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12.人の身勝手な欲求は毒のように人を狂わせる

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 ベッドの上、上半身だけ身を起こす私に手を差し出すギルベルト様。

「自分の世話は自分で見ますわ」

「そういうな俺達は夫婦だ」

 そこに微笑み等はなく、何処までも身勝手に、だけど強引な様子もなく私の手を取りその甲に口づけ、私を引きよせ、耳もとに彼は囁いた。

「何をしに来た?」

「ギルベルト様にお会いするためにです」

「それは嬉しいな。 会いたかった。 だが、なぜ……」

 ギルベルトは何故3日前に顔を出さなかったのか? そう問おうとして辞めた。 辞めれば表情を伺おうとリシェが視線を向けてくるが、それを遮るように抱きしめる。



 離縁を一方的に告げるのは違うのでは? そう考えるリシェとは逆に、ギルベルトはリシェに対して負い目を感じていた。



 実際、リシェが来て初めてギルベルトは事を動かそうと行動した訳で、それ以前は自分が受け入れられていない事も、認められていない事も、ただ利用されているだけだという事も気づかない振りをし続けていた。

 俺を大切にするからこそ、彼等は今の俺を認めない。
 俺を思うが故の反発を責めてどうすると言うのだ?

 俺が耐えればいい。
 俺が悪い。

 卑屈になっていた。
 支配と言う大きな加護を得ていながら。

 神は人の世にほぼ介入しないが、与えた加護とギフトに相応しい振る舞いを求める。 ギルベルトに求められたのは王者としての傲慢、身勝手。 神にとって人間は娯楽でありオモチャだった。 だが、ギルベルトは静かに自己を責めるだけ、そして神はギルベルトに罰をあたえる。

 臣下である者の声を気まぐれに聞かせた。
 それはギルベルトの心を犯す毒となった。

 心をすり減らしていった。

 悪意と言う毒を飲み込みつつ、それでも全てのものが自分に失望し、自分を責め、愛想をつかすのでは? と思えば、ただ怖かった。 時に側にいないからと疫病神であるリシェが悪いと、自分の心を守ることもあった。

 人々が戦を求めるなら、それを続けようと様々なものを見て見ぬふりをして、自分の中で正しいと思うものから目を背けた。



 それは、本当に支配者の振る舞いか?


 神は、近くに来たリシェの心もギルベルトに届けた。

『解決に動く事が出来ないギルベルト様は、民を思うがために苦しんでいるのでしょう。 なら私は、彼を苦しみから解放しましょう。 離縁をしましょう。 人に言われて行えば腹も立ちますが、自分の気持ちで決めたとなれば腹も立たないというものです。 ですが、その時には、私や銀狼の一族の者が、この国の者に追いやられることないよう、殺されることがないよう、手を尽くしてもらえるように上手く話しを進めなければいけません』

 その声が聞こえた時、リシェがダウン男爵に襲われ、多くのものが離縁を要求していたと言う事実を知った。 

 民を取るか?
 リシェを取るか?

 民をとってもリシェが怒る事はないだろう。 むしろ、彼女の方からソレを伝えにきたのだから。 そう思えばリシェを失うのが惜しくなった。

 いや、なぜ……自分を案じてくれる者を捨て、身勝手を押し付けてくる幾千の相手を救わなければいけないのか? トクトクと流しこまれた毒は、他者を思いやるよりも、身勝手であるようにとギルベルトをそそのかし、そして囁く、支配者たるは誰だ?と。

