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17.完結
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ウォルランド国との2年にも渡る戦は、フランセン国側から場所、時間の指定を行っていた。 そうすることで、戦闘に参加したくないものは戦闘開始予定時刻に拠点を離れる事で、戦闘を回避できると言うメリットがあった。
それだけの利点をウォルランド国に与えても、相手側の主力兵は老人と病人が大半、指揮官が彼等を盾にして多少は戦いのようなこともあったが、戦らしい戦も無いまま2年が経過していた。
フランセン国側の防衛力が低いにもかかわらずウォルランド国が、本気で戦をしなかった理由は、お互いに本気を出せば、ウォルランド側が不利になるのは戦うまでもなくわかっているからだ。
言う事を聞けば、現在の防衛拠点を維持させてやる。
拠点を預かるステット将軍は、拠点維持による穀物地帯、山間部の木材、鉱物資源がウォルランド国のものとして活用できるという利点に食いつき、フランセン国側の要求を聞き入れたのだった。
そんなヌルイ戦とも言えない戦が続いていた中、初めてフランセン国側から攻撃が行われた。
兵の数は、ニーホルム公爵をはじめとする貴族家の令息・令嬢50名、それとソレに伴う使用人150人。 男女問うことなく戦場に向かうようギルベルトは命じた。
反論した者は即時処刑。
「俺に殺されるか? 敵と戦うかだ」
「なぜ、いま、これほどまで戦える者が少ない時に、そのような無体をおっしゃるのですか!」
人々が整列させられている中、ニーホルム公爵が反論を口にすれば、嘲笑うようにギルベルトは言う。
「そもそも、こんな軽微な拠点、向こうが本気で襲ってくるなら、速攻崩されているだろう。 なぜ、襲ってこない? オカシイとは思わないか? それに、本国に援軍を頼んでも、無理なのは十二分にわかったからな。 死にかけの老人や病人を兵士として差し向けてくる敵国と戦うか? そもそも最初から戦う気がないのか?」
ギルベルトの言葉は、疑念と言うよりも、確信であることは誰の目にも明らかであり、むしろ裏切り者を割り出すための行為にすら思えた。 何しろ進軍兵の中には、戦いとは無縁のダウン男爵や、裏切り者として監禁されていたヘルティを始め、罪人として捕らわれていた者達もまざっているためである。
「やけになられたのか……」
誰かがボソリと言った。
「本当に……? 殿下は御乱心されたのでは?」
「我々が戦い捉えるべきは、殿下なのでは?」
進まぬ様子、ギルベルトは見せしめとばかりに、あえて高い地位にある貴族に刃を向けた。 ぎゃぁあああああという悲鳴と、血。
「ここで、戦えぬものは敵の間者として判断し、殺す」
もう、無駄口は一言たりとも許されていない。
それでも、良かった。
問題はなかった。
全員が知っていた。高い石塀を自分達が超える事はできず。 そして敵は自分達を襲ってくることはないのだと。 のらりくらりと時間稼ぎのように石塀の前でふらふらとし始めようとすれば、大きな雷が次々と石塀に落ち始める。
神官達が長い1時間にもわたる魔法詠唱を終えて、敵拠点である高い石塀を崩したのだ。
「へっ、ぁ、その……これはどうすれば?」
目と目があうウォルランドの老兵たちと、戦う気のない貴族。 老兵たちがうわぁあああああと混乱した様子で襲いかかってきた。 それを想定していなかった貴族達は、老兵に傷を負わせられ、怒りをあらわとした。
だが、その瞬間、フランセン国側の兵士たちが次々と倒れた。 身体に力が入らなくなった。
「ぇ?」
「あぁっぁぁぁああああ、仲間の仇ぃいいいい」
「うぉおおおおおおおお」
「やれぇえええええええ」
フランセン国側の全滅は一瞬だった。
「もう少し頑張ってくれれば、銀狼共に力を貸すぐらいの役にはたってくれたものを」
支配下にあるものの力を奪う。 その力をギルベルトは敵眼前にて裏切り者の配下に使ったのだ。
「主!!」
小さなアビィが、ギルベルトの側に走りよった。 この砦の当主の所まで案内します。 銀狼の一族、そしてリシェは前日から既に敵拠点の内部におり、それぞれに定められた役目を果たしていく。
「精霊達よ」
