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8章
85.身体の記憶
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現実的想像、空想、から思考が深まる。
いつから罠にはまっている?
いつから……。
熱と痛みで、刑務所に連れていかれたばかりの頃の記憶は曖昧だった。 それでも……どこかにあるはずだ……記憶が……。
造形殺人犯の犯行は、存在しない者、死期が近い者を狙っていたため、そこに殺人と言う犯罪が存在するとは考えられていなかった。 そのため、晃の処分は当初慎重に行われた。
慎重……柑子市を理解していない晃の保護、秘匿を優先。 自体の終息、今後の準備が行われるまで、最も安全とされる場に身を置いたと言うのが、新見親良が提案し時塔皎一が了承した措置であった。
そして晃の情報は秘密とし、保護を求めた。
「鞍馬、晃さんの指導員となりました茨田杉子です。 これから、お世話をさせていただきますので、よろしくお願いします」
頭痛と熱に犯されていた晃には、そんな挨拶の記憶もない。 記憶はなくても体験はしている……茨田家の研究によれば、身体そのものが常に記憶を蓄積していると言う事になるだろう。
落ちて……。
落ちて……。
記憶の底に……。
ぴちゃん、ぴちゃん……鍾乳洞に落ちる水音……が、記憶の底に誘う。 まるで、催眠術をかけるかのように……。
記憶には無いが、晃は見ていた。
自分を見つめ、微笑み、挨拶する様子を。 熱で立つ事もままならない俺を支え、車椅子を押しながら歌うように語る杉子を。
『アナタは、どんな人?』
何時? 身体が記憶していた。
ソレは刑務所に入った日。
消灯時間は過ぎ、部屋は暗かった。
そして彼女、茨田杉子は訪れた。
控えめなノック音……俺自身は記憶にない。
「体調は如何ですか?」
そう言いながら、彼女は俺に触れた。
不躾に、無遠慮に……。
「痛い……、一人にしてくれ」
俺は、どこまでも不快だった。
だが、彼女は熱と頭痛に苦しむ俺を無視し……そして……、
口づけをし、苦痛に開かれた唇の隙間から……ネットリとした何かを俺の中に入れた……。
身体の内側が撫でられる。
いや、違う、ザラリザラリと、内側がヤスリのようなものでこすられ、そぎ落とされるかのような不快感。 俺の一部が削り落とされ、奪われ……俺はむせ、咳き込んだ。
「あぁ、大丈夫ですか? 苦しいのですね。 吐いて頂いて良いのですよ」
洗面器が出された。
背中をさすられれば、磁石に砂鉄がついて動くように内臓を巡り、身体から内側に向かって、スポンジを絞るかのように、絞られ、集まり、喉の上にズリズリと移動しながら上がって行く。
「ぐっ、ふぅ、ぁ、がはぁ!!」
ヌルリとした塊が、洗面器に吐きだされた。
あり得ない量の液体……とも言えない液体。
薄桃色の粘液体がぬちょりと唇から零れ出る。
はぁはぁはぁはぁ、荒くつく息。
内臓が熱く、苦しい。
身体の中が、絞られたような苦痛。
あり得ない乾き。
「あぁ、喉が渇いたのね」
唇を拭きながら、背中を撫でる。
撫でられれば、撫でられるほど不快が募っていく。
「あぁあああ、止めろ、触るな」
「大丈夫、大丈夫よ。 私に任せて……」
力のは要らない身体を抑え込むように、太腿をまたぎのり、前のめりになりながら身体を押し付けてくる。 女性の柔らかさ等を堪能するような余裕はない。
どこまでも、苦しかった。
再び茨田杉子の唇が寄せられ、小さな子供の駄々っ子のように拒絶をしていれば、頬が撃たれた。
「大人しくなさい。 このままだと辛いだけなのよ。 大丈夫、大丈夫よ。 全てを私に任せて……。 私が側にいてあげる。 私が支えてあげる。 私を……愛して……そう、愛するのよ。 そうすれば楽になれるから……えぇ、身を任せればいいの、そうすれば今まで感じた事の無い快楽を得られるわ」
触れる唇は不快だった。
流される水は……水は……どこから流れ出ていたのだろうか?
水、水、これは、水か? 不快なほどに甘い……いや、違う……子供用の甘い薬のような、粘液状の液体が流し込まれた。
ダメ、飲み込んじゃダメよ。
甘く優しく……泣いているかのような声に……、次々に身体の中に流し込まれる粘液体を拒絶しようと必死に足掻いた。 いや、足掻いてどうこうなるものではないが、ただ『入るな』『侵入するな』『犯すな』と……拒絶した。
そして……茨田杉子が部屋を出て行ったのを見計らって、俺は……全体から『何か』を吐きだすために、トイレに籠った……。
「晃、大丈夫ですか? 水でも……」
藤原が差し出してきた水を俺は反射的に跳ね除けていた。
いつから罠にはまっている?
