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8章

89.夢に見るのは刑務所初日 01

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 不甲斐ない……。

 今の俺を表すのに、これほどピッタリな言葉はあるだろうか?

 激しい頭痛。
 脳内に響き渡るノイズ。

 それが、現実と夢の狭間を行き来する。

 遠くから聞こえる親良の声。
 不愉快に響き渡る茨田杉子の声。

 声が、音が、景色が、ノイズに歪み……落ちていく。

 過去の追体験、感情……心に強く刻まれる印象的な状況ほど、夢では協調される。

 恐怖、不快、嫌悪、ソレを繰り返し見る事で、人は記憶の整理を行い、心に免疫を作っていくと言うが……ソレは本当なのだろうか?

 夢と現実の境界に気づく事無く、余りにも自然に夢の中へと落ちて行った。




 白で覆われた部屋は清潔と言うよりも、無機質的な不快を感じる。
 置かれているのは頑丈な鉄製パイプで作られた簡素なベッド。

 そんな場所で目を覚ました。

 ガシャン!!

 金属音が部屋に響く。
 両手首、足首に感じるのは裂くような激しい痛み。
 晃の両手首、足首には枷がつけられており、内側には刃物がついていた。

 そして初めて、自分の置かれている状況を考える。

「ここは、どこだ?」

「ここは……罪人の集う場所よ」

 そう告げた女が、口づけをしてきた。
 唖然としているうちに、口内に流しこまれた水。

「喉が渇いているでしょう?」

「随分と、待遇がいいんだな」

 そうは言うが、俺の両手は頭上に掲げられ、そして両足は僅かに広げられ、手首足首に枷を嵌め繋がれた鎖は、ベッドのパイプに繋がれている。

「こういう趣味は無いんだが? 手を外してくれれば自分で飲む」

 不愉快ゆえの衝動で手足が動いた。

 ガシャンガシャン!!

 音を立てて引けば、乱暴にすれば枷につけられた刃が、皮膚を抉り傷つけた。
 手首と足首に走る想像していなかった痛みに顔をしかめ、声を飲み込む。

「まずは、アナタの罪を語ってもらおうかしら? アナタが従順であれば……直ぐに開放してあげるわ」

「護衛対象を殺され……そいつを殺した」

「なんだ、ツマラナイ罪。 もっと面白い人がいいのに」

 手首足首の痛みは、もう消えていた。
 余りにも瞬間的で、続く頭痛の方が酷く、全てが夢なのでは? と……思った。

 夢なら、目を覚ませばいい……。



 女性の軽い声が、ハミングを繰り返していた。

 夜の色を写す暗い部屋、ライトの色がそのまま反映されるオレンジの明かり。

 穏やかで、温かな雰囲気……甘い香り。

「それで、いつ、コレを放してくれるんだ?」

「アナタの事を教えてくれたら。 もっと詳しく教えて……アナタが人をどう殺したのか? そして、どう感じたのか? なぜ、その人が殺されなければいけなかったのか……」

「それは、その場にいた人間に聞けばいい」

「私が知りたいのは、アナタの心なのよ。 傷ついたアナタの力になるためは、アナタを知らなければいけないの……」

 甘い囁きだった。

「アナタを教えて……アナタを知りたいの、いい子にしていれば枷を外してあげるわ……」

 そう手首を撫でたところで、彼女は異常に気付き思い出したのだろう。

 普通の人間であれば、大体が枷を嫌い手首足首を血で濡らし、痛みに喚き、枷を外してくれと懇願する事を。

「アナタは……何者なの?」

 女の胸中に生まれた欲は、何もかも奪われ、上手くいかなくなった自分への褒美だと思えたのかもしれない。



 繰り返される言葉は……罠……ではなく、囚人となった人間の内側を知る必要があるから、それでも必要以上に身体に触れる行為も、痛みを与える行為も個人の趣味でしかない。

「何者って、書類はきているだろう?」

「生意気な子って好きよ。 だって楽しいもの」

 クスッと甘い女性の声が、奇妙なほどに甘く耳をくすぐってきた。

 頬を指が触れる。

 瞳を閉ざせば、指先から笑っているかのような……そんな振動が伝わった。 それはくすぐったくて、同時に切なさを纏うような快楽を覚えてしまう。

 滑るように指先が、首筋に触れ、鎖骨をなぞってくる。

「ふふふふっ」

 甘い笑み。

 首筋が舐められ、同時にシャツのボタンが外される。 下着替わりに来ている黒い袖なしのシャツの上を女の指先がまっすぐに滑り落ちて行く。

 何をしているのだろうか?

「私は、アナタの味方よ。 でも、味方でいるためには……アナタを良く知らなければいけないの。 私を信じて……」

「こんな場所で敵も味方もあるものか」

 反論する俺の耳元をくすぐるように愛してと繰り返し囁いてくる女、そして……口づけられた。 ネットリとした分厚い唇が強く熱く触れ、分厚い舌が押し付けられ……俺の唇が押し開けられ、舌がねじ込まれ、熱い人の体温をしたぬるりとしたものが口内に押し入れられる。

「飲むの、いい子ね。 飲み込みなさい」

 吐こうとすれば、頬が打たれた。
 大した量は無く、それは衝撃と共に喉を通って流れ落ちる。

「私の事を愛している?」

「ふざけるな」

「悪い子ね」

 俺の腹をまたぐように座りながら、俺の首を絞めて来た。 固い爪が首にギリギリと刺さり、首に埋められた。

 彼女の長い爪が首に刺さる。

「うぐっ……」

 彼女の爪が皮膚に食い込んだまま、彼女に向かって引かれた……。 唇を左右に引き、目を見開き歓喜に笑う彼女を怖いとは思わなかったが、獣のようだと思った……。 そんな事を冷静に考えながらも、口内にとどめていた不愉快な口は喉を降りて行く。

「これは、愛よ。 痛みも傷も私のものという証なの。 分かるでしょう」

 頭がボンヤリとしてきた。

 女の手にはナイフが持たれていた。
 そしてな負は身体を蠢く、服を裂き、皮膚を裂き、血が流れた。

 痛みはない……。

 ただ、熱く。

 じれったいような感覚。

 それは……快楽に近い。

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