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09.彼女の執事

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 扉がバタンと壊れんばかりの勢いで開かれた。

「なっ(にが起こった)!!」

 巨体の男を守るための騎士が、言葉を全て言い終える前にラナの元へと駆け寄る勢いのついでに蹴り倒され目を回す。

「何者だ!! 私が誰か分かっているのか!!」

 なだれ込んできたのは、黒いローブに身を隠していた。
 男は……殿下と呼ばれていた巨体の男を完全に無視していた。 

「ぁ……」

 弱弱しいラナの声は……泣きそうだった。
 ラナには、そのローブの男が誰かすぐに分かったから。

 ずっと、ずっと見つめて来た相手なのだから……それでも、巨体の男が権力者である以上、名を呼ぶわけにはいかないと耐えた。

 助けに来た男ブラッドリーには僅かな躊躇いが見られ、バラバラにされ、花びらを散らしたかのように僅かに肌を隠しているドレスの上から、着ていた黒ローブをかけた。

「後を……つけまわして申し訳ございません」

 上ずった声がかけられる。

「ぶ……」

 いけないと分かっていても、ラナは安堵に名を呼びそうになり、安堵してはいけないのだとブラッドリーに注意を促そうとしたが、声が上手くだせなかった。

「えぇい、何を寝ている!! 早く起きて私を守れ!! マイルズ!! 私を守れ、守るんだ!! でなければ、オマエを殺す、殺すぞ!!」

「では……私が、アナタの変わりに殺して差し上げましょう」

 ブラッドリーは、ラナを襲うため王宮騎士の制服を脱ぎ捨てていた男……マイルズの頭部に制服を被せ……そして勢いよく踏みつけた。

 鈍い音が響いた。

 白い王宮騎士の制服がジワリと赤く滲むが、薄暗い部屋の中でどれだけ理解できるか……いや、普通であればできないだろう。 だが、幾人もの人間をあらゆる方法で殺してきた巨体の男には、何があったのか直ぐに理解できた。

 そして……男は笑った。

「ひゃはっははははっはははは、なんとも思い切りのいい男だ。 迷いの欠片もない。 いい、いいなぁあ、オマエなら私を理解できる。 私の元に来い、私と共に来い。 一緒に楽しもうじゃないかぁ」

 ねばついた声で巨体の男は、目の前の姿を隠すため黒に身を包んだ男を見つめた。 男は俯いていて巨体の男はその顔を見る事は出来ていない。

 チラチラと薄暗いランプの灯りが、男の……ブラッドリーの繊細な顔立ちを映し出し……司祭はその顔を恐怖に歪ませ、悲鳴を飲み込んだ。

「顔を、顔をもっと見せて見ろ。 私が直接、オマエに楽しみを教えてやってもいい……ほら、顔を見せろ」

 興奮した様子で巨体の男がブラッドリーの顎に手を伸ばし、顔を自分の方へと向けようとした……。 その瞬間、ブラッドリーは剣を抜き、男の腕を切り落とす。

「ぎゃぁああああああああ!!」

「やぁ、久しぶりだなぁ~」

 顔を上げたブラッドリーは何時もの丁寧な口調を捨て、鷹揚な態度で、嫌味たらしい笑みを浮かべて挨拶をした。

 巨体な男は悲鳴をとめ、そして改めて悲鳴に似た声をあげた。

「シ、シリル……。 まさか、オマエは死んだはずだ!! あの日……戦場で……、いや、嘘だあり得ない。 もう10年以上も前だぞ!! あり得ない、何者だ!!」

「自分で言っておきながら、まだ、何者かと聞くのか……相変わらず鈍い奴だ。 だから、オマエは足りないと言われているんだ」

「だが!! あの日……副官に襲われたオマエは、致命傷を負い川に投げ捨てられたはずだ!!」

「信頼していた副官に裏切られたのは確かにショックだった。 副官に裏切られるような人間だったなら死んだ方がいいとすら思った。 だから大人しく川に流される事を受け入れた。 だが、そんな事は今となってどうでもいい。 むしろ感謝すらしよう。 俺の、俺だけの主と出会えたのだから」

「私を、どうするつもりだ……」

「アンタも知っているだろうが、俺は、昔から遺恨を残すのは嫌いでね」

 そんな言葉と共にブラッドリーは、頭を潰された騎士の剣を抜き、粉々になるまで踏みつぶした。 踏んで容易く割れる訳などないが、それがするのがブラッドリーと言う男だった。 細かな刃物を無数に作り上げたブラッドリーは笑う。

 無数の刃物を含みながら風が舞い……そして、巨体な男を切りつける。 服が細切れになり全裸となった。 細かく、深く、無数についた傷から血が流れ出た。

「お、お許し下さい……許してください。 お願いです」

「いいや……許すわけにはいかない。 オマエの目は気に入らない……好色な目で俺の大切な人を見た。 汚らしい手で、唇で、触れた」

「殿下に襲われる事を考えれば!! 私の方がマシだ!!」

「思考の差等どうでもいい。 実際に触れたのはオマエだ。 この部屋に連れて来たのも、オマエだ。 その罪……理解できないほど……いや、いい……理解する必要等ない。 お前に相応しい罰を与えよう。

 聞いた事のない冷えた声だった。

 動かぬ身体……。
 熱く熱を怯えた身体。

 目の前にいるブラッドリーの表情も声も、夢現のようで……。

「どうして……」

 そうラナが呟けば、視線が向けられた。

「あぁ、お嬢様。 このような不浄の場に何時までも留まらせて申し訳ございません」

 そう言ってブラッドリーは黒いローブで包み込んだ主を抱き上げ、そして……窓の外を見回した。 声を出さずともコソコソと2人の男が寄ってくる。

 王族相手にどうにもできないとブラッドリーに泣きついた秘書のアンディと、護衛のカールである。 ブラッドリーは部屋の中を見せぬように抱き上げた主をカールに手渡した。

「もし、今以上の粗相があれば……分かっていますね?」

「は、はい……」

 顔色悪く返事をする2人を見れば、既に護衛としての役割を果たさなかった事を叱責された後なのだろうとラナは想像できた。



 ラナは暗闇に隠れながら馬車へと戻り……安堵と共に意識を失った。



 後日、第一王子クレイグは死体として発見される事となる。

 彼に付き従う美しい司祭と共にベッドの上で全裸で血まみれになりながら……。 王子の下に組み敷かれただろう司祭は、床に落ちていた拷問道具一式をその身に受けていた事から……誰もが、その死因を勝手に想像し、あの王子だからと納得し、そして……不慮の事故で亡くなった事にされたのだった。
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