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03.汚物は見たくないと拒絶したが故の失態

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 アン・ブリット・ベントソン伯爵夫人が、涙を浮かべ語りだす。

「社交界で浮名を流していた夫ですが、亡くなると同時に莫大な借金が明るみになりましたの……。 喪も開けぬうちから借金取りが屋敷に訪れ、屋敷の隅々まで荒らし全てを奪ったにもかかわらず、今もアヤシイ集団が私をつけ狙ってくるのです。 どうか助けて下さいませ」

 アベニウス帝国皇帝ランヴァルドは、不快そうに視線を側近に向けたまま告げた。

「まずは、借用書の確認をし、財産整理をするための管財人と交渉仲介人に相談すべきではないのか? シェンク侯爵なら伝手も多くお持ちだろう。 ソレが今回の謁見を願った理由だと言うなら、シェンク侯爵……貴殿は虚偽を行う信頼に値しない人物として記憶させて頂こう」

 出ていけと告げようとした直前にベントソン伯爵夫人が割って入る。

「そんな!! 私との関係をお忘れになられたのですか? あの情熱的な日々を……。 会えば陛下は喜んで私を受け入れて下さると信じておりましたのに!!」

 と言う内容に、過去の関係をほのめかす言葉3割、そして4割の脅しを交え保護を求めてきたのは10日前のことだった。

 あぁ、やっぱり過去の汚点は処分しておくべきだった。

 沈黙と冷ややかな視線で守護騎士に追い出せと告げたが、ベントソン伯爵夫人を謁見の同伴者として連れてきた『シェンク侯爵』が良しとしなかった。

 容易周到に『南方からの輸入品についてご報告とご相談がございます』と3日も前に正式な謁見申請を出してきただけあり、追い出す事が出来ない状況を準備していたのだ。

「彼女は、南方連合6か国の各王から後見を得ている神螺劇団のメイン俳優ブレイスとの婚姻が決まっているのですよ。 皇帝陛下ともあろうかたが何を警戒なさっているのですか」

 そう笑い飛ばしてみせた。 東方に位置するタルバ国との関係がキナ臭くなっている状況で、南方に位置する国家を敵に回す事が出来ないだろうと言う類の脅しである。

 ランヴァルドは、疑う事をしなかったと言うよりも、早く視界から排除したかったと言う理由から安易に事をすませてしまったのだ。

「遠方から訪れる貴族達に開放している屋敷がある。 そこで良ければ身を隠すのに使うがいい」

 そして謁見は終了した。



 アレベントソン伯爵夫人を見ていれば、過去の汚点を見せつけられているようで気分が悪い。 無視しておけば関係性をとやかく言われることもないだろうと、放っておかせたのが全ての間違いだった。

 放置を持って関わらないと考えていたが、シェンク侯爵の手を借りて、俺が全てを許していると、許容しているのだと、話をすり替え始めめるなんて想像もしていなかった。 いや、そもそも考えたくなかった訳だが……。

 ベントソン伯爵夫人は、居を移すと同時に人を招き連日茶会を開き、こう語っていたそうだ。

「陛下から特別に与えられたものです」

 南方の珍しい布地を自慢し、美女を侍女として使い、変わった菓子を馳走し、美男を警護として側に置く。

「私が安心して生活が出来るのも、快適な生活を送れるのも全て陛下のおかげです」

 もともと、ベントソン伯爵夫人と言えば社交界でこの人ありと言われるほどに目だった人物で、周囲には常に口やかましいご婦人達を侍らせており、噂が広まるのも一瞬のことだった。

「愛妾として共にあるようにと王家に代々伝わる品を幾つも賜っております」

 そういって幼い頃、母の宝石棚から適当に与えた装飾品を自慢し始め、愛妾として外堀を埋めたのだ。

 その程度であれば、俺にとっては知らぬ存ぜぬで済ませられる範囲。 そもそも王家の紋章は入っているが、代々伝わるからではなく献上される際のルールとして刻印されているに過ぎない。 いくらでも覆すことができるのだ。

 問題は昨晩遅く、南方連合6か国の王を後見に持つベントソン伯爵夫人の婚約者が何者かに殺された事にあった。 ただの俳優であれば、それほど問題はなかったのだが……各国の王たちが共有する美貌の天才だったと言うから、話がややこしいのだと言う。

