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6章

70.帰りたい……

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 診療と言うよりも、雑談に近いまま藤原法一との時間は終えた。

 晃は藤原から得た責任能力ありと証明された精神鑑定書を手に診療室を出た。 外で待っていた新見の胸元に、得たばかりの鑑定書を押し付けるようにした晃は新見に顔を寄せ藤原からの伝言を告げる。

「藤原助教授が話をしたいと言っていた」

 新見は僅かに眉間を寄せ、晃が出て来たばかり部屋へと溜息交じりに向かった。

「しばらく待っていてください」

 刑務所に入るまで、新見の行動はただ人を振り回したいだけだと思っていた。 だが、今思い返せば藤原が言っていた通り、過保護な親鳥だと自嘲気味に笑った。 だから、どうだと言う話だ。

 我侭を言い、甘えてみればいいのか? 馬鹿馬鹿しい……。
 いや、雫に会いたいと言うのがもう我侭なのかもしれない。

 廊下の壁際に立っていた。 長くなるようなら煙草の一本でも貰っておけば良かったとか考えてしまう。

 ボンヤリとしていれば、車椅子の少女が目の前にいた。
 病的なまでにやせ細り、向けられる視線はキツイ。

「アナタ、鞍馬晃ね」

「あぁ、そうだが……」

「私は、雫が死ねばいいとは思っていたけれど、アンタがあの子に不義理をするのは……気分が悪いものね。 本当、むかつく。 あぁ、だから雫は死んでおけば良かったのよ」

 ぶつぶつと言っていた。

「コレを、あげるわ」

 そう言って小さなキャンパスに書かれた絵を渡された。

 黒、赤、紫、オレンジ、緑、様々な色が渦をまくようにうねる。 1つ1つの色が生き物のように苦痛に呻いているかのように見えた。

 死の予言。

 雫を描いていたものとは違い、凄惨、苦痛、嘆き、地獄ような背景で、傷つき、ケガレ、絶望していたようなものと違うし、死体を縫い合わせた事件の時のような絵とも違う。 それでもやはり連想するのは死だった。

 岬加奈子は今も目が見えていない。
 顔を合わせれば、それは良く分かった。

 それでも彼女は迷う事なく、1人で廊下を進んでいく。

「待て!! 俺が死ぬって言うのか?! コレはどういう意味だ!!」

 そして俺の返事には……何も答えず、移動しだした加奈子は振り返る事も無かった。

「何をしているんだ?」

 後を追おうとすれば、新見が診察室から出て来た。 さっき押し付けた精神鑑定書とは別に書類を数枚手にしている。

 藤原は自由にすればいいと言った。
 新見は今なら間に合うから柑子市の外に出ろと言った。

 意見は決して一致しておらず、言い合いでもするのかと思っていれば、思ったよりも早く新見は出て来た。

「どんな用だったんだ?」

「刑務所から出られるよう、助教授が仮の保証人となってくださいました」

「ぇ? ソレはどういう事だ?」

「表沙汰にはなってはいないのですが、1年ほど前からアソコでは行方不明者が続いていたそうです」

「逃げた……とか?」

 実際のところ警備状況はザルなのだ。 ただ、中の人間の多くは、逃げる気などなく、むしろ追い出される事を恐れているのではとすら思う。

 晃だってそうだ。

 茨田杉子と会えなくなると思えば、後ろ髪が惹かれた。 彼女の支え失くしてやっていけるのだろうか? と言う不安が……依存が……いつの間にか芽生えていた。

「収容されている人が、逃げる必要性を感じると思いますか?」

「いや……」

「知ってしまえば放置も出来ないでしょう。 手に、何を持っているのですか?」

 新見が聞いてくる。

「岬加奈子から渡された絵だ」

 新見の言葉をバカバカしいと一笑に付すことが出来ない理由が、自分の手元にあった。 新見が手を差し出してきて、俺は加奈子の絵を渡す。

「これは?」

「何の説明も無かった。 他の絵は?」

「最近、彼女は絵をネット上にアップしていない」

「そうなのか……それで、俺は?」

「雫と会いたいと願ったそうですね」

 なぜか、藤原と一緒にいた時は、雫への後悔、罪悪感、全てを雫と中心に考えていたが、今は……それほどでもなかった。 それでも今更やっぱりやめるとは言えないだろう。

「あぁ……」

「お連れしますよ。 ボスにも藤原助教授が連絡してくださったようです。 そちらで過ごせばいい」

 無意識に眉間を寄せ俯いた。

 嫌だ。
 怖い。

 子供のように叫びたいと思った……茨田杉子の元に……帰りたいそう思ったのだ。

 帰りたい……。
 帰りたい……。

 一度そう思うと、周囲からの視線が人殺しと責めているかのように思えて息苦しく、そして恐怖を覚え……微かに……こう思ったのだ……排除してしまえば、楽になれるのでは? と……。
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