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07.朴念仁には、私の憧憬の混ざった繊細な恋心は理解できないらしい。

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 衝動的と言うか、本能のままにと言うか、とにかく私は自分の発言を後悔しつつ全力で走っていた……つもりだ……。

「また、転ぶぞ。 ふらふらしている」

 すぐ背後から声がかかる。 何しろ私の1歩は、彼の3.5歩で逃げ切るのは到底無理。 わかっているけど、暴走する乙女心の誤魔化し方を教わってなかった私は、必死に考える訳ですよ。

「大丈夫です」
「ケインはどうした?」
「焼き栗を……」
「なら場所を移動していてはダメだろう」

 子供を相手にしているかのような口ぶりに全く相手にされていなかったのだと知るわけで、まぁ……出会いがしらに『結婚してください』は、言った私としても無いとは思いますけど。 

 なら、子供扱いされて、聞き流されて良かった。そう、ポジティブにとらえるべきでは? うんそうですね。 そうに決まっていますとも。 脳内で、そんなことをグルグル考えていれば、ポスっという感じで人とぶつかった。

「どうしたんですか? あぁ、大男に追いかけられて怖かったんですね。 可哀そうなご主人様。 俺が来たからもう大丈夫ですよ」

 ケインは笑いながらいい焼き栗を渡してきた。

「お前は……人を呼びつけておいて……」

 イラっとした声でファース様がケインに返す。
 ちょっと、いや、かなり近い感じの知り合い?

「いやぁ、なかなか見ものでしたよ」

 ケインの言葉に、あの叫びを聞かれてしまったかとドキッとすれば違ったらしい。

「女の子相手に、右往左往する様子は将軍ともあろう方が、そんなんだから未だ彼女の一人もいないんじゃないですか」

「ケイン!! 失礼ですよ」

 それ以上言って、私がプロポーズしたのをばらされては……そりゃぁケインだから、外で笑いものにするために、噂を広げようと等と言うことはないでしょうが……爆笑して笑い転げ、しばらくネタにされることは想像できる訳なのですよ。

「あのな、助けて欲しいと言うから、来てやったんだが?」

「そうそう、丁度王都に戻っていらっしゃる時で良かった。 えっと、立ち話もなんですので騎士団の方へお邪魔しますね」

 強引だ……。

 公園でいったん公爵家の馬車は公園の管理人に預け、後で取りに来る騎士団の者に託して欲しいとケインは伝えていた。 そして、私達は騎士団の馬車に乗せてもらうことになる。 公爵家の馬車は大きくて派手だから目立ち過ぎるんですよ。

 馬車の中に乗るなり、焼き栗を食べながらケインがファース様に言うのは、祝いなのか皮肉なのか分からない言葉。

「ご無事の生還、心よりお祝いいたします。 また素晴らしい成果を上げられたそうですね。 山道を進軍する敵軍に上部から倒木を転がし、数人で敵軍を撤退されたとか? 鮮血騎士等と呼ばれていますが、次の異名は倒木コロコロ騎士ですかね」

「そんな訳ないでしょう」

 私は思わず口にしてしまった。

「ですよねぇ~」

 そう、笑うケインに私は溜息をつきながらたずねる。

「ねぇ、ケインは、その……、ファース様とは知り合いなの?」

「えぇ、アナタの前の前の主ですね。 まぁ、子供の頃ですが、後は剣の師範が同じで彼が兄弟子に当たります」

「そういう……」

 ケインの家は、代々公爵家の主に仕える一族で、ここ十数年公爵家の当主の変化は激しく、そのたびにケインとその父親は主を変えていたと言うことになる。

 現在、当主代行を行っている私。
 12年前まで、まだ諦められてなかった頃のカスペル。
 16年前まで、先々代当主存命時は、ファース様。

 こんな感じ? と、コソコソと聞けば、にっこり笑って頷かれた。

「主と執事と言うにはずいぶんと仲が良いようだな」

「いやだなぁ、嫉妬、ですか?」

 少しドキッとした。
 ちょっとだけ期待したら、頬が熱くなった。

「誰がだ」

 短いファース様の声にガックリ。

「どうしたんですか? さっきから百面相して、面白いですよ」

「煩い」

 ケインの小指を掴んで、本来曲がらない方向へ力を入れる。

「いたったた、ちょ、辞めて下さいよ」

「ふんっ!!」

 仕事に差し支える訳にはいきませんから、直ぐに外しましたよ。

「まぁ、冗談はともかく、ティア様は幼い頃から俺が面倒見て育ててきましたからね。 娘、と言うには大きいかぁ、妹のようなものです」

 孤児である私は、幼少期は公爵家で世話になるのではなく、ケインの家の方で世話になっていたのだ。

「それなら少々オテンバなのも仕方がないな」

 そう言って小さく笑う様子が、カッコいいなぁ……なんて思うけど、オテンバなんて言われれば、私の憧れ……未熟な恋心は絶望的だ。

 だけど……。

 私は考え込む。

 私は半年後に次の公爵を就任させるために、2カ月以内に夫……次期当主を選ぶようにと言われている。

 候補として名をあげるのは亡き公爵の甥をはじめとする年の近い親族たちだけれど、そもそも関係性と言えばカスペルほどに険悪ではないだけで、孤児でありながら亡き公爵に可愛がられていた私は、何時も敵意と軽蔑の混ざった視線を向けられていた。

 あっ、違う。

 私は気付いた。

 年の近いと言うのはあくまで希望的観測であり、当主の座を望むなら祖父と孫ほど年の離れた相手でも、婚姻可能年齢に達した年下でも問題ないわけなんですよね。 何しろ、社交界以外の当主業務の一切は私とケインが請け負うのですから。

 いえ、むしろソレは、良い逃げ道になるかもしれません。

 私にとって不利にならない相手を選んで、契約結婚を持ちかける。 これは、ありなんじゃないですか??

 私は視線だけをわずかに動かしファース様を見て、また視線を外へと向ける。

 16年前本来であれば後継人をつけ当主となるはずだったファース様。 あえて公爵位を放棄して軍部に進んだのですから……無理ですよね?

 でも……。

 私は、窓の外を眺め、乙女チックな溜息をつく。

 そうやって、私が物思いにふける中。 ケインは現在ベンニング公爵家が置かれている状況と、そして公開された遺言の内容を、戦場から戻ったばかりだと言うファース様に説明をしていた。

「なるほど……。 ソレでか……」

 視線を感じて振り返れば、ファース様が私をじっと見ていた訳で、なんか照れるですけどぉ?

「どうかしました?」

「いや……、ティアは公爵家の財産、事業、地位、名誉を望まぬ俺が都合よいと判断したんだなと」

「えっと?」

 ケインが、焼き栗を食べながら不思議そうにファース様を見れば、完全な誤解のまま納得したとばかりの表情でファース様は私の痴態をケインに伝える。

「さっき、結婚して欲しいと言われた」

 目の前の男は、私の憧れ、淡い恋心を、実務的な要求をなされたものとして塗り替えてくれたのだ。

「ぶっふぅううう、あははっははははっはははっは」

 大笑いするケインの頬に私はグーパンチを入れた。
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