いつから……。
熱と痛みで、刑務所に連れていかれたばかりの頃の記憶は曖昧だった。 それでも……どこかにあるはずだ……記憶が……。
造形殺人犯の犯行は、存在しない者、死期が近い者を狙っていたため、そこに殺人と言う犯罪が存在するとは考えられていなかった。 そのため、晃の処分は当初慎重に行われた。
慎重……柑子市を理解していない晃の保護、秘匿を優先。 自体の終息、今後の準備が行われるまで、最も安全とされる場に身を置いたと言うのが、新見親良が提案し時塔皎一が了承した措置であった。
そして晃の情報は秘密とし、保護を求めた。
「鞍馬、晃さんの指導員となりました茨田杉子です。 これから、お世話をさせていただきますので、よろしくお願いします」
頭痛と熱に犯されていた晃には、そんな挨拶の記憶もない。 記憶はなくても体験はしている……茨田家の研究によれば、身体そのものが常に記憶を蓄積していると言う事になるだろう。
落ちて……。
落ちて……。
記憶の底に……。
ぴちゃん、ぴちゃん……鍾乳洞に落ちる水音……が、記憶の底に誘う。 まるで、催眠術をかけるかのように……。
記憶には無いが、晃は見ていた。
自分を見つめ、微笑み、挨拶する様子を。 熱で立つ事もままならない俺を支え、車椅子を押しながら歌うように語る杉子を。
『アナタは、どんな人?』
何時? 身体が記憶していた。
ソレは刑務所に入った日。
消灯時間は過ぎ、部屋は暗かった。
そして彼女、茨田杉子は訪れた。
控えめなノック音……俺自身は記憶にない。
「体調は如何ですか?」
そう言いながら、彼女は俺に触れた。
不躾に、無遠慮に……。
「痛い……、一人にしてくれ」
俺は、どこまでも不快だった。
だが、彼女は熱と頭痛に苦しむ俺を無視し……そして……、
口づけをし、苦痛に開かれた唇の隙間から……ネットリとした何かを俺の中に入れた……。
身体の内側が撫でられる。
いや、違う、ザラリザラリと、内側がヤスリのようなものでこすられ、そぎ落とされるかのような不快感。 俺の一部が削り落とされ、奪われ……俺はむせ、咳き込んだ。
「あぁ、大丈夫ですか? 苦しいのですね。 吐いて頂いて良いのですよ」
洗面器が出された。
背中をさすられれば、磁石に砂鉄がついて動くように内臓を巡り、身体から内側に向かって、スポンジを絞るかのように、絞られ、集まり、喉の上にズリズリと移動しながら上がって行く。
「ぐっ、ふぅ、ぁ、がはぁ!!」
ヌルリとした塊が、洗面器に吐きだされた。
あり得ない量の液体……とも言えない液体。
薄桃色の粘液体がぬちょりと唇から零れ出る。
はぁはぁはぁはぁ、荒くつく息。
内臓が熱く、苦しい。
身体の中が、絞られたような苦痛。
あり得ない乾き。
「あぁ、喉が渇いたのね」
唇を拭きながら、背中を撫でる。
撫でられれば、撫でられるほど不快が募っていく。
「あぁあああ、止めろ、触るな」
「大丈夫、大丈夫よ。 私に任せて……」
力のは要らない身体を抑え込むように、太腿をまたぎのり、前のめりになりながら身体を押し付けてくる。 女性の柔らかさ等を堪能するような余裕はない。
どこまでも、苦しかった。
再び茨田杉子の唇が寄せられ、小さな子供の駄々っ子のように拒絶をしていれば、頬が撃たれた。
「大人しくなさい。 このままだと辛いだけなのよ。 大丈夫、大丈夫よ。 全てを私に任せて……。 私が側にいてあげる。 私が支えてあげる。 私を……愛して……そう、愛するのよ。 そうすれば楽になれるから……えぇ、身を任せればいいの、そうすれば今まで感じた事の無い快楽を得られるわ」
触れる唇は不快だった。
流される水は……水は……どこから流れ出ていたのだろうか?
水、水、これは、水か? 不快なほどに甘い……いや、違う……子供用の甘い薬のような、粘液状の液体が流し込まれた。
ダメ、飲み込んじゃダメよ。
甘く優しく……泣いているかのような声に……、次々に身体の中に流し込まれる粘液体を拒絶しようと必死に足掻いた。 いや、足掻いてどうこうなるものではないが、ただ『入るな』『侵入するな』『犯すな』と……拒絶した。
そして……茨田杉子が部屋を出て行ったのを見計らって、俺は……全体から『何か』を吐きだすために、トイレに籠った……。
「晃、大丈夫ですか? 水でも……」
藤原が差し出してきた水を俺は反射的に跳ね除けていた。
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