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5章
59.彼等は恐れ利用する
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痛っ……。
頭痛等初めての経験だった。
育ての母親は、頭痛もちで、良く頭が痛いと不機嫌そうな顔を露わにしていたが、これほど痛いなら仕方がない……と、思う余裕などその瞬間にもてるはずもない。
吐きそうになるのを必死にこらえていれば、カラスが……1羽、2羽、3羽と降りて来て周囲を囲む。 カラスが下りてくるたびに、人が離れていく。
老いも若いも、男も女も恐怖で顔を引きずらせ、距離を置いていた。 新見までもが、不快そうな顔でコチラを見ながら状況を見ている。
頭が痛い。
気持ちが悪い。
気分が悪い……あぁ、悪い……最悪だ。
なんて……不快な……。
カー―!!
1羽の小さなカラスが鳴けば、他のカラスがソレに続き騒々しく鳴き。 そして、別の群れを作ったカラスが、車道を道なりに飛び始める。
「おい、見失うな!!」
誰かが叫んでいる声が聞こえた。
「急げ!! 遅れるな!!」
昨日、彼等に啄まれ殺された少年少女を思い出し、彼等は恐怖を感じたのかもしれない。それは当然の事だろう。
当然だと思う……。
自分が襲われる可能性だってあるのだ。
だが、俺は恐怖を感じる事は無かった。
『呼吸をするのです』
『落ち着くのです』
『ユックリと……』
なぜか、カラスは俺に語り掛けてきていて……俺は、無意識の中、その声に誘導されるように呼吸を整い……そして、頭痛は収まって行く。
どういう事だ?
頭痛の件もそうだが、カラスの方だ!! 雫に対する他の人間達の態度を見れば、カラスは人に友好的な存在ではないのは想像がつく。
『姫が、不安がっております。 さぁ、落ち着くのです』
もっふりとした小さな身体が顔面に飛びついて来た。
「うぷっ」
あ~、なんかコレいいわぁ……。
癒される気がする……。
なんて思っているうちに頭痛は完全に去って行った。
そうして、初めて目の前で泣きそうなほど不安を露わにしている雫が、自分が濡れる事も構わず傘を差しだしている事に気づいた。
視線が合ったのを確認し、ようやく雫は話しかけてくる。
「大丈夫ですか?」
「少し、頭痛がしただけだ。 心配は要らない。 俺も年かねぇ~。 今まで頭痛なんて経験なかったのに……こんなところ母親に似たくなかった」
そう誤魔化してみたものの、やはり不安そうだった。
「それより、雫が風邪をひくだろう。 車に戻ろう」
歩き出す晃に、囁くような声が聞こえた。
『不浄に気を付けるのです』
誰が言ったのかは分からない。 そもそも小さい奴以外は区別がつかない。 いや、良く見れば、時折白色が混ざっているのもいるが……まぁ、難しいな。
「早くしてください。 雨が強くなってきています」
そう呼び掛けてくるのは新見で、他の者達は先導するカラスの後を追って行ったらしく、いなくなっていた。
「雫を待つわけではないんだな」
車に乗り込み、濡れた雫の髪を拭きながら言えば、雫はこっそりと晃の耳元に口を近づけ囁いた。
「私はケガもすぐに治るけれど、あの子達は私が危険な目にあうのを嫌がるんです。 なので、彼等はその……君子危うきに近寄らず的な感じでしょうか?」
クスクスと笑うように言われたせいか、雫の声が、耳に甘く感じた。
耳にかかる息が熱を持っていて擽ったい。
鼓動が一瞬跳ね上がり、唾液を飲み込み……冷静になれ俺!! と、自己暗示をかけた。 が、効果のほどは分からない……。
彼女が異なる存在だと思えば、奇妙な恐ろしさを感じた。 今までの人生が全てひっくり返されそうな、自分の価値観を覆され、今まで自分が生きていた世界が偽物だと足元が崩れるかのような……恐怖。
だけど……。
「雫」
「どうかしましたか?」
名を呼べば、何時だって不安そうに見つめてくる。
誰よりも繊細で弱弱しそうな子。
なぜ、あんな勘違いをしたのか?
「俺も、雫には危険な目にあって欲しくはないな。 なにしろ、俺も一緒に危険に遭遇するって事だから」
肩を竦めて見せた。
「大丈夫ですよ。 私が晃さんを守りますから」
「一応、俺、護衛で雇われているんだけど? 給料もらえなくなるから守らせてくれ」
情けなさそうに言えば、雫が真剣に考えだす。
「それも、そうですね……。 では、ほどほどに守ってください」
「俺は十分にパパをしていると思いますよ」
そう言って、新見が茶化してきた。
「ソレは、目指したいものと違うんだが?」
晃は肩を竦めて見せた。
3人は少し出遅れる事となったが、タイヤの跡を追えば容易に先行した車を追えた。 やがて、それらの車に追いつき、人々は彼等を出迎える。
「どうかしたんですか?」
犯罪対策部の部長を中心に強面の年配男性たちが集まっている。 反社会組織のお兄さん方もビックリの顔採用と言ったところだろうか? そんな彼等の元に新見が足早に向かい、そして……俺はあえて雫と車の中に残る。
警備部以上に、犯罪対策部の人達が雫に向ける視線が厳しかったからだ。
だが……。
彼等は非関与を許してはくれないようで……。
歩み寄ってきた彼等は車の扉を開き、雫に顔を寄せ、不機嫌そうに、不快そうに、威圧をしながら、こう言ったのだ。
「悪いが嬢ちゃん。 先を歩いてくれるか?」
頭痛等初めての経験だった。
育ての母親は、頭痛もちで、良く頭が痛いと不機嫌そうな顔を露わにしていたが、これほど痛いなら仕方がない……と、思う余裕などその瞬間にもてるはずもない。
吐きそうになるのを必死にこらえていれば、カラスが……1羽、2羽、3羽と降りて来て周囲を囲む。 カラスが下りてくるたびに、人が離れていく。
老いも若いも、男も女も恐怖で顔を引きずらせ、距離を置いていた。 新見までもが、不快そうな顔でコチラを見ながら状況を見ている。
頭が痛い。
気持ちが悪い。
気分が悪い……あぁ、悪い……最悪だ。
なんて……不快な……。
カー―!!