報酬のための宴は、銀狼族と神官達とで既に終えている。 精霊達は、はりきって街の中央に深さ30m、半径100mの巨大な大穴を開いた。 そして、銀狼たちは大穴に次々と戦えそうなものを優先して捨てていった。
「2年間も向かい合っていたにも拘らず、ご挨拶は初めてですね」
血のついた軽鎧とむき身の剣を出し、ギルベルトは前線司令官に笑って見せた。
「わ、私共は、ソチラの公爵閣下に言われて……」
「別にそんなことはどうでもいい。 街のものは戦闘力を持ち合わせる者から穴に放り込ませてもらった。 そこに貴方も放り込み、油を注ぎ、火をつけてほしく無ければ、こちらの言う事を聞く事です」
「な、なんでしょうか……」
「あらゆる前提を抜きに言う」
「は、はい……」
「土地を寄越せ」
「はっ?」
「迷惑をこうむったんだよ、2年間もズラズラとお前達のせいで。 あぁ? 良い思いをしていたんだろう? オマエ達が自由に使っていた土地と同等の土地を寄越せと言っている」
「そ、それは神の前でこの戦の結果を告げ、戦争責任の話し合いを持って」
「俺は前提を抜きにしろと言っただろう? 土地を寄越せ」
相手の首に剣を当てる。
「お前の領地でいい、とにかく土地を寄越せ。 あぁ、よく状況が理解できていないようだな」
そうして敵軍の司令官を大穴の側につれていけば、中には力のある男達だけでなく、銀狼に逆らうだけの元気のある女子供も捨てられており、この砦で使われている油が穴の土壁にながされていた。
「くっさい安物の油の匂いだ。 だが、火をつけるだけだ問題はなかろう」
松明が準備されれば、
「や、ややっややや、辞めるんだ!! なんて酷い事を、この砦には兵士以外も大勢いると言うのに」
「神の定めた戦争とは、お互いの拠点を含めたものだ。 俺達がこの拠点の人間を赤ん坊にいたるまで殺しつくしたとしても、神はようやく正しい戦争を始めたとお喜びになるだろうさ」
そういいながらギルベルトは高笑いをする。
「主、ノリノリだねぇ」
アビィがリシェを見つけて寄ってきた。
「立派な悪役ぶりですわよね」
苦笑してみせた。 共にいるアリーが引き連れている部隊も、銀狼たちも悪乗り状態に入っていて、もう止まらない、止められない。
「や、辞めろ!! 我が領地、年の半分以上が氷に覆われた土地だ。 そんなもんで良ければ持っていけばいい、だが、王は、王は認めないぞ。 ウォルランドの者にどうやってみとめさせるというんだ!!」
ギルベルトは、人の好い顔でニッコリと笑って見せた。
2年間の硬直状態にあった戦場は、フランセン国の拠点に人も物資も無くなったことで終わりを告げた。 王都の人間が、総力戦を行った事を知るのは、連絡がこない事をオカシイと思い偵察を出した2カ月後であり、山沿いに降り続いた大雨は洪水を呼び土砂崩れを起こし、まともに死体確認が出来るような状態ではなかった。
そして、フランセン国は本格的に不遇の時代を迎える事となった。
ウォルランド側と言えば、豊かな土地を捨てられないと頑張る者もいたが、突如起こった異常気象を前に、大勢の死者を出しながらの撤退を行っていた。
そして2年後。
1年のうちの半分が雪と氷に覆われる領地『オールステット領』は、領主が美貌の男性を養子として迎えた事で転換期を迎えた。
雪と氷の威力には変わりはないが、その薄暗く寂しい季節は6か月から3カ月へと減少し、花と緑の期間が増え、実りも多くなった。
それでも寒さは変わらないからと、領地の地下に地下通路を作り、冬の間の寒い季節を地下で過ごせるようにと整えさせ、自らの領地の不遇を嘆くばかりだったオールステット領の民は、領主の養子となった男とその妻に、そして彼等の親しき者達に感謝した。
冬。
表の都市機能は雪と氷に閉ざされていたが、人々は元気だった。
地下は、空気穴から入ってくる空気こそ凍えそうな程に冷たいが、それでも外で暮らしていた時と比べれば、燃料も節約でき温かで、凍死する者もいない。 領主の義娘が歩いた大地は実りが多く、腹を満たすに十分なだけでなく、酒を造るほどの余剰穀物が生まれた。
「領主様は、戦場で神の子を拾われてきた」
人々はそう語る。
神官達もまた、その奇跡を持って受け入れられ、銀狼たちに至っては領地内に同族もいた事から、問題なく馴染んでいった。
領主の地下に位置する集会場、そこには銀狼の一族、神官達、そしてその土地に古くから住まいしていた者達が集まっていた。
