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8章
88.まるで、自我が分裂するかのような……
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総合安全保障機構。
その建物内部に、5体の死体が持ち込まれていた。
藤原が茨田杉子と会っている中、晃と親良は検視に立ち会っていた。
何らかの証拠が死体にあるのでは? と言う期待はしていない。 杉子が何のアプローチもしてこないのだから、見る価値が無い死体なのだろう。 と。
だが、実際は違っていた。
行方不明となった5人には共通点がある。
幼かった岬加奈子に宗教的、倫理的、知的、性的要素を、感情体験へと変化させ芸術作品に取り込み、視覚的分野から人のコントロールを目的とした研究チームに参加した者達。
「水の中の成分は?」
新見親良が検視官に聞く。
「人体を構成する物質、それと……一般的に水道水として使われる成分に、スタチン系製剤を改良薬、ゴマ油、精油、アカシアの蜂蜜、松脂。 スタチン系の改良薬が出て来た事で死因も衰弱死ではなく、心不全の可能性も出てきました」
「ミイラでも作りたかったのか?」
晃の問いに答えたのは、パソコンの前で椅子に座る事無くキーボードを打っている親良だった。
「スタチン系の改良薬が使われているのですから……、違うでしょうね」
「スタチン系の改良薬?」
「スタチン系の薬品と言うとコレステロールをコントロールする際に使われる薬品です。ただし、利用方法を間違えると筋肉を溶かす効果があります。 そのスタチン系薬品をベースに様々な改良がおこなわれているようです」
その言葉に晃が死体へと視線を向けた。
ふひひひひと陰湿な様子で笑う男が、見せつけるように穏やかな表情を浮かべた額を指で押して見せた。 造形殺人の時と違いプラスチックの質感ではない。 むしろもっと柔らかいもの……中身を失った人のようにべこりと額が歪に凹む。
晃は顔をしかめた。
人が、人として扱われない。
人が人形のように形を変えていく。
……柑子市に来てからずっとそんな人の慣れの果てを見て来た。
気分が悪い。
「晃、大丈夫ですか?」
その声に晃は親良へと視線を向ければ、苦笑いとでもいうべき視線が向けられる。 親良には、晃と同じような戸惑いはなく、ただあるのは同情。
「顔色が悪いですよ。 少し休みましょう」
「いや……ここでは、休みたくない」
頭が痛い……。
どうして……。
柑子市に訪れる以前、頭痛に悩む等と言う事は無かった。
俺はどうなっているんだ?
まっすぐに立っているつもりが、随分とフラフラとしていたらしい。 親良は、検視官の1人だけを残し、部屋から去るように言った。
「ひっひひひ、随分と過保護な様子で」
残された検視官は……背が低く細身、乱れた髪、顔色の悪い男……幾度か顔を合わせ、そのたびに嫌味めいた言葉を晃にかけ、そして今もまた嫌味っぽく話す男。
「オマエと違い、晃は繊細なんですよ」
「おや……酷い人だ。 私ほど繊細な人間は何処にいると……」
鋭いメスが、高価そうなブランドのスーツを最初の死体だろう男から切り取って行く。
腐敗など欠片も無い、水死体らしい水膨張も無い、滑らかな肌は男の年齢以上に若々しく見えるほどで、その顔は穏やかに微笑んでいるかのように見える。
そんな風に観察している自分が……イヤだった。
死体に対し絶望に近い感情を持っている自分。
死体に何の感情も持たない自分。
相反する自分が……せめぎ合い……頭がぐらぐらする。
「晃……」
気づけば親良が身体を支えていた。
「悪い……」
「構いませんよ」
「あぁ~あ~、なんて、なんてお優しい!!」
そう叫ぶ検視官の男は、喉の部分にナイフを突き立て、力強く股間に向かって引いた。 血も出なければ形も崩れない。
「ほ~ほ~」
ニヤニヤと笑いながら、切れ目を入れた身体を薄いゴム手袋をした手で、両サイドに広げた……。
「あぁ……なんて見事な、肉袋だ」
サーカスの道化師が演技を終えた後のように、両手を広げお辞儀をして見せていたが……親良は、晃の視界をその手で塞ぐ。
「ふひひひひひひ。 あぁ、新見親良……茨田研究所の資料をとってくれませんか? あと、鞍馬晃の血液採取をさせてください」
「ボスに頼んでおこう」
「それはどっち?」
「研究資料の方です。 晃の血液検査は事前に許可を得ています」
晃の意識が朦朧としているにも関わらず、親良は血液採取のために晃の上着を脱がせていた。
「グズグズしていると、色々台無しですよぉ~」
「無理ですね。 水記憶研究所は16年前研究費の資金援助の停止を受け閉鎖していますね」
情報は茨田杉子の情報を調べた時に取得済だ。
「閉鎖の理由は資金援助の停止もありますが、妻に離婚を言い渡され、娘との肉体関係を理由に訴えられ不動産・動産の売却。 個人の研究も不可能になり自殺したとありますね。 その後は造形殺人の被害者リストを見る限りは、柑子市の住民としての登録を抹消されたまま、柑子市に住み研究を続けていた」
「どうせ、存在しない者の家だ。 すぐに調査に行くべきではないかなぁ~」
親良は虚ろになりかけている晃を気にしながら命じる。
「そんなに気になるなら、オマエが行ってくるがいい」
晃は……再び夢を見ていた。
雫との穏やかなものではなく……。 晃自身が記憶していない、意識から排除してしまった茨田杉子との記憶を……。
