皇帝陛下の愛妾は、ツガイである私を差し置いて皇妃になりたいらしい。

迷い人

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10.自分が悪かった事は理解できるが、愛するツガイが理解できない

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 アベニウス帝国皇帝ランヴァルドは、一瞬ヴィヴィを追うのを迷った。 後ろめたいことは無いが……あんな方法を取る必要が何処にあっただろうか? と、後悔したためである。

 騎士団長の1人が背を押す。

「早く追って差し上げて下さい」

 安心していいのか分からないが、ヴィヴィには居場所はない。 彼女の周りは全てヴィヴィの味方ではあるけれど、全員がランヴァルドの配下であり、ヴィヴィが逃げようとすればソレを邪魔するだろう。

 そして、ヴィヴィの両親は10歳までヴィヴィを育てたが、彼女を娘として愛してはおらず、莫大な金をもたらした娘を腫物のように扱い、次に生まれた子を溺愛した。 だからこそ、ランヴァルドはツガイのルールを歪め、早くヴィヴィを手元に置いたのだ。

 ヴィヴィに行く場所はない。

 だが、ランヴァルドは焦らずにはいられなかった。 一瞬たりとも嫌われたくなどない。 ここで適当に済ませられる想いなら、ソレはツガイとは呼ばないだろう。



「どこへ行かれるのですか!! ヴィヴィ様!!」

 窓枠を乗り越え、屋根の上に上がり、木々の枝を渡り歩く。 日頃の幼さは何処へ行ったのか、ドレス姿で優雅に移動するヴィヴィはキビキビと先へ進んだ。 ペスを始め侍女や女官は早々にあとを突いてくることは出来ず、それどころか護衛騎士も撒いてしまい、今並走しているのはランヴァルドの信頼扱い騎士団長の1人である。

「ヴィヴィ様どちらに行かれるのですか? 危険ですのでお戻りください」

「王宮内で何が危険なのですか、危険と言うならアナタ達の怠慢、ソレを理由に私を止めようなどとは間違いだと思いませんの」

「それは……まぁ、確かに……耳の痛い話です。 無能を恥じ謝罪であればいくらでもしましょう。 ですが、本当に、安全と言える状況ではないのです。 お戻りください」

「ならば、その職務を放棄すればいいわ。 私は勝手にどこかに行った。 それでよろしいでしょ!!」

「そう言う訳にはいきません。 ヴィヴィ様に何かあっては陛下に殺されてしまいます。 これは私にとっては自らの命を守る行為ですから、引くわけにはいきません」

 ムッとした様子で、ヴィヴィがようやく足を止めた。

「陛下には、ベントソン伯爵夫人がいらっしゃいます。 守るべきは彼女の方ではありませんか?」

「そう、拗ねなさるな……」

「拗ねて等いません!! ただ、彼女が何をいったのか分からなくて……陛下が取られた気分で、でも私はツガイで何もしていないのに陛下に愛されているのは確かで」

 グルグルぐるぐる訳の分からない思いがこみ上げてきて、ヴィヴィは木の枝の上に座り込み、俯いて泣き出してしまった。 騎士団長的には、これはこれで困ると言うもの。 それでも、

「失礼いたします」

 ヴィヴィよりわずかに年上な自らの娘に、幼い頃していたように大きな手でヴィヴィの頭を撫でた。

「陛下は、何をお考えなのでしょうか?」

「……その身の欲に負けたと言う訳ではないでしょう」

 騎士団長の言葉は小さい。 もし、自分の娘が婚約者の浮気現場を見たなら、娘の代わりにその婚約者の首を叩き落してやろうと考える。 だが……陛下に限って、ヴィヴィを裏切るなどとは考え難い。

「欲? おかしなことを言うのですね?」

 涙を瞳にためたまま、ヴィヴィは不思議そうに騎士団長を眺めた。

「お、かしいですか?」

「えぇ、オカシイですよ。 彼女は悪い事をした自分を謝罪していたのでしょう?」

「いや……ベントソン伯爵夫人は謝罪をしている様子はありませんでしたよね? それに謝罪で服を脱ぐなどと言うことはありえないことですよね?」

 そう言ってしまった騎士団長は、余計な事を言ってしまったと後悔した。 だが、

『エロイ事をしようとしていたんですよ。 陛下にはその気はないでしょうけど』

 なんて、遠まわしな発言をヴィヴィは理解できず、自分の中で必死に応えを探そうとしていた。

「……きっと、お病気なのですよ。 えぇ、きっと奇病を患われたからこそ、その奇病を陛下に見せつけることで、その身を救ってほしいと願ったに違いありませんわ」

 ヴィヴィが騎士団長の言葉を理解できないように、騎士団長もまたヴィヴィの発言が理解できずにいた。 だが、ソレを追求すべき立場にはなく、その真意を少しでもしろうとヴィヴィと同じ言葉を繰り返す。