テーブルには何時もよりも豪華な料理が並び、酒も準備されている。 皆がソワソワとしている。
「ギル様とリシェ様の子は、男の子だそうだ」
「お二人とも美人だ、さぞかし美しいこだろう」
「当り前だよ。 何しろ私の弟なんだから!! イジメたりしたら容赦しないんだからね!!」
この地に来て2日で、子供達のボスにのし上がったアビィは声を上げれば、おおぉ!と歓声があがる。
「大きな声を出すな!! 私の弟がビックリするだろう」
出産の疲労があったからと、アビィもまだリシェにすら会えていない。
ソワソワとしていれば、領主の屋敷に通じる扉が開いた。
ザワリと人々が騒めきをあげようとすれば、しーーーと周囲から声が上がる。
「今日は、我が息子の誕生を祝いお集まりいただきありがとうございます」
人好きの笑顔を浮かべギルベルトは挨拶をはじめた。
アビィは、母となったリシェをウットリと眺めており、視線があって微笑まれれば、なんとなく照れ臭く頬を染め視線を背けてしまった。 リシェがそんなアビィの様子に寂しそうにすれば、アビィがバタバタとそうじゃない違うのだとばかりに、奇妙な踊りを始める。
「挨拶を長くすると、小さな狼が耐えきれないと暴走しそうなので、挨拶はここまでにしよう。 冬の季節十分なおもてなしはできないが、我が子と、この大地の成長を願い、乾杯の挨拶とさせてもらう。 乾杯!!」
どこか声を控えた乾杯の音頭に、民もまた静かに盃を上げてクスクスと笑っていた。
穏やかな優しい音楽が奏でられ始める。
アビィをはじめとする子供達が新しい仲間に挨拶をしに来た。
だが、アビィは何時も通りだった。
子供よりも数日ぶりに出会うリシェに、飛びつかんばかりに走り寄り膝をついて手を取った。
「リシェ、リシェは、お母さんになってますます美しくなったな。 アビィは何処の女神が大地に降臨したかと思ったぞ。 ありがとう、私に弟を与えてくれて!!」
そんな感謝の挨拶にギルベルトは拳骨を落とす。
「本当、ぶれないなオマエは……」
「乱暴だぞ主よ。 アビィは主にも感謝しているんだぞ!!」
「なぜ、そうも偉そうなんだ、まぁいい……か……これからも、俺は忙しくリシェの側を離れることも増えるだろう。 リシェと子を頼んだぞ」
「任せろ!!」
リシェはただ、静かに笑っていた。
幼い時、こんな幸福が訪れるなんて考えてもいなかったと。 リシェはギルベルトに寄り添い、そっと囁く。
「私を選んでくださってありがとうございます」
それだけの利点をウォルランド国に与えても、相手側の主力兵は老人と病人が大半、指揮官が彼等を盾にして多少は戦いのようなこともあったが、戦らしい戦も無いまま2年が経過していた。
フランセン国側の防衛力が低いにもかかわらずウォルランド国が、本気で戦をしなかった理由は、お互いに本気を出せば、ウォルランド側が不利になるのは戦うまでもなくわかっているからだ。
言う事を聞けば、現在の防衛拠点を維持させてやる。
拠点を預かるステット将軍は、拠点維持による穀物地帯、山間部の木材、鉱物資源がウォルランド国のものとして活用できるという利点に食いつき、フランセン国側の要求を聞き入れたのだった。
そんなヌルイ戦とも言えない戦が続いていた中、初めてフランセン国側から攻撃が行われた。
兵の数は、ニーホルム公爵をはじめとする貴族家の令息・令嬢50名、それとソレに伴う使用人150人。 男女問うことなく戦場に向かうようギルベルトは命じた。
反論した者は即時処刑。
「俺に殺されるか? 敵と戦うかだ」
「なぜ、いま、これほどまで戦える者が少ない時に、そのような無体をおっしゃるのですか!」
人々が整列させられている中、ニーホルム公爵が反論を口にすれば、嘲笑うようにギルベルトは言う。
「そもそも、こんな軽微な拠点、向こうが本気で襲ってくるなら、速攻崩されているだろう。 なぜ、襲ってこない? オカシイとは思わないか? それに、本国に援軍を頼んでも、無理なのは十二分にわかったからな。 死にかけの老人や病人を兵士として差し向けてくる敵国と戦うか? そもそも最初から戦う気がないのか?」
ギルベルトの言葉は、疑念と言うよりも、確信であることは誰の目にも明らかであり、むしろ裏切り者を割り出すための行為にすら思えた。 何しろ進軍兵の中には、戦いとは無縁のダウン男爵や、裏切り者として監禁されていたヘルティを始め、罪人として捕らわれていた者達もまざっているためである。
