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01.それはまるで家庭教師を紹介するかのようでした

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 神々の末裔、世界を駆ける者、異形の民、叡智持つ獣、様々な呼び方をされる人ならざる古き者がこの世界にはかつて存在していた。 未だその血は人と交わり脈々と受け継がれ、古き血の末裔として人の王として君臨している。

 古き血を持つ者には、稀に神からツガイが定められる。

 ソレは、濃い古き血を制御するための楔。
 ソレは、苦難を乗り切るための生きがい。
 ソレは、幸福をもたらす者。

 ツガイを持つ者を、王と出来るものは幸いなり。



 現皇帝『ランヴァルド・アベニウス』のツガイが誕生したのは14年前、彼が12歳を迎えた年。 ランヴァルドは、自分のツガイがこの世に誕生したことは、なぜか理解できた。 魂が揺さぶられ歓喜の涙が流れ、止まることが無かった。

「殿下どうなされたのですか!!」

 当時の彼は、横暴を絵にかいたような少年であり、そんな彼の瞳に大粒の涙が溢れているのを見た侍女は死罪を覚悟したと言う。

「いや……なんでもない。 私は嬉しいんだ。 こんな気持ちになったのは初めて……だ……。 生きると言うことは退屈なことだと思っていた。 ツマラナイ事だと思っていた。 だけど、世界とはなんてすばらしい……ものなんだ。 神よ……私に最愛を与えてくれたことを感謝します」

 そしてランヴァルドは、朝を迎えると同時にその心のままに自らのツガイを探し当てることとなる。 ツガイの名は『ヴィヴィ・リュミエント』貧しい子爵家に生まれた娘。 彼女は慣例に従い12の年まで親元で暮らす予定だったのだが、ランヴァルドが皇帝の地位を継いだ10の年に正式にツガイとして王宮に迎えられた。



 それから4年。

 お妃修行の間に設けられたわずかな休憩時間、人目を避け、隠れ、木に登りヒッソリと読書を楽しむのがヴィヴィの日課。

「ヴィヴィ様、陛下がお呼びです」

 どんなに上手に隠れても、陛下は何時も私を見つけてしまう。 ソレはとても嬉しくて、とても悔しい。 いつもであれば木の下で両手を広げて受け止めて下さる陛下なのに、今日はその姿がなかった。

「陛下は探しに来てはくださいませんの?」

 ヴィヴィが拗ねたように言えば、その日の守護騎士は少し厳しい表情でヴィヴィを見ており返事をしてくれない。 陛下を怒らせるようなことでもしたかしら? と、考えるが身に覚えはなかった。 この疑問も不安も陛下に会いさえすれば、きっと解決するはずだわ。 ヴィヴィは疑うことは無く陛下の元へと向かう。



 皇帝陛下の執務室の前。

 警備を行う守護騎士と、上級貴族と呼ばれるいわゆる上位納税者が何かを言い合っていた。

「ヴィヴィ様の御前での争いはお控えください!!」

 私を迎えに来た騎士が告げれば、なぜかこばかにされたような視線が騎士から向けられる。そして一転して貴族からは、哀れみの帯びた視線が向けられた。

 なぜ?

 部屋の扉を開けば、そこには陛下と、皇妃となる私の後見人である『オークランス公爵』と、知らない女性。 そんな3人が、執務室のソファに座っている。

 陛下と変わらない年代の色香漂う赤髪金瞳の女性は、陛下の隣に寄り添うように座っており、私はその席順がどういう意味を持つのか理解できずに困惑し、不安で心が揺らぐのがわかった。

 そんな私に陛下は何時も通りの優しい声で告げる。

「ヴィヴィ、こちらアン・ブリット・ベントソン伯爵夫人だ。 ご挨拶をして席につきなさい」

 私はこれが公式の場なのだと理解し、優雅に愛らしいスカートを両手の指先で軽くツマミ、背筋を伸ばし、膝を少し曲げ、ユッタリと落ち着きを持って優雅な微笑みを作り挨拶をする。