 ……そして、今に至る。

「会いたかった」

「それは、私もですわ。 でも、お風呂は別。 その、身体を洗っている姿を見られるのって、少しばかり間抜けではございません?」

 ぐったりとしながらも体を起こすリシェの頬は赤く染まっている。

 可愛いな。

「心配ない、俺が洗ってやるから」

「何かが違いますわ」

 拗ねるリシェの様子が可愛らしかった。 2年前からズイブンと美しくなっていた。 元の白い髪色であればもっと美しいだろう。 ギルベルトはそう思った。

「愛している」

 そう言わずにいられなかった。 2年の間、民の心を考え悩むばかりで、愛情も欲情も考える余裕などなかった。 だけどリシェ自身を見れば2年分の思いが溢れてくる。

「なら、どうして会いに来てくださいませんでしたの?」

 拗ねたように恥ずかしそうに言われた。

「珍しいな、そんなことをいうような子だったか?」

 カラカウ用に言えば、

「私の小さな騎士様が、私はもっとギルベルト様にワガママに素直になるべきだと言いますの」

「そうか……ズイブンと仲良くしているようだな」

「えぇ、とても愛らしい子だわ。 年不相応に賢くて、年相応に感情的で、銀狼の者らしく行動的。 大切な子よ」

「やけるな」

 そう言ったかと思えば、ギルベルトはリシェを押し倒し口づけた。 それは、かなり乱暴なものだった。 人のことばかりを気にかける優しいギルベルト様らしくない行為だった。

 唇を甘く噛み痛みにうめいたところで、舌を強引に捻じ込み、乱暴にリシェの舌をこすり合わせるように舐め、激しく吸い上げた。 ぬるりとした唾液が口内に流し込まれれば、それを上手く処理できないリシェは顔をしかめてうめき声を上げる。

 んっ、ふっく、ふぅ……。
 
 それでも、拒絶ではなかった。 腕はギルベルトに差し出され、彼の首を抱きしめるように巻きつく。 ギルベルトが支配の力でその身体能力を削っているにもかかわらず、リシェはギルベルトを受け入れ求めているように思えた。

 チュッと、優しい口づけへと変えた。

「悪い……風呂に入ろうか?」

 ギルベルトは泣きそうな表情を、リシェが良くしっている表情を顔に浮かべれば、離縁を考えてここに来たはずなのに、立ち上がろうとしたギルベルトの身体に腕を回して、力なく抱きしめた。

「ギルベルト様、好き、愛していますわ」

 掠れるような切ない声がギルベルトに向けられた。 ギルベルトに積み重ねられた疑念と言う名の毒は『彼女は離縁を突きつけにきたのだぞ』とギルベルトをそそのかすように脳裏で囁いていた。

「あぁ、俺も愛している。 だから、一時たりとも離れたくないんだ」

 毒の声に犯されながらも、彼は優しい笑みを浮かべリシェの額に口づけし、リシェの服を脱がせていった。 恥ずかし気に身をよじるリシェの姿が、しばらく会わない間に女性らしく成長した胸、細い腰回り、肉付きの良い尻と柔らかな太ももを見て、ギルベルトはゴクリと喉を鳴らしていた。 愛情などかなぐり捨てたかのような欲情をギルベルトは覚えた。

 心臓の鼓動が早い……。
 苦しい……。
 これを手に入れれば楽になる。

 なぜか、ギルベルトはそう確信していた。

 柔らかな胸に触れることも、色づく先端に唇を寄せることも我慢した。 それでもツバを飲む喉の動きがリシェに伝わったのでは? そう考えれば恥ずかしい。 が、だからと言って引くほどの余裕もない。

「リシェ、愛している」

 ギルベルトは自身も服を脱ぎ捨て、リシェを抱き上げて浴室へと向かった。 そこには人を迎えることを待っていましたとばかりに、湯が満たされ、甘い香りのオイルが注がれ、ぬるめであるだろう湯の上には、赤いバラの花びらが泳いでいた。

 そして、2人笑い出す。

「演出過剰ですわ」
「ソレを言うなら、部屋の拷問道具もだろう」

 笑って、ようやく顔を見合わせた2人はクスッと小さく笑う。

「すまない」

 抱き上げていたリシェをそっとギルベルトが下ろせば、リシェの身体にようやく人並みの体力が戻されており、

「意地悪ですね」

「仕方ない。 逃げられたくなかったんだ」

 ギルベルトが抱きしめようとすれば、リシェはその手を両手でとって指を絡め、はにかみながら笑い、そして瞳を閉ざし口づけを要求して見せた。

 困ったように笑いながらギルベルトは、昔と変わらないぎこちなさで口づけをし、そして顔を合わせてもう1度笑い合い身を寄せ合った。
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