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前編

08

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「は、離して!!」

 私は叫んだ。
 だけど、彼女が妊娠している事を考えれば、強引に引き離されなかった。 だって……転んで打ちどころが悪かったら? 治療すればいいと言う問題じゃない。 胎児はとても繊細なのだから。

「本当……勝手ね。 私、あなたのそう言う所、嫌いよ」

「私はジェシカと違って、偽善者ぶって自分の首を絞めるナルシストではないもの」

 アンジェは……自分の思い通りにするために嘘をつく、甘える、他力本願で、自分では決して面倒な事、苦しい事、辛い事、努力、積み重ね等をすると言う事は無かった。

 私やマーティンが就職するために必死になっている中。 彼女は、文官の職につくために教員に媚びを売り、甘え、そして……。

『あの2人は家柄がいいから……私のような庶民出身で家族のいない者なんて……誰も相手にしてくれないんだわ……。 私に……パパがいたらなぁ……』

 そう言って男性の膝の上を占領して、落ち込んで見せた成果。



 価値観が違う。
 理解できない!!
 軽蔑する。

 そう思う事ばかりだったけど、

 彼女を怖いと思ったのは初めてだった。



「あなたとは一生理解し合えないと思うわ」

 何時だって馬鹿な事を言って、馬鹿な事をしていた。 だからって……自分の赤ん坊に対してそんな酷い事を言うなんて思いもしなかった。

「人と人が理解できる。 マジでそんな事を考えていたの? あんた本当馬鹿ね!! 学生時代も今もあんなに嫌われて馬鹿にされている癖にさぁ。 いい加減、その不幸自慢な生活改めれば? 学生時代は勉強と研究に明け暮れて、今は仕事、仕事。 そんな潤いも楽しみもない人生なんてさぁ、生きている意味なんてあるの? もっと楽しまないと。 ねっ?」

 私達がいたのは、家と家の間の狭い通路。 周囲の家の裏口兼物置となっている場所で、アンジェを押し退けるしか逃げ道は無かった。

 アンジェが逃げようとする私に近寄れば、私は壁際に追いやられる。 腕に絡みつく手と腕、寄せられる柔らかな身体、甘い匂いは……頭がぐらぐらとする。

「あなた、もしかして、薬に手を出しているの?」

「はっ、こんな世の中、薬でも無ければやっていけないわよ!! まぁ、一応妊娠しているから軽いものにはしてますけどね。 だって!! 私はねぇ常にハッピーで居たいの!! でないと生きている意味がないもの」

「少しは、赤ん坊の事を考えなさい!!」

「考えているって!! でも、ほら、私って妊婦初心者だし? だから、ソレはあんたが何とかしてって言っているでしょう? 私が赤ん坊のために我慢してストレスためたら本末転倒。 赤ん坊が気になるならあんたが何とかしなさいよ」

「侯爵家の唯一の子だから大切にって言っていたのはあなたでしょう!! 本当に侯爵家の跡取りにしたいなら、せめて……丈夫な子を産めるように我慢しなさいよ!!」

「なんで、私が侯爵家のために我慢しなきゃいけないのよ……。 私は、この子がどんな子でも愛しているわ。 そう、私の願いを聞いてくれる大切な子なんだから……」

「自分で何を言っているのか分かっているの? 支離滅裂よ。 伝えたい事があるなら、もっとちゃんと話し合うべきでしょう!!」

「話し合いから逃げたのは、あんたでしょうジェシカ!!」

「わかったわ……マーティンを交えて話をしましょう……」

「嫌。 男なんかに私の気持ちが分かる訳ないのよ!!」

「だけど!! その子はマーティンの子なのでしょう!! キッチリと話し合うべきよ」

「はぁ……本当にうるさいわね。 わかったわ……話し合えばいいんでしょう。 ちょっと待っていて、先輩に先に帰ってもらえるように話をつけてくるから」

「……別に今で無くても。 あなたは赤ん坊のために、身体を温めて休むべきよ。 あと、胎児に異常がないか診察してもらいなさい」

 もう……私は、この話の当事者になりたくはなかった。
 アンジェとは二度と話をしたく等無かった。

 どんな形であれ、アンジェとマーティンが責任を取るべきなのだと、だからこそ2人に今後の話をつけさせ、そして……侯爵家に報告するべきなのだから……。

 2人が何と言おうと、侯爵家に義父様に報告する意思を固めていた。

 だけど……。

「わかったわ……でも、ジェシカ、あんた……1人でここから帰れるわけ?」

「……」

「あはっはははは、相変わらずねぇ~。 私、あんたのそんなところ結構好きだったよ。 待ってなさい、先輩に先に帰ってくれるように伝えに戻りましょう」

 残念ながら……一人で帰れる気がしなかった。 そして、酒や薬に溺れる人達の喧噪、焦燥、退廃的な雰囲気を見れば、人の道をたずねながら戻ると言う事もはばかられる。

 それ以前に、アンジェが腕をガッシリと組んで、それこそ鈍器で殴りつけなければ離れはしないだろう。

「せんぱ~い。 彼女の事知ってます? 私の友人のジェシカ・ブライト。 治療院のエース候補なんですけどぉ。 彼女、こういうところが初めてだって言うの。 で、色々と教えてあげたくってぇ~」

「ちょ、帰り道を教えてって言っているだけでしょう」

「えぇ、だから教えるわよ。 私、おかしな事を言ったかしら?」

 ……こういうところが初めて。
 色々と教えてあげたい。

「もう少し、言葉の選び方を考えなさい。 誤解で敵を作るわよ」

「あぁ、そうね……あんたは昔から、敵を作らないように必死だったわよね。 敵なんて……どんな生き方をしていても出来るものよ。 例え、あんたのような良い子ちゃんでもねぇ~。 だから敵を作らないなんて良いこちゃんぶるのは止めなさいよ。 正面から叩き潰して黙らせればいいのよ」

「あなたが、パパ達を使って黙らせるように?」

「そうそう、ジェシカには頼りになるパパは居なくても、侯爵家と言う後ろ盾があるんだから」

「なら、一番に潰すのは、アンジェ、あなただわ。 自覚があるのかしら?」

「ふっ、あんたには仕返しなんて出来ないわ。 ずっと、側にいて見て来たもの……。 あなたには無理よ。 私を追い詰め、追い落とすなんて。 本当、良い子ちゃんて大変」

 むかつく……。

 ボソリと言った言葉が……雑踏に消え、聞き取れなかった。

 でも、アンジェの事だ。 どうせ、私を悪く言っているだけだろうと聞き返すのは止めた。

「さて……。 そんなボロボロの服を着ていてはね。 服を買って、それにあう靴も、ソレに髪をセットして、目の下のクマもなんとかしないとね」

「はっ? 何を言っているのよ」

「あなたこそ何を考えているのよ。 マーティンが帰ってきているんでしょう? 延期された初夜を迎えるのに、そんなボロボロの疲れ切った使用人みたいな恰好。 勃つものも勃たないわよ」

 唖然とした……。

「マーティンは、そんなことまであなたに話しているの?」

「うふふふふ。 ねぇ、見て見て、この下着凄く可愛くない? お揃いで買いましょうよ。 お金持って来ているんでしょう? 無くても職場が安定しているし、名刺を出せばツケにしておいてくれるよう頼んであげるからさ」

「ちょっと、勝手な事を言わないでよ」

「文句があるなら、マーティンに請求しなさい。 嫌って言わないわよ。 そうね、それがいいわ。 マーティンの支払いにして、色々と買いに行きましょう!!」
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