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8章

86.彼女の駆け引き 01

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 記憶にない記憶。

 思い出した記憶にない記憶を俺は話した。

「その水は、君に何をもたらした?」

 藤原は穏やかな声で聴いてくる。

 俺は目を閉ざし、刑務所にいた時の俺から、定着している俺だろうルールや行動パターンを引いて行った。 そうすれば、自分らしくないものが残るからだ。

「警戒心が排除された」

 弱った野生動物は身を隠す。 見つかればソレは死に繋がるからだ。 流石に人間社会で獣の習性は適応できるものではない。 ケガも病気も専門家に相談するべきだ……だが、茨田杉子を信頼するのは訳が違う。

 そして……刑務所にいるにも関わらず、内部の人間への警戒はなく、面会に訪れる者達にむけての警戒心ばかりが高まっていた。

「無意識化での行動。 奇妙な一体感。 無意味な依存心。 絶対的な信頼。 感情の激化。 衝動的な行動。 無責任な発言。 ソレ等の変化は、体調不良、巻き込まれた事件に対する心理的ストレスだと言われれば、納得できる範囲……と俺は考えていた」

 溜息と共に晃は言う。

「彼女は、何故、そんな事をした? 晃を、手に入れたいから? それとも憐れんだから?」

「はたから見れば、寄り添っている、気遣っている。 そう見えるだろうが、与えられるものは、そんな感傷的なものじゃない。 もっと……現実的なものだ。 そうでなければ、人を殺す等しない」

「今、どんな状態だ。 彼女の影響は? 彼女とは繋がっているのか?」

「いいや、刑務所の外に出た時点で、彼女とは切れた。 もともと、雫の力が影響しているから、彼女の影響力は低い」

「ふむ……彼女は、警備部の人間にも影響力を与えているかもしれない」

 藤原は親良へと視線を向けた。

「えぇ、彼女には目的がある。 なら、手駒を所有していてもオカシイ事ではありませんね。 先生、見てもらえますか?」

「私が見るよりも、晃が見る方がいいだろう。 今なら、本能的に敵として見つけ出す事ができるだろうからね」

「かいかぶりすぎですよ……」





 警備部内に茨田杉子の自称恋人が2人発見する事が出来た。

 過剰ストレスによる催眠により、晃が雫の血肉を食べた記憶を消してはあるが、元々、人が認識する記憶以外を読み取る茨田杉子にとっては意味の無い事であり、茨田杉子は造形殺人の内容を現場にいた者以上の知識を得ていた事になる。





「茨田君、よく来てくれた。 私の方から出向けば良かったのですが、これでも忙しい身でしてね」

「いえ、お気になさらず」

 晃への精神鑑定書が間違っていると語った茨田杉子は、晃に出した鑑定結果を取り消し、刑務所に戻すよう藤原法一助教授の元に訪れた。

「ソファの方にどうぞ」

「私、別に先生の決断に不満がある訳ではないの」

 茨田杉子は席に座る事なく、お茶を入れる藤原の背後に立っていた。 その距離はとても近く、手を伸ばせば触れる事が出来るほどだ。

「では、なぜ?」

 藤原は多くを語ろうとはせず、ただ……茨田杉子に語らせる。

「ただ、私は少しその……几帳面なところがある事は、先生もご存じでしょう?」

「あぁ、そうだね。 何か、気になるところでもあるのかな?」

「今回の件に関しては、私の言い分が正しいと、他の先生にも話を聞いてもらう約束をしているんです。 先生はあの鞍馬晃と言う男に随分と、肩入れしている。 そんな噂を聞いていますから」

 そう言って、茨田杉子はそっと手を伸ばし、藤原の手を取った。

「私、知っているんですよ。 先生の秘密を」

 藤原の右手を両手で包み込むように触れ、祈りを捧げるように瞳を閉じ、上目遣いにみつめた。 その瞳は告げている。

 他の先生にばらされてもいいの?

「他の精神鑑定医の意見も、あれば安心できるでしょうね。 中には茨田君に寄り添ってくれる医師もいるかもしれません」

 少しばかり挑発的な声で藤原は語れば、茨田は揺らぎを見せる。

「私としては、藤原助教授が私の中で最高の先生であって欲しい。 そう思っているのですけど……私達はとても良い関係を結べると思いません?」

 向けられる笑みは穏やかで、包み込むかのような優しさがあった。

「人に心を開く事はとても難しい事、だけど、私達ならソレが出来ると思うの」

「晃が、なぜ危険だと? 彼には危険となる要素はない。 むしろ正義感に強い人間だ」

「彼は、柑子市には馴染めない……私はそう判断したんです。 この町に住む者は、幼い頃から自分を受け入れてくれる場を欲している。 そして、もう2度と、居場所を失いたくはないと言う恐怖を抱き……決意し、ルールに従う。 彼は、外の人間です。 ここの人間を外のルールで陥れる可能性がある。 私は柑子市のためを思って、彼が自由になるべきではないと判断したんです。 先生が私に賛同いただけるなら、他の先生への相談は控えようと思っているんですよ」

 茨田杉子は微笑んだ。
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