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01.お嬢様と執事

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「お嬢様!! おやめください!! 彼はお嬢様をかばってケガをしたのですよ!!」

 広くはあるが生活感の無い部屋。
 大きなベッドには、包帯を巻いた男。

「仕事よ、ブラッドリー」

 冷ややかな視線を向ける、グリーソン商会の娘。

 必死な表情で怪我人を庇うのは、グリーソン商会に雇われた年若い侍女達。

 身体の多くを包帯で巻かれてた男が、ユックリと……そして美しい顔を歪めながら身体を起こした。

「ダメですブラッドリー様!! 今動けば折角塞いだ傷が開いてしまいます!!」

 優しい侍女の言葉。
 半裸の男に女達に視線が集まっていた。

 包帯にその身を隠されていても、男の魅力は損なわれる事は無く……。 その身の世話をすると言いながら、男に触れたがるものも多い。

 男は不愛想で、女達の入り乱れる感情には無反応。
 元々、不愛想な男であるが、男は魅力的だった。

 だからこそ……彼の特別になった自分を誰もが妄想してしまうのだ。

 そして、痛みに歪む表情を見れば……女達は閨を想像してしまうと言うもの……。

「お嬢様、もう1度言います。 彼はケガを負っています。 アナタのために負ったケガです」

 ここまでは正論だった……。
 だが、男は若い侍女達を狂わせた。

「彼を……束縛なさらないで、彼に人間としての自由を与えて下さい!!」
「余りにも可哀そうですわ……」

 侍女の訴えとしてはありえない言葉。
 だが、侍女達は当然の権利のように、ラナを責め立てた。


 ラナはグリーソン公爵家の末端の家系に生まれていた。
 それは庶民と何ら変わりはない。

 ただ、ラナの両親は王都でも知らぬ者がいない商会を営んでおり、そしてラナの手によってソレはいっそうの成長を迎えていた。

 財産と信頼があった。
 それでも庶民は庶民だ。
 いかに貴族よりも、王族よりも、財産があっても。

 所詮は庶民なのだ。

 貴族達は商会を便利に利用する。
 時に金を借りる。
 それでも、実際には庶民だと見下しているのだ。
 そうして見下す事でプライドを保っていた。

 それは、貴族に生まれながら金銭に困り奉公に出された侍女達も同様であった。

 ラナの執事を務めている美貌の青年がケガを負った日。
 多くの侍女達が、執事を看病しようと我こそがと集まった。

「貴方達、仕事は?」

 イラついたラナが冷ややかに見下し、令嬢……いや、侍女達に尋ねた。

 返事はない。

「放棄しているのですね」

 馬鹿げた侍女達に冷ややかな視線を送りラナは睨み、感情を抑えたまま侍女達に命じた。

「出ていきなさい。 自分達の仕事を忘れたの? 仕事をしない者を雇用し続ける理由等何処にあると言うの?」

「……酷い……私達は、彼が可哀そうで」
「彼が回復に努める事を手伝って何が悪いのよ」
「今は無理する時期ではありません!!」

「同じことを何度も言わせないで……」

 侍女達を追い出しラナは、ベッドに眠る男に言い放った。

「ブラッドリー、アナタは私の下僕なのだから、私の命令に従うのが当然なのよ。 理解しているわよね?」

 ラナは優雅な笑みを浮かべながら、ブラッドリーを見下ろす。

「はい……」

 ブラッドリーは、王都でも有数の豪商の娘であるラナの誘拐を阻止した事で深い傷を負ったにも関わらず、ラナはブラッドリーに仕事をしろと命じた。

 動けば、包帯が滲む血に赤く染まる。

 だけれど、ブラッドリーはラナに対して何処までも従順である事を見せつける。 優雅な動作でブラッドリーはベッドから降り、そしてラナの前にかしずいた。

「すぐに準備をします」

 彼女の身を守るために負った傷でありながら、ラナは気遣いの言葉をかける事は無かった。

 彼を取り巻き、チヤホヤと世話をする侍女達に身を任せるばかりの彼に気分を害していた。

 だから……労わない。

 怒っているから。
 腹を立てているから。

 痛みをこらえながらブラッドリーは立ち上がり着替え始める。

 反論は無い。
 抵抗は無い。
 敵意も無い。
 怒りも無い。

 ただブラッドリーはラナの魅力に憑りつかれたかのように、自我を失ったかのように命令に応じていた。

 着替える様をジッと見つめていても、ブラッドリーは気にしない。

 そしてラナは……また勝手に傷つく。

 私は……彼にとって女にすら、なる事は出来ないのでしょうか?
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