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6章

67.心の支え 02

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「まぁ、また食事を食べていない」

 甲高い声で目を覚ました。

「アレからまた頭痛と吐き気がして……」

 無意識で言い訳を語る。

「こうやって、部屋に籠っているからですよ。 体の方は異常がないのですから、気分転換が必要なんです」

 人を殺しておいて、気分転換が必要と言うのもオカシイ話だと思えば、自嘲気味に笑っていた。

 罪はないのだから、すぐに外に出られるよ。 そう言っていた新見の言葉を思い出すが、未だ外に出られる様子はない。

 罪を自覚している癖に、外に出たいのか? 本当に罪を感じているのかと責められそうだが……どうにも、ココには居たくなかった。

「他の方と、交流を持ってみるのはどうかしら?」

「……どういう人間だ?」

「そうねぇ……仕方なく、罪を犯した人達ですよ。 罪を起こさぬ条件が準備され、必要だから面倒を見ようと言ってくれる人を待っているんです」

「意味が、わからないんだが?」

「柑子市では、犯罪行為には2つあると考えられているんです。 外的要因による仕方のない犯罪。 内的要因による本人の衝動による問題。 例えばですね……」

 万引きをしたAさんとBさん。

 Aさんは、体調を崩して仕事を失くし何日も食事をとっておらず、生きるために仕方なく万引きをした。 この場合体調の改善を行い、後継人制度に登録している方々の中から、Aさんに都合の良い職場を探し、保証人となってもらい外に出る。

 Bさんは、万引きを衝動的に行っている。 どうしても必要不可欠なものではなく、我慢が効かなかっただけ。 この場合、必要とするのは状況の改善ではなく、治療行為になる。

「大まかにいうと、こんな感じですね。 それで、晃さんは外的要因を原因と判断されているため、問題行動を起こさないと判断されているんです。 保証人の手続きが終わるまで外には出る事ができませんが、院内では自由に過ごせますよ。 それで散歩に行きませんか?」

「なぜ、そんなに散歩に行きたがる……」

 溜息交じりに言えば、

「晃さんは、カウンセリングを受け問題なしと判断され、保証人の手続きが終了次第ここを後にするからです……私……もっと、アナタと一緒にいたいの……」

 突然に抱き着かれた。

 その瞬間、カラスが甲高い声で鳴いた。

「馬鹿げている……。 アンタは知らないだろうが、俺は人を殺した」

「知っています。 だって……アナタが殺したのは……私の恋人を殺した相手……犯罪者はいない、事件は無かった。 そう言う事になっているけれど、私の恋人がいたと言う事実は私にとって事実だから……」

「別にアンタのためにしたわけじゃない」

「それでも、私には意味がある事だったから……だから……アナタのためになりたいの!!」

 大きな瞳に涙がにじむ。
 縋りつく手が必死で……痛々しく見えた。

 あぁ、可哀そうな人だな。

 そんな風に思っているのに……いや、思ってなど居ない。 感情が動いていない。 ただ、経験上、そういう人は可哀そうな人だから、同情しなければと……それが人らしい感情の動きなのだと、俺は自分に言い聞かせていた。

「俺は自分の事だけで、精一杯なんだ……」

「だから、私が、アナタを支えたいの!! アナタは間違ってなんかいない!!」

 見つめる瞳は強く、迷いがなく、飲み込まれそうだと……。

「そういう訳で、散歩に行きましょう!!」

「なんだよ、ソレ」

 俺は思わず笑ってしまった。
 多分……あの日から、初めてだと思う……。



 それから、幾度となく彼女は散歩に誘い、俺は3度に1度の割合で付き合うようになっていた。

「彼はね、とても素敵な人だったの。 大きな夢を抱いていたわ。 ただ……人に受け入れられなかっただけ」

「何をしていた人だったんだ?」

「水、水の研究よ」

「水には、あらゆるものが溶けている。 水の情報を読み解く事が出来れば、歴史的な大発見にもつながるだろうって。 それに水が記録媒体として使えるなら、様々な技術転用が可能になるって言っていたわ」

「凄い研究だな」

「えぇ……ねぇ……晃、アナタの力で、あの人の死体を取り戻す事は出来ないかしら?!」

「生憎と、俺は護衛としてアソコにいただけで、何の権限もない……」

「だけど!! 供養のために、けじめのためには、遺体が必要なの……きっと、そう思っているのは私だけじゃないわ……」

 真剣な声。

「そう頼んではどうだ?」

「無理よ……事件は存在しなかった事になっているもの……晃が直接、関係者と話す機会があったなら、そう願っている人がいると伝えて欲しいの!!」

「……分かった……」

 どれほど拒絶しても、献身を尽くしてきた彼女には、理由があった……。 その下心とも言える思いがあってこその好意に類似した態度をとっていた。 以前の俺だったら、心の何処かで何かを期待し、ショックを受けていた事だろう。 

 やっぱり……俺の中の何かが変わっている。

 恐れているのか? 人を……。
 そうだ、恐れているんだ。

 俺を人殺しとして見るだろう視線から耐える事ができるよう。 人間関係に線引きをしている。 傷つくのが怖いんだ。

 それでも……彼女との関わりのせいか、頻繁に襲ってきた頭痛が収まりつつあった。

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