上 下
91 / 129
8章

87.彼女の駆け引き 02

しおりを挟む
 勝利を確信しているかのように茨田杉子は微笑んでいた。

「造形殺人事件、それとも……高校生集団自殺? あぁ、両方ですか……情報を職員から奪うだけでなく、現地への侵入……問題となりますよ」

「私は、鞍馬晃の指導員なの。 彼を導くためには彼の事を知る必要がある。 むしろ与えるべき情報を与えない方が問題だと、私は思っているのだけど?」

「情報獲得のためのルールに反している」

 長い時間、沈黙が続いた。

 杉子は、藤原法一が催眠術を使う事で、犯人殺害の現場にいた人間の……いや、鞍馬晃と言う外部の人間が、最高機密にあたる児珠雫の血肉を食べた記憶を消していた。 それは、報告義務の逸脱。 鞍馬晃と言う稀少個体の隠蔽に繋がる行為、ソレは違法であると……遠回しに脅迫していた。

 違法に対する脅迫。

 まさか、脅迫が返される等と、杉子は考えていなかった。

「そうやって何時だって、都合の悪い除法は隠蔽してきたのね。 本来なら晃を預かる際に、私に知らせるべき報告だったはず。 それを、隠蔽した貴方方に問題があるからでしょう」

「最初から、存在しない事件をどう隠す?」

 杉子自身と、藤原の罪を必死に秤にかける。

 知る事が禁じられている情報を、違法に掘り下げた。 禁じられた情報。 これにはランクがあり、警備部と言う団体が行っているなら、杉子にもチャンスはある。 だが、造形殺人、高校生集団自殺、いずれも岬加奈子が介入する事で幹部会が行う最高レベルの規制扱いとされている。

 知る事を深堀りした。

 ソレを知られれば調査員から犯罪者へと転落確実だった。

 何が問題だったのか?
 何が間違っていたのか?

 杉子は理解しないまま、怪訝な表情で藤原の横に腰を下ろした。

「……ですよね……。 申し訳ない事をしました」

 入れたコーヒーを手に藤原はソファに腰を下ろし、正面ではなく横に座るようにと指示をだす。 無言のまま杉子は指示に従った。

「勘違いをしているようなので言わせて頂きますが、私が警備部で行った処理は、精神科医として適切な治療ですよ」

 藤原は笑った。

「君は随分と愚かな女のようだ」

 見下し、蔑み。 格下への侮蔑の視線。

「ぇ……ぁ……」

 杉子は戸惑った。

 微笑みと共に優位性を確信していた杉子とは違う。 どこまでも杉子と言う存在を馬鹿にし嘲笑い、同じ土俵に上げるつもりもない……そんな笑み。

 ただ、隣り合い、見つめあっているだけなのに……首を絞められているかのような息苦しさがあった。

「ぁ……」

 杉子は眉間を寄せる。

 不快だった……苦しかった、思考が制止する。

「な、なんなのよ!! 私に何をしたのよ!!」

「まだ、何も……。 さて、どうするべきでしょうね?」

 藤原は笑う。

 藤原は杉子に触れない。
 杉子の持つ力は通じない。

 焦りがあった。

 杉子の力を世間は魅了と考えている。 だが、実際にはそんな単純で便利な力ではない。 彼女は、第一印象で彼女に好感を抱く異性に対して、効率的に好意を引き出す。 それが、彼女の特技であり……彼女が故郷で問題となっていたのは、その特技をどう利用するかと言う彼女の精神性によるもの。

 だから、最初から杉子に興味を持たない藤原に効果はない。 そして……精神性に異常を持ち柑子市に集められた者達にも効果は薄い。 杉子は柑子市において危険性の薄い無力な人間だった。

 彼女の兄が、彼女のために作り出した補助薬が無ければ……。 そして、彼女の兄は殺され、補助薬が新しく作られる事は無いのだ。

「どうって……一体、何をするつもりな訳……」

「アナタはアナタの間違いを認めてくれればいい。 決して難しくはありませんよね?」

「私が禁じられた情報を集め、現地に赴いたとしても……、私はちゃんと警備部の者の許可を得て案内まで受けている。 私を喜ばせようとした男の罪がどうして私の罪になると言うの? それに……晃の殺人容疑が覆される事はないわ。 彼を、返して頂戴」

 杉子は、冷静を装おうと……表情を引きずらせながらも、自分の言い分を藤原法一に通した。

「晃が犯人であると言う証拠を提出してください。 で、なければ……彼を渡す訳にはいきません」

「彼との会話は!!」

「話しに、なりませんね……。 お帰り頂こう」

 藤原は冷ややかに言い切り、茨田杉子を追い出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

呪詛人形

斉木 京
ホラー
大学生のユウコは意中のタイチに近づくため、親友のミナに仲を取り持つように頼んだ。 だが皮肉にも、その事でタイチとミナは付き合う事になってしまう。 逆恨みしたユウコはインターネットのあるサイトで、贈った相手を確実に破滅させるという人形を偶然見つける。 ユウコは人形を購入し、ミナに送り付けるが・・・

マネキンの首

ツヨシ
ホラー
どこかの会社の倉庫にマネキンがあった。

狙われた女

ツヨシ
ホラー
私は誰かに狙われている

花の檻

蒼琉璃
ホラー
東京で連続して起きる、通称『連続種死殺人事件』は人々を恐怖のどん底に落としていた。 それが明るみになったのは、桜井鳴海の死が白昼堂々渋谷のスクランブル交差点で公開処刑されたからだ。 唯一の身内を、心身とも殺された高階葵(たかしなあおい)による、異能復讐物語。 刑事鬼頭と犯罪心理学者佐伯との攻防の末にある、葵の未来とは………。 Illustrator がんそん様 Suico様 ※ホラーミステリー大賞作品。 ※グロテスク・スプラッター要素あり。 ※シリアス。 ※ホラーミステリー。 ※犯罪描写などがありますが、それらは悪として書いています。

呪術師

ツヨシ
ホラー
近所で次々と人が死ぬ

#この『村』を探して下さい

案内人
ホラー
 『この村を探して下さい』。これは、とある某匿名掲示板で見つけた書き込みです。全ては、ここから始まりました。  この物語は私の手によって脚色されています。読んでも発狂しません。  貴方は『■■■』の正体が見破れますか?

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

山を掘る男

ツヨシ
ホラー
いつも山を掘っている男がいた

処理中です...