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2章
10.交換条件 01
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本庄は自分に言い聞かせるように俯き、ボソボソと独り言を呟いていたが、藤原は全く気にすることなく挨拶もせずにその場を去ろうとした。
「藤原助教授!! 頼みがあります」
藤原の背にかけられる声。
「私には、先約があります。 後日改めて下さい」
「人が死んだんですよ。 また、誰かが死ぬかもしれません」
そして、藤原の側に駆け寄り、寄り添うような距離で歩調を合わせて小声で言葉を続けた。
「研究者達は死体を必要としているのですから……」
藤原は立ち止まり、目の周りを腫らし、目を充血させ、睨むように見上げてくる本庄の顔を見つめる。
「医療現場の実情は否定しません。 しかし、先ほども言いましたが彼等の死は間接的な自殺です。 私はね暇ではないんですよ。 そう、アナタの感情だけに時間を浪費するより優先するべき事があります。 それとも、私を動かすだけの徹底的な証拠でもあるとおっしゃるのですか?」
その言葉に本庄は唇を噛みしめた。
「見つけて見せます」
「応援していますよ」
藤原の声は小鳥のさえずりのように軽々しいものだった。
「そのお忙しい藤原助教授はなぜコチラに?」
藤原は背を向けたまま本庄に対して沈黙を貫き、女性に対する配慮を無視した速度で歩き出す。 そんな藤原に対して舌打ちをした本庄は、足早に並んで歩きだした。
「お忙しいとは言っても、こうして移動する間はお喋りぐらいできますよね? 精神科医である藤原助教授が何をしに出向いて来ていたのですか?」
「精神の安定を求める患者は、何処にでもいますよ。 例え医師だとしても……いえ、医師だからこそ多くの不安を抱えるものです」
本庄は、ソレは誤魔化しだと思った。 藤原が車椅子の少女と一緒にいた事は本庄の記憶の隅に残っていたのだから……事件絡みには違いないだろうと。
「岬加奈子と一緒でしたよね」
深い溜息が、藤原から漏れ出る。
「えぇ、唯一となった加害者側の生存者です」
「なぜ、彼女と会ったのですか?」
「患者の情報を勝手に話す訳にいかないのは、ご存じですよね? 必要な情報があるなら相応の手続きを行ってください。 ただ……今回の件では、アナタには調査権限は与えられないとは思いますがね。 余りにも感情的になり過ぎている……そうですね……カウンセリングが必要だと言うなら予約をお願いします」
「アナタが!! 調べろと言ったんじゃないですか!!」
「間接的自殺の責任を医師に求めるのは間違っていると言ったに過ぎませんよ。 あぁ……ですが……1つ交換条件としましょうか?」
「な、何よ」
本庄は警戒と好機に、胸をざわつかせた。
藤原は人の少ない方へと歩いて行き、長く乱れた本庄の髪を指先で耳にかけながら囁いた。
「岬君は、脅威の再生力を持つ児珠君の背に染みを見つけたそうです。 確認してはくれませんかね?」
「なぜ……そんな事を?」
「私達医師にとってソレは重要な事です。 アナタにとっては……そうですねぇ……岬君はソレがあったから児珠君の殺害計画を止めなかった。 そう語っていたのですから、やはりアナタにとっても重要なのではありませんか?」
「もし、私がソレを確認してきたら、藤原助教授は私に力を貸して下さるのですか?」
「私の助手として、岬加奈子君の治療に立ち会わせましょう」
「……わかり、ました……」
「藤原助教授!! 頼みがあります」
藤原の背にかけられる声。
「私には、先約があります。 後日改めて下さい」
「人が死んだんですよ。 また、誰かが死ぬかもしれません」
そして、藤原の側に駆け寄り、寄り添うような距離で歩調を合わせて小声で言葉を続けた。
「研究者達は死体を必要としているのですから……」
藤原は立ち止まり、目の周りを腫らし、目を充血させ、睨むように見上げてくる本庄の顔を見つめる。
「医療現場の実情は否定しません。 しかし、先ほども言いましたが彼等の死は間接的な自殺です。 私はね暇ではないんですよ。 そう、アナタの感情だけに時間を浪費するより優先するべき事があります。 それとも、私を動かすだけの徹底的な証拠でもあるとおっしゃるのですか?」
その言葉に本庄は唇を噛みしめた。
「見つけて見せます」
「応援していますよ」
藤原の声は小鳥のさえずりのように軽々しいものだった。
「そのお忙しい藤原助教授はなぜコチラに?」
藤原は背を向けたまま本庄に対して沈黙を貫き、女性に対する配慮を無視した速度で歩き出す。 そんな藤原に対して舌打ちをした本庄は、足早に並んで歩きだした。
「お忙しいとは言っても、こうして移動する間はお喋りぐらいできますよね? 精神科医である藤原助教授が何をしに出向いて来ていたのですか?」
「精神の安定を求める患者は、何処にでもいますよ。 例え医師だとしても……いえ、医師だからこそ多くの不安を抱えるものです」
本庄は、ソレは誤魔化しだと思った。 藤原が車椅子の少女と一緒にいた事は本庄の記憶の隅に残っていたのだから……事件絡みには違いないだろうと。
「岬加奈子と一緒でしたよね」
深い溜息が、藤原から漏れ出る。
「えぇ、唯一となった加害者側の生存者です」
「なぜ、彼女と会ったのですか?」
「患者の情報を勝手に話す訳にいかないのは、ご存じですよね? 必要な情報があるなら相応の手続きを行ってください。 ただ……今回の件では、アナタには調査権限は与えられないとは思いますがね。 余りにも感情的になり過ぎている……そうですね……カウンセリングが必要だと言うなら予約をお願いします」
「アナタが!! 調べろと言ったんじゃないですか!!」
「間接的自殺の責任を医師に求めるのは間違っていると言ったに過ぎませんよ。 あぁ……ですが……1つ交換条件としましょうか?」
「な、何よ」
本庄は警戒と好機に、胸をざわつかせた。
藤原は人の少ない方へと歩いて行き、長く乱れた本庄の髪を指先で耳にかけながら囁いた。
「岬君は、脅威の再生力を持つ児珠君の背に染みを見つけたそうです。 確認してはくれませんかね?」
「なぜ……そんな事を?」
「私達医師にとってソレは重要な事です。 アナタにとっては……そうですねぇ……岬君はソレがあったから児珠君の殺害計画を止めなかった。 そう語っていたのですから、やはりアナタにとっても重要なのではありませんか?」
「もし、私がソレを確認してきたら、藤原助教授は私に力を貸して下さるのですか?」
「私の助手として、岬加奈子君の治療に立ち会わせましょう」
「……わかり、ました……」
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