1羽の小さなカラスが鳴けば、他のカラスがソレに続き騒々しく鳴き。 そして、別の群れを作ったカラスが、車道を道なりに飛び始める。
「おい、見失うな!!」
誰かが叫んでいる声が聞こえた。
「急げ!! 遅れるな!!」
昨日、彼等に啄まれ殺された少年少女を思い出し、彼等は恐怖を感じたのかもしれない。それは当然の事だろう。
当然だと思う……。
自分が襲われる可能性だってあるのだ。
だが、俺は恐怖を感じる事は無かった。
『呼吸をするのです』
『落ち着くのです』
『ユックリと……』
なぜか、カラスは俺に語り掛けてきていて……俺は、無意識の中、その声に誘導されるように呼吸を整い……そして、頭痛は収まって行く。
どういう事だ?
頭痛の件もそうだが、カラスの方だ!! 雫に対する他の人間達の態度を見れば、カラスは人に友好的な存在ではないのは想像がつく。
『姫が、不安がっております。 さぁ、落ち着くのです』
もっふりとした小さな身体が顔面に飛びついて来た。
「うぷっ」
あ~、なんかコレいいわぁ……。
癒される気がする……。
なんて思っているうちに頭痛は完全に去って行った。
そうして、初めて目の前で泣きそうなほど不安を露わにしている雫が、自分が濡れる事も構わず傘を差しだしている事に気づいた。
視線が合ったのを確認し、ようやく雫は話しかけてくる。
「大丈夫ですか?」
「少し、頭痛がしただけだ。 心配は要らない。 俺も年かねぇ~。 今まで頭痛なんて経験なかったのに……こんなところ母親に似たくなかった」
そう誤魔化してみたものの、やはり不安そうだった。
「それより、雫が風邪をひくだろう。 車に戻ろう」
歩き出す晃に、囁くような声が聞こえた。
『不浄に気を付けるのです』
誰が言ったのかは分からない。 そもそも小さい奴以外は区別がつかない。 いや、良く見れば、時折白色が混ざっているのもいるが……まぁ、難しいな。
「早くしてください。 雨が強くなってきています」
そう呼び掛けてくるのは新見で、他の者達は先導するカラスの後を追って行ったらしく、いなくなっていた。
「雫を待つわけではないんだな」
車に乗り込み、濡れた雫の髪を拭きながら言えば、雫はこっそりと晃の耳元に口を近づけ囁いた。
「私はケガもすぐに治るけれど、あの子達は私が危険な目にあうのを嫌がるんです。 なので、彼等はその……君子危うきに近寄らず的な感じでしょうか?」
クスクスと笑うように言われたせいか、雫の声が、耳に甘く感じた。
耳にかかる息が熱を持っていて擽ったい。
鼓動が一瞬跳ね上がり、唾液を飲み込み……冷静になれ俺!! と、自己暗示をかけた。 が、効果のほどは分からない……。
彼女が異なる存在だと思えば、奇妙な恐ろしさを感じた。 今までの人生が全てひっくり返されそうな、自分の価値観を覆され、今まで自分が生きていた世界が偽物だと足元が崩れるかのような……恐怖。
だけど……。
「雫」
「どうかしましたか?」
名を呼べば、何時だって不安そうに見つめてくる。
誰よりも繊細で弱弱しそうな子。
なぜ、あんな勘違いをしたのか?
「俺も、雫には危険な目にあって欲しくはないな。 なにしろ、俺も一緒に危険に遭遇するって事だから」
肩を竦めて見せた。
「大丈夫ですよ。 私が晃さんを守りますから」
「一応、俺、護衛で雇われているんだけど? 給料もらえなくなるから守らせてくれ」
情けなさそうに言えば、雫が真剣に考えだす。
「それも、そうですね……。 では、ほどほどに守ってください」
「俺は十分にパパをしていると思いますよ」
そう言って、新見が茶化してきた。
「ソレは、目指したいものと違うんだが?」
晃は肩を竦めて見せた。
3人は少し出遅れる事となったが、タイヤの跡を追えば容易に先行した車を追えた。 やがて、それらの車に追いつき、人々は彼等を出迎える。
「どうかしたんですか?」
犯罪対策部の部長を中心に強面の年配男性たちが集まっている。 反社会組織のお兄さん方もビックリの顔採用と言ったところだろうか? そんな彼等の元に新見が足早に向かい、そして……俺はあえて雫と車の中に残る。
警備部以上に、犯罪対策部の人達が雫に向ける視線が厳しかったからだ。
だが……。
彼等は非関与を許してはくれないようで……。
歩み寄ってきた彼等は車の扉を開き、雫に顔を寄せ、不機嫌そうに、不快そうに、威圧をしながら、こう言ったのだ。
「悪いが嬢ちゃん。 先を歩いてくれるか?」
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