「やけになられたのか……」
誰かがボソリと言った。
「本当に……? 殿下は御乱心されたのでは?」
「我々が戦い捉えるべきは、殿下なのでは?」
進まぬ様子、ギルベルトは見せしめとばかりに、あえて高い地位にある貴族に刃を向けた。 ぎゃぁあああああという悲鳴と、血。
「ここで、戦えぬものは敵の間者として判断し、殺す」
もう、無駄口は一言たりとも許されていない。
それでも、良かった。
問題はなかった。
全員が知っていた。高い石塀を自分達が超える事はできず。 そして敵は自分達を襲ってくることはないのだと。 のらりくらりと時間稼ぎのように石塀の前でふらふらとし始めようとすれば、大きな雷が次々と石塀に落ち始める。
神官達が長い1時間にもわたる魔法詠唱を終えて、敵拠点である高い石塀を崩したのだ。
「へっ、ぁ、その……これはどうすれば?」
目と目があうウォルランドの老兵たちと、戦う気のない貴族。 老兵たちがうわぁあああああと混乱した様子で襲いかかってきた。 それを想定していなかった貴族達は、老兵に傷を負わせられ、怒りをあらわとした。
だが、その瞬間、フランセン国側の兵士たちが次々と倒れた。 身体に力が入らなくなった。
「ぇ?」
「あぁっぁぁぁああああ、仲間の仇ぃいいいい」
「うぉおおおおおおおお」
「やれぇえええええええ」
フランセン国側の全滅は一瞬だった。
「もう少し頑張ってくれれば、銀狼共に力を貸すぐらいの役にはたってくれたものを」
支配下にあるものの力を奪う。 その力をギルベルトは敵眼前にて裏切り者の配下に使ったのだ。
「主!!」
小さなアビィが、ギルベルトの側に走りよった。 この砦の当主の所まで案内します。 銀狼の一族、そしてリシェは前日から既に敵拠点の内部におり、それぞれに定められた役目を果たしていく。
「精霊達よ」
報酬のための宴は、銀狼族と神官達とで既に終えている。 精霊達は、はりきって街の中央に深さ30m、半径100mの巨大な大穴を開いた。 そして、銀狼たちは大穴に次々と戦えそうなものを優先して捨てていった。
「2年間も向かい合っていたにも拘らず、ご挨拶は初めてですね」
血のついた軽鎧とむき身の剣を出し、ギルベルトは前線司令官に笑って見せた。
「わ、私共は、ソチラの公爵閣下に言われて……」
「別にそんなことはどうでもいい。 街のものは戦闘力を持ち合わせる者から穴に放り込ませてもらった。 そこに貴方も放り込み、油を注ぎ、火をつけてほしく無ければ、こちらの言う事を聞く事です」
「な、なんでしょうか……」
「あらゆる前提を抜きに言う」
「は、はい……」
「土地を寄越せ」
「はっ?」
「迷惑をこうむったんだよ、2年間もズラズラとお前達のせいで。 あぁ? 良い思いをしていたんだろう? オマエ達が自由に使っていた土地と同等の土地を寄越せと言っている」
「そ、それは神の前でこの戦の結果を告げ、戦争責任の話し合いを持って」
「俺は前提を抜きにしろと言っただろう? 土地を寄越せ」
相手の首に剣を当てる。
「お前の領地でいい、とにかく土地を寄越せ。 あぁ、よく状況が理解できていないようだな」
そうして敵軍の司令官を大穴の側につれていけば、中には力のある男達だけでなく、銀狼に逆らうだけの元気のある女子供も捨てられており、この砦で使われている油が穴の土壁にながされていた。
「くっさい安物の油の匂いだ。 だが、火をつけるだけだ問題はなかろう」
松明が準備されれば、
「や、ややっややや、辞めるんだ!! なんて酷い事を、この砦には兵士以外も大勢いると言うのに」
「神の定めた戦争とは、お互いの拠点を含めたものだ。 俺達がこの拠点の人間を赤ん坊にいたるまで殺しつくしたとしても、神はようやく正しい戦争を始めたとお喜びになるだろうさ」
そういいながらギルベルトは高笑いをする。
「主、ノリノリだねぇ」
アビィがリシェを見つけて寄ってきた。
「立派な悪役ぶりですわよね」
苦笑してみせた。 共にいるアリーが引き連れている部隊も、銀狼たちも悪乗り状態に入っていて、もう止まらない、止められない。
「や、辞めろ!! 我が領地、年の半分以上が氷に覆われた土地だ。 そんなもんで良ければ持っていけばいい、だが、王は、王は認めないぞ。 ウォルランドの者にどうやってみとめさせるというんだ!!」
