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8章
90.夢に見るのは刑務所初日 02
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茨田杉子の行為には幾つか理由があった。
鞍馬晃の見た目が良いとか、鍛えられた身体が楽しめそうだとか、そういう事に欲望めいたものを覚えなかったとは言い切れない。 言い切れないが、杉子の1番の目的は指導員として上下関係を確定させる事だった。
彼女にとって、それは天職であるはずだった。
彼女は幼少期から、男を惑わす特殊な力を持っていて、意のままに男を狂わせたから……。 秘密を抱えた犯罪者の心を奪い、秘密を引き出すのに、最適な人材のハズだった。
だが、ソレは違った。
彼女が心を奪えるのは、心に欠損のある者、愛を欲している者、単純に杉子を好ましいとするものに限られていたのだ。
彼女の混乱をもたらす力は、自分に興味を持っている、好意を抱いている相手を見極め、その庇護欲を刺激し、弱弱しさを見せつけ、愛情を求め縋り、相手の満足感・幸福感を引き出し、愛情を依存レベルへと引き上げると言うものだった。
芯の通った人間。
自分に満足している者。
社会的結果を残している者。
欲しい者を手に入れる事が出来る者。
そんな相手に、茨田杉子の力は効果が無かった。
態度の大きな無能。
妻や子にすら愛されない者。
利用価値が認められない者。
そんな者に好かれる馬鹿馬鹿しさを理解したのは、刑務所の指導員となってからだった。
そして……彼女は、魅了にも似た力を使えなくなった。
ソレを助けてくれたのが、茨田杉子の義兄だった。
彼は不老不死の開発の途中、水に感情情報を固定させ移植し、他者の感情を操作する手段を確立させ、義妹の能力が永遠の価値を持つよう……彼女のためだけに愛の水を作り出した。
その義兄が失踪した茨田杉子には後が無い。
残された薬は残り少しなのだ……。
晃を組み敷き、支配しようとしたのは……幾人もの後見人を持つ晃に嫉妬を覚え、八つ当たりをしようとしただけだった。
岬加奈子が、柑子市の財産なら。
児珠雫は、柑子市の秘宝だ。
その秘宝と同等の力を持つものが、自分の下で鎖に繋がれ、ストレスと思われる熱と頭痛に苦しんでいると思えば、チャンスが訪れたと思った。
この相手に、出し惜しみしてはダメ。
そう思いながらも浮きたつ心は抑える事が出来ず、それでも笑いは抑えきれず、何処までも歪な笑みを浮かべ……杉子は晃の首筋に噛みついた。
「ぐっ……」
血を出るほどまでに噛みつけば、血が流れ出てくる。 だが……望んだほどの量は無い。 晃の皮膚は固く、杉子の顎の力はそれほど強くなかった。
それでも……流れる赤い血に興奮した。
特殊な血を持つ、児珠雫の血はとても稀少で、ソレを手にした研究所の所長ですら自由に使う事は許されていない。 ソレは多くのものが知っている。
ソレを、私は……手に入れた。
「あはっ、ははははは」
ネットリと舌先で男の首筋を赤く色づかせる血を舐めとった。 舐めとり終える頃には、傷は既にふさがっていて、杉子は傷のあった場所を舌で執拗に舐め、抉ろうとした……。 固い肌はソレを拒む。
腹がたったが、それほどの力だと思えば心が騒いだ。
はぁはぁと男の息は荒い。
肌が赤く色づき、熱を持った肌は汗ばんでいた。
男に馬乗りになったまま、ナイフを手にウットリとして見せれば、男は眉を寄せ不快感を向けていた。
「アナタは私の支配にあるの。 どうする事も出来ないわ。 私に従い、私を愛して……」
陶酔した声で歌うように語った。
良い酒に酔うとはこういうのを言うのだろう杉子はそう思った。 心が浮き立ち、微笑みが溢れ、喜びに満ちていた。
「いい子でいるなら、良い思いをさせてあげるわ」
顔を近づけ、残り少ない彼女のための大切な大切な薬を晃に服用させようと、晃の上から降りて鞄の中から瓶を手にし、美しい水を眺めながら、少しぐらい良い思いをさせてあげないとね。 と、杉子は笑っていた。
薬を口に含み、口移しをしようとする杉子。
「ゴメン被る」
唇が固く塞がれ液体を流し込む事は出来ない。
茨田杉子は口に薬を含んだまま晃の頬を数回打ち付ける。 不満を覚える程度に頬を打った杉子の手は痛く、高まっていた幸福感情は一気に冷めた。
杉子は、フンッと鼻息荒く鞄の中から万が一のために準備してあったジョーゴを取り出し傍らに置き、馬の背に横乗りするようにその腹の上に座った。
そして、
杉子は晃の胸元にナイフを突き立てる。
鍛えられた晃の身体。
杉子の力の無さ。
ナイフの質の悪さ。
体制の悪さ。
それは心臓まで届く事はなく、それでも晃の口を開かせるのには十分で、杉子は晃の口の中にジョーゴを強引に突っ込み、そして彼女のための特別な水を流し入れ、そして普通の水を追加で注ぎ込んだ。
辛そうに咽かえり、咳き込む晃を許す気などなかった。
拘束する男を見れば、自分に逆らう事すら許せなかったから。
彼が愛に落ちる瞬間を、杉子は待つ。
腹の上に椅子に座るように座り、剥き出しになった肌を濡らす赤い血の跡をつけた肌を指先でなぞり、指についた血を艶めかしく舐め見せつける。
「私に従順な態度を示したら、素敵な思いをさせてあげるわ」