「病気、奇病ですか?」

「でなければ、身体中にあのような無数のアザなどできるはずありません。 若い見習い騎士だってあのようなどす黒い紫や赤色……それも小さな跡が無数に残るなんて事はないでしょう? それを人の目につきかねない陛下の執務室で肌を露わにするその覚悟……きっと余命僅か故の焦りなのですわ」

「ぇ、いや、アレは……」

 身体につけられた無数のアザは、口づけの跡だと騎士団長は口に出来なかった。 いま、無暗にその真実を告げれば、陛下がベントソン伯爵夫人の身体のあらゆる場所に口づけていたことにされてしまうだろう。 それでは、奇病以上にややこしい話になる。

 騎士団長は爪の先ほどにも、陛下がヴィヴィよりもベントソン伯爵夫人を優先しているとは想像していないがゆえの沈黙であった。

「それに……あのようにダラダラとヨダレを流す様子は、正気の人間とは思えません。 きっと脳に至るほどの病なのですわ。 なるほど……だから茶会であのようなオカシイ行動をとられたのですね。 わずかな正気の中で陛下を頼ったのでしょう。 プライドを捨て頭を下げて許しを請い、救いを求める。 最善を求めるが故に他を切り捨てる潔さと言うのが、子供の私には出来ぬ大人の判断と言うものなのでしょう。 神によって加護を受けた私には決して理解できぬ困難を彼女は背負い、幾度となく乗り越えてこられた。 きっとソレがツラかったとおっしゃっていたのですね!」

 騎士団長は、ボソリと言った。

「もう、それでいいです」

 騎士団長はとりあえず連れ戻れればなんでも良いと思った。 ヴィヴィ可愛さに誰も性的な知識を教えていないと言うことは、とりあえず横に置いた。 皇帝の住まう奥宮と言えど、今回の調査で安全とは言い切れない事が分かったからだ。

 とにかく、確実に守れる場所に連れていくのが彼の使命である。

「では、すぐに彼女を医者に見せなければ、陛下もかつて愛した人が脳の病とあっては、心配で夜も眠れないでしょうからね!!」

 ストンと腑に落ちたのだろう、ヴィヴィはうんうんと満足そうに、医療宮へと向かって進みだした。





「ヴィヴィ」

 ツガイの形跡を追ってきたランヴァルドが控えめに声をかける。

「陛下……」

「その、アレは……あぁすることで色々と解決できると思った訳で……」

「確かに、陛下は彼女を悪人だと言っていましたものね。 ベントソン伯爵夫人がいかに陛下と心通わせているといっても、自らが可哀そうな病に掛かり長く正気を保てない状況であったとしても、嘘や悪人的行動が何も無く許されるものではありませんよね。 頭を下げる、謝罪をすると言うのはケジメとして必要でしょう」

「ぇ?」

 ベントソン伯爵夫人は過去から今に至るまで謝罪らしい言葉は口にした記憶はランヴァルドにはなかった。

「私はただ愛されて当然のように甘えていました。 陛下の心が他所に移ったと思っただけで嫉妬する心の狭い娘です。 ……それに比べ彼女はとても勇敢な女性です。 肌を汚す女性としては致命的な病、ヨダレをまき散らすほどに正気を失う頭の病、そんな奇病にもし私がかかったなら恥ずかしくて逃げだしてしまうでしょう」

「どういう?」

 ランヴァルドは、混乱していたがソレに気づきもせず、自らが納得した結論を基にヴィヴィは語り続ける。

「だけど、彼女はそんなことをしなかった。 きっと心配をする陛下のことを考えられたのでしょう」

 ランヴァルドは思う。

 最近まで存在を忘れていたぞ、もし、覚えていたなら、このような面倒になることはなかっただろう……と。 いや、それより病とは? どういうことだ?

「陛下、彼女の心意気に応じ、よくしてやってくださいませ、良い医師をつけてやってくださいませ。 私は……この嫉妬と言う小さな世界で頑張って戦い勝って見せます!!」

「ぇ、あ、いや……その……俺は、ヴィヴィに嫉妬されるのは、嬉しいよ」

 ぶわっとヴィヴィの頬が赤く染まる。

「な、何を言っているんですか!! あのように頭がおかしくなる奇病に苦しんでいる方がいるというのに!!」

「えっ、その……それだけど……」

 ランヴァルドは騎士団長に事情説明を求めるかのように、困惑した視線を向けた。

「さぁ、ベントソン伯爵夫人を先生にお見せして、病を治していただきましょう。 いえ……あそこまで頭に病の影響がみられるなら、大神官をお招きした方がいいのかしら? 陛下は如何なされるつもりでした?」

 問われてランヴァルドは途方に暮れた。



 愛するツガイが何を言っているのか分からない……。





 ヴィヴィの誤解は、性的知識の欠如が大きな要因となっている。

 だが、それだけではない。

 ヴィヴィは未だ成人未満の少女であり、同年代の中でも背は低い。 ベントソン伯爵夫人が立ちあがるまで、ヴィヴィはソファに邪魔され彼女の存在を視界にとらえてはいなかったのだった。
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