「お初にお目にかかります。 ヴィヴィ・リュミエントと申します」

「あら、とても可愛らしいですわね。 ランが過保護にする気持ちも分かりますわ」

 女性の言いように、少しムッとしたけれど……ソレを露わにしない程度の教育は受けています。 できているはずです。

 無知であれ、愚鈍であれ、知恵あれば睨まれる、知識なければ利用される。 程よく無能を貫き、上手く困難を回避するのです。 ソレが陛下の足手まといにならないために必要な技能です。

 私は厳しい教師の顔を思い出し、冷静さを保とうと握りこぶしをきゅっと握り、陛下が差し示した通りオークランス公爵に軽く挨拶をすませ隣に腰を下ろした。

「手、行儀が悪いですわよ」

 ベントソン夫人が穏やかな様子で指摘し、陛下へと視線を向けて甘い声で語りだす。

「これでは、陛下のパートナーとして不安だと語られるのも当然ですわ。 余程甘やかされたのね」

「仕方がない、大切な私のツガイだ」

 仕方ない……の言葉に少しだけ胸が痛んだ。

「ヴィヴィ、ベントソン伯爵夫人だがね。 今日から私の愛妾として王宮に迎える事にしたよ。 彼女は華やかな伯爵を支えながら、社交界において常に周囲の注目を集めながらも問題を起こすことなく、ご婦人方を上手くまとめあげてきた経験を持つ。 貴族の付き合いを社交の場を苦手とするヴィヴィの良い教師となってくれるだろう」

 それは、12歳年下の婚約者……いや、ツガイである『ヴィヴィ・リュミエント』の家庭教師でも雇ったぞとでもいうような気軽さで告げられた。 だが、彼は確かに愛妾として迎えるといったのだ。

 何を言われたのか理解できずに、私は愛想笑いを浮かべていた。 何の冗談なのだろうか? と、余り面白い冗談ではありませんわ。 と。

「ランはね、幼いアナタの優しい兄ではありませんのよ」

 どこから、そんな言葉が出てくるのでしょう? 私が怖くて陛下の顔を見る事ができませんでした。

「陛下、これはどういう事なのか、説明を頂けますか?」

 オーランド公爵が、静かに、だが強い声色で尋ねた。 ツガイを持つが故に強王と名される『ランヴァルド』だが、国は彼の強さだけで支えられている訳ではない。 王族の血を幾度となく取り入れてきたオーランド公爵家の力は決して国にとっても蔑ろにできるものではない。 だからこそランヴァルドは、ヴィヴィを王宮に招き入れる際にオーランド公爵を後見人に選んだのだ。

 それが!! だ。

 ベントソン伯爵家と言えば、この国の貴族を束ねるとすら言われる一族であった。 家同士が重きをおく価値こそ違うが、公爵家と同様に重要な役割を担う貴族家である。 その一族から愛妾を、それも伯爵の妻である女性を招くと言うのだから、オーランド公爵も納得いく訳ない。

「ベントソン伯爵夫人は、社交に長けた方ではあるが王宮での生活には苦労することは容易に予測できる。 ヴィヴィを思いやってよからぬ事を考える者もいるだろう。 そうならないよう2人にはくれぐれも気にかけ、彼女が困っている時には相談に乗ってやって欲しい」

「お待ちください、突然にこのようなことを申されましても……、陛下はこの国の持つツガイの意味をお忘れになったとおっしゃるのですか!!」

「まさか、私の運命、私が見つけ、私が育てた子の意味を私が忘れるはずなかろう。 そなたはツガイの重要性を忘れるほどに、私が愚かだとおもっているのか?」

 氷を思わせる冷ややかな視線が公爵に向けられ、そして私には何時もと変わらない優しい笑みが向けられた。

「ヴィヴィ、休憩時間をうばってしまったね。 後でお茶と菓子を持って行かせるから、講義に戻りなさい」

 何時もと変わらない優しい声が不気味に思えた。

 陛下は部屋の片隅で置物のようになっている守護騎士へと視線を向ければ、彼等は少々強引なほどの勢いで私とオーランド公爵を執務室から追い出したのだった。


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