脳裏に響き渡る歓喜の声。
抑えきれぬ嬌声。
不快な声が脳裏に響いていた。
その建物内部に、5体の死体が持ち込まれていた。
藤原が茨田杉子と会っている中、晃と親良は検視に立ち会っていた。
何らかの証拠が死体にあるのでは? と言う期待はしていない。 杉子が何のアプローチもしてこないのだから、見る価値が無い死体なのだろう。 と。
だが、実際は違っていた。
行方不明となった5人には共通点がある。
幼かった岬加奈子に宗教的、倫理的、知的、性的要素を、感情体験へと変化させ芸術作品に取り込み、視覚的分野から人のコントロールを目的とした研究チームに参加した者達。
「水の中の成分は?」
新見親良が検視官に聞く。
「人体を構成する物質、それと……一般的に水道水として使われる成分に、スタチン系製剤を改良薬、ゴマ油、精油、アカシアの蜂蜜、松脂。 スタチン系の改良薬が出て来た事で死因も衰弱死ではなく、心不全の可能性も出てきました」
「ミイラでも作りたかったのか?」
晃の問いに答えたのは、パソコンの前で椅子に座る事無くキーボードを打っている親良だった。
「スタチン系の改良薬が使われているのですから……、違うでしょうね」
「スタチン系の改良薬?」
「スタチン系の薬品と言うとコレステロールをコントロールする際に使われる薬品です。ただし、利用方法を間違えると筋肉を溶かす効果があります。 そのスタチン系薬品をベースに様々な改良がおこなわれているようです」
その言葉に晃が死体へと視線を向けた。
ふひひひひと陰湿な様子で笑う男が、見せつけるように穏やかな表情を浮かべた額を指で押して見せた。 造形殺人の時と違いプラスチックの質感ではない。 むしろもっと柔らかいもの……中身を失った人のようにべこりと額が歪に凹む。
晃は顔をしかめた。
人が、人として扱われない。
人が人形のように形を変えていく。
……柑子市に来てからずっとそんな人の慣れの果てを見て来た。
気分が悪い。
「晃、大丈夫ですか?」
その声に晃は親良へと視線を向ければ、苦笑いとでもいうべき視線が向けられる。 親良には、晃と同じような戸惑いはなく、ただあるのは同情。
「顔色が悪いですよ。 少し休みましょう」
「いや……ここでは、休みたくない」
頭が痛い……。
どうして……。
柑子市に訪れる以前、頭痛に悩む等と言う事は無かった。
俺はどうなっているんだ?
まっすぐに立っているつもりが、随分とフラフラとしていたらしい。 親良は、検視官の1人だけを残し、部屋から去るように言った。
「ひっひひひ、随分と過保護な様子で」
残された検視官は……背が低く細身、乱れた髪、顔色の悪い男……幾度か顔を合わせ、そのたびに嫌味めいた言葉を晃にかけ、そして今もまた嫌味っぽく話す男。
「オマエと違い、晃は繊細なんですよ」
「おや……酷い人だ。 私ほど繊細な人間は何処にいると……」
鋭いメスが、高価そうなブランドのスーツを最初の死体だろう男から切り取って行く。
腐敗など欠片も無い、水死体らしい水膨張も無い、滑らかな肌は男の年齢以上に若々しく見えるほどで、その顔は穏やかに微笑んでいるかのように見える。
そんな風に観察している自分が……イヤだった。
死体に対し絶望に近い感情を持っている自分。
死体に何の感情も持たない自分。
相反する自分が……せめぎ合い……頭がぐらぐらする。
「晃……」
気づけば親良が身体を支えていた。
「悪い……」
「構いませんよ」
「あぁ~あ~、なんて、なんてお優しい!!」
そう叫ぶ検視官の男は、喉の部分にナイフを突き立て、力強く股間に向かって引いた。 血も出なければ形も崩れない。
「ほ~ほ~」
ニヤニヤと笑いながら、切れ目を入れた身体を薄いゴム手袋をした手で、両サイドに広げた……。
「あぁ……なんて見事な、肉袋だ」
サーカスの道化師が演技を終えた後のように、両手を広げお辞儀をして見せていたが……親良は、晃の視界をその手で塞ぐ。
「ふひひひひひひ。 あぁ、新見親良……茨田研究所の資料をとってくれませんか? あと、鞍馬晃の血液採取をさせてください」
「ボスに頼んでおこう」
「それはどっち?」
「研究資料の方です。 晃の血液検査は事前に許可を得ています」
晃の意識が朦朧としているにも関わらず、親良は血液採取のために晃の上着を脱がせていた。
「グズグズしていると、色々台無しですよぉ~」
「無理ですね。 水記憶研究所は16年前研究費の資金援助の停止を受け閉鎖していますね」
情報は茨田杉子の情報を調べた時に取得済だ。
「閉鎖の理由は資金援助の停止もありますが、妻に離婚を言い渡され、娘との肉体関係を理由に訴えられ不動産・動産の売却。 個人の研究も不可能になり自殺したとありますね。 その後は造形殺人の被害者リストを見る限りは、柑子市の住民としての登録を抹消されたまま、柑子市に住み研究を続けていた」
「どうせ、存在しない者の家だ。 すぐに調査に行くべきではないかなぁ~」
親良は虚ろになりかけている晃を気にしながら命じる。
「そんなに気になるなら、オマエが行ってくるがいい」
晃は……再び夢を見ていた。
雫との穏やかなものではなく……。 晃自身が記憶していない、意識から排除してしまった茨田杉子との記憶を……。
脳裏に響き渡る歓喜の声。
抑えきれぬ嬌声。
不快な声が脳裏に響いていた。
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