 椅子の上に落ちた杉子。

 杉子は腕をさすり、俯いた。

 惨めで痛くて……最悪な気分……だ……。

「な、何よ……。 私の事なんて、何も知らない癖に……」

 ボソリとした杉子の呟きを、車椅子を押されながら去っていく加奈子は振り返る事等無かった。
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