 王都で人が1人死んだからどうだと言うんだ! と言いたいところだが、政治的にそう言う訳にもいかない。 そんなに大事なら鍵のついた部屋にでも閉じ込めておけ! と言うのも通用しないだろう。 彼等は誰もが羨望する俳優と関係を持つ事を楽しんでいたらしいのだから。

 そして、美貌の婚約者が殺されたはずのベントソン伯爵夫人は、王宮内で俺の姿をわざわざ探し出し、人の視線がない場所に連れ込みこういった。

「これはさぞ南方連合の御仁たちを怒らせてしまう事でしょう。 陛下さえ宜しければ、私が口利きをして差し上げてもよろしくてよ。 私を愛妾にしてくれるだけで、何の争いもなくことが収まるのですから、断る理由なんてありませんわよね?」






「腹だたしい!!」

 顔も見たくない相手に、顔も見たくないからと拒絶し遅れをとったのだ! 誰にでもない自分に対する怒りで、身体が凍り付きそうだった……。

 そんなところに愛する少女から可愛らしい手紙が届いたのだ。 恋しくなって当然と言うものだ。

 言い訳も……したいし……。

 威風堂々という言葉がしっくりくるランヴァルドが、子犬のようにヘタレたわずかの間を、彼の側近である『カール』は見て見ぬふりでやり過ごす。



 ヴィヴィの部屋までは何時も見回りの警備兵を避けていくのだが、日ごろはノンキそうに欠伸交じりに行われている夜間警備が、妙に殺気立っているかのように感じた。

 兵士の数が明らかに多い。 まだ、夜も浅い時間ではあるが、これほどの兵士が動員される理由に覚えはない。

 確認をするべきなのだろう……なぁ……。 そう思いつつも、それ以上に今はヴィヴィに会いたかった。 だが、面倒がったが故の失態をしたばかり。 ランヴァルドは一度執務室へと戻り、何時も通りを偽り。

「ヴィヴィの警護はどうなっている? 警備資料を持ってこい」

 と、周辺の警備体制を報告させれば、正規雇用の兵士以外のものも混ざっている事が確認できた。

 王宮で使う使用人や兵士は、貴族の推薦と保証を持って行われ、各部署の責任者によって能力が図られ、人格を判断するために、別の場所でテスト期間が設けられる。 ここ数か月の間に、推薦数が異常なほどに増えており、その合格者が一斉に配属されたのだという。

 報告責任者が去るのを確認してから、ランヴァルドは口を開いた。

「それを配慮しても多かったぞ?」

「私の方から、確認のための人選を行い、調査をさせましょう。 ただ……神螺劇団の件に、金貸しの件もあり、個人で人を動かすにもソロソロ限界です。 どなたかを味方として懐に取り込むべきでしょう」

「分かった……検討しよう。 で、もういいか?」

 ソワソワとして問うのは、ヴィヴィの部屋への来訪である。

「よろしいですが、もうお休みになっておいででしょう」

「寝顔でも見ないことには、明日仕事にならんぞ」

 脅しにもならない脅しに、カールは苦笑する。

「どうぞ、後のことは引き受けますので、英気を養ってきてください」





 引き返さなければ、ヴィヴィも起きていたかもしれないのに……。 月明かりが差し込む広い部屋、ランヴァルドは彼が自分のためにつけた隠し扉から、ヴィヴィの部屋に侵入していた。

 ヴィヴィがいるだろうベッドを見れば、明らかにその膨らみがヴィヴィだけのものではなく、心臓が早鐘のように打ち始め、口が渇き、視線が揺れる。

 まさか……愛妾を作った俺を責めて、男でもつれ込んだのか?! いやいや、そう考えるのは早い、ヴィヴィのことだ俺に会えない寂しさを紛らわすために侍女に添い寝を頼んだ……にしてはその膨らみは、明らかに大きかった。

 そっと近寄れば、上掛けから見えるヴィヴィの白く滑らかな肌が覗き見えた。

 なぜ!! 服を着ていない!!

 衝動のままに上掛けを捲り上げれば、そこには巨大な……熊を模したヌイグルミと添い寝するヴィヴィの姿があった……。

 情事の跡は確認できずホッと息をつき、そしてつぶやいた。

「だが、なぜ全裸なんだ?」
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