「そこを、退け」
「強がっていられるのも、今だけよ……」
心臓部分を濡らす赤に杉子は直接舌を伸ばす。
鞍馬晃の見た目が良いとか、鍛えられた身体が楽しめそうだとか、そういう事に欲望めいたものを覚えなかったとは言い切れない。 言い切れないが、杉子の1番の目的は指導員として上下関係を確定させる事だった。
彼女にとって、それは天職であるはずだった。
彼女は幼少期から、男を惑わす特殊な力を持っていて、意のままに男を狂わせたから……。 秘密を抱えた犯罪者の心を奪い、秘密を引き出すのに、最適な人材のハズだった。
だが、ソレは違った。
彼女が心を奪えるのは、心に欠損のある者、愛を欲している者、単純に杉子を好ましいとするものに限られていたのだ。
彼女の混乱をもたらす力は、自分に興味を持っている、好意を抱いている相手を見極め、その庇護欲を刺激し、弱弱しさを見せつけ、愛情を求め縋り、相手の満足感・幸福感を引き出し、愛情を依存レベルへと引き上げると言うものだった。
芯の通った人間。
自分に満足している者。
社会的結果を残している者。
欲しい者を手に入れる事が出来る者。
そんな相手に、茨田杉子の力は効果が無かった。
態度の大きな無能。
妻や子にすら愛されない者。
利用価値が認められない者。
そんな者に好かれる馬鹿馬鹿しさを理解したのは、刑務所の指導員となってからだった。
そして……彼女は、魅了にも似た力を使えなくなった。
ソレを助けてくれたのが、茨田杉子の義兄だった。
彼は不老不死の開発の途中、水に感情情報を固定させ移植し、他者の感情を操作する手段を確立させ、義妹の能力が永遠の価値を持つよう……彼女のためだけに愛の水を作り出した。
その義兄が失踪した茨田杉子には後が無い。
残された薬は残り少しなのだ……。
晃を組み敷き、支配しようとしたのは……幾人もの後見人を持つ晃に嫉妬を覚え、八つ当たりをしようとしただけだった。
岬加奈子が、柑子市の財産なら。
児珠雫は、柑子市の秘宝だ。
その秘宝と同等の力を持つものが、自分の下で鎖に繋がれ、ストレスと思われる熱と頭痛に苦しんでいると思えば、チャンスが訪れたと思った。
この相手に、出し惜しみしてはダメ。
そう思いながらも浮きたつ心は抑える事が出来ず、それでも笑いは抑えきれず、何処までも歪な笑みを浮かべ……杉子は晃の首筋に噛みついた。
「ぐっ……」
血を出るほどまでに噛みつけば、血が流れ出てくる。 だが……望んだほどの量は無い。 晃の皮膚は固く、杉子の顎の力はそれほど強くなかった。
それでも……流れる赤い血に興奮した。
特殊な血を持つ、児珠雫の血はとても稀少で、ソレを手にした研究所の所長ですら自由に使う事は許されていない。 ソレは多くのものが知っている。
ソレを、私は……手に入れた。
「あはっ、ははははは」
ネットリと舌先で男の首筋を赤く色づかせる血を舐めとった。 舐めとり終える頃には、傷は既にふさがっていて、杉子は傷のあった場所を舌で執拗に舐め、抉ろうとした……。 固い肌はソレを拒む。
腹がたったが、それほどの力だと思えば心が騒いだ。
はぁはぁと男の息は荒い。
肌が赤く色づき、熱を持った肌は汗ばんでいた。
男に馬乗りになったまま、ナイフを手にウットリとして見せれば、男は眉を寄せ不快感を向けていた。
「アナタは私の支配にあるの。 どうする事も出来ないわ。 私に従い、私を愛して……」
陶酔した声で歌うように語った。
良い酒に酔うとはこういうのを言うのだろう杉子はそう思った。 心が浮き立ち、微笑みが溢れ、喜びに満ちていた。
「いい子でいるなら、良い思いをさせてあげるわ」
顔を近づけ、残り少ない彼女のための大切な大切な薬を晃に服用させようと、晃の上から降りて鞄の中から瓶を手にし、美しい水を眺めながら、少しぐらい良い思いをさせてあげないとね。 と、杉子は笑っていた。
薬を口に含み、口移しをしようとする杉子。
「ゴメン被る」
唇が固く塞がれ液体を流し込む事は出来ない。
茨田杉子は口に薬を含んだまま晃の頬を数回打ち付ける。 不満を覚える程度に頬を打った杉子の手は痛く、高まっていた幸福感情は一気に冷めた。
杉子は、フンッと鼻息荒く鞄の中から万が一のために準備してあったジョーゴを取り出し傍らに置き、馬の背に横乗りするようにその腹の上に座った。
そして、
杉子は晃の胸元にナイフを突き立てる。
鍛えられた晃の身体。
杉子の力の無さ。
ナイフの質の悪さ。
体制の悪さ。
それは心臓まで届く事はなく、それでも晃の口を開かせるのには十分で、杉子は晃の口の中にジョーゴを強引に突っ込み、そして彼女のための特別な水を流し入れ、そして普通の水を追加で注ぎ込んだ。
辛そうに咽かえり、咳き込む晃を許す気などなかった。
拘束する男を見れば、自分に逆らう事すら許せなかったから。
彼が愛に落ちる瞬間を、杉子は待つ。
腹の上に椅子に座るように座り、剥き出しになった肌を濡らす赤い血の跡をつけた肌を指先でなぞり、指についた血を艶めかしく舐め見せつける。
「私に従順な態度を示したら、素敵な思いをさせてあげるわ」
「そこを、退け」
「強がっていられるのも、今だけよ……」
心臓部分を濡らす赤に杉子は直接舌を伸ばす。
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