ギルベルトは、人の好い顔でニッコリと笑って見せた。
2年間の硬直状態にあった戦場は、フランセン国の拠点に人も物資も無くなったことで終わりを告げた。 王都の人間が、総力戦を行った事を知るのは、連絡がこない事をオカシイと思い偵察を出した2カ月後であり、山沿いに降り続いた大雨は洪水を呼び土砂崩れを起こし、まともに死体確認が出来るような状態ではなかった。
そして、フランセン国は本格的に不遇の時代を迎える事となった。
ウォルランド側と言えば、豊かな土地を捨てられないと頑張る者もいたが、突如起こった異常気象を前に、大勢の死者を出しながらの撤退を行っていた。
そして2年後。
1年のうちの半分が雪と氷に覆われる領地『オールステット領』は、領主が美貌の男性を養子として迎えた事で転換期を迎えた。
雪と氷の威力には変わりはないが、その薄暗く寂しい季節は6か月から3カ月へと減少し、花と緑の期間が増え、実りも多くなった。
それでも寒さは変わらないからと、領地の地下に地下通路を作り、冬の間の寒い季節を地下で過ごせるようにと整えさせ、自らの領地の不遇を嘆くばかりだったオールステット領の民は、領主の養子となった男とその妻に、そして彼等の親しき者達に感謝した。
冬。
表の都市機能は雪と氷に閉ざされていたが、人々は元気だった。
地下は、空気穴から入ってくる空気こそ凍えそうな程に冷たいが、それでも外で暮らしていた時と比べれば、燃料も節約でき温かで、凍死する者もいない。 領主の義娘が歩いた大地は実りが多く、腹を満たすに十分なだけでなく、酒を造るほどの余剰穀物が生まれた。
「領主様は、戦場で神の子を拾われてきた」
人々はそう語る。
神官達もまた、その奇跡を持って受け入れられ、銀狼たちに至っては領地内に同族もいた事から、問題なく馴染んでいった。
領主の地下に位置する集会場、そこには銀狼の一族、神官達、そしてその土地に古くから住まいしていた者達が集まっていた。
テーブルには何時もよりも豪華な料理が並び、酒も準備されている。 皆がソワソワとしている。
「ギル様とリシェ様の子は、男の子だそうだ」
「お二人とも美人だ、さぞかし美しいこだろう」
「当り前だよ。 何しろ私の弟なんだから!! イジメたりしたら容赦しないんだからね!!」
この地に来て2日で、子供達のボスにのし上がったアビィは声を上げれば、おおぉ!と歓声があがる。
「大きな声を出すな!! 私の弟がビックリするだろう」
出産の疲労があったからと、アビィもまだリシェにすら会えていない。
ソワソワとしていれば、領主の屋敷に通じる扉が開いた。
ザワリと人々が騒めきをあげようとすれば、しーーーと周囲から声が上がる。
「今日は、我が息子の誕生を祝いお集まりいただきありがとうございます」
人好きの笑顔を浮かべギルベルトは挨拶をはじめた。
アビィは、母となったリシェをウットリと眺めており、視線があって微笑まれれば、なんとなく照れ臭く頬を染め視線を背けてしまった。 リシェがそんなアビィの様子に寂しそうにすれば、アビィがバタバタとそうじゃない違うのだとばかりに、奇妙な踊りを始める。
「挨拶を長くすると、小さな狼が耐えきれないと暴走しそうなので、挨拶はここまでにしよう。 冬の季節十分なおもてなしはできないが、我が子と、この大地の成長を願い、乾杯の挨拶とさせてもらう。 乾杯!!」
どこか声を控えた乾杯の音頭に、民もまた静かに盃を上げてクスクスと笑っていた。
穏やかな優しい音楽が奏でられ始める。
アビィをはじめとする子供達が新しい仲間に挨拶をしに来た。
だが、アビィは何時も通りだった。
子供よりも数日ぶりに出会うリシェに、飛びつかんばかりに走り寄り膝をついて手を取った。
「リシェ、リシェは、お母さんになってますます美しくなったな。 アビィは何処の女神が大地に降臨したかと思ったぞ。 ありがとう、私に弟を与えてくれて!!」
そんな感謝の挨拶にギルベルトは拳骨を落とす。
「本当、ぶれないなオマエは……」
「乱暴だぞ主よ。 アビィは主にも感謝しているんだぞ!!」
「なぜ、そうも偉そうなんだ、まぁいい……か……これからも、俺は忙しくリシェの側を離れることも増えるだろう。 リシェと子を頼んだぞ」
「任せろ!!」
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