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前編

01

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 王立ブランチャード学園の卒業式。

 風が舞い、花びらが散る向こうに、自分とは無縁な艶やかな人達を見ていた。

 学園は貴族令嬢が出会いを求める場だった。
 だけど、私は宮廷治療師を目指して必死に学んだ。

 両親は、夫となるべき相手を見つける事を望んでいたようだけれど、そんな不確かなものに未来を託す事等考えられなかったから。

「どうしてアナタと言う子は!!」

 卒業を果たした令息・令嬢の親達が、学園生活で得た恋人とその親を紹介しあっている中で、紹介すべき恋人も無くすたすたと帰ろうとする私に両親は不満をぶつけていた。

「あなたは学園での8年間、いったい何をしていたの!!」
「私達がどんな思いでお前の学費のために税を支払ったと思っているのか分かっているのか!!」
「なんてつまらない子なのかしら?!」

「恥ずかしいから大声を出すのは止めて頂けませんか?」

 やんわりと笑顔でたしなめれば、

「そうやってアナタは親の事を何時だって馬鹿にして!!」
「オマエと言う奴は……幻滅した。 屋敷に戻る事は許さん!!」

 卒業祝いのパーティの中で叫ぶ両親は自然と周囲の注目を浴びていた。 そんな私に救いの手……となるのだろうか? 声をかけてきた人がいた。

「ジェシカ……少し時間をいいだろうか?」

「どうかなさいました?」

 声をかけて来たのはマーティン・ブラント。
 侯爵家の次男坊。

 男性の声に、何処か期待した様子の両親が振り返り、そしてガックリし、私を睨みつける。

 ヒッソリと私は苦笑いを浮かべる。

 マーティンのすぐ側には小動物を思わせる小柄で愛らしい女性が共に居たから。

 学園を出会いの場として割り切っている者が多い中で、マーティンは騎士を目指してストイックに鍛錬を続けていた。 そしてマーティンの側にいる女性アンジェ・ボマーは、私やマーティンと同じように将来のために勉強を続け、文官見習いとして王宮勤めを決めた女性である。

 真面目に学業を修める者が少ない中で、この2人とは共に過ごす時間は多かった。 特に騎士を目指していたマーティンとは、治療師見習い・騎士見習いとして遠征に共に出た事もある。

「お二人とも、ご卒業おめでとうございます。 2人がいたおかげで8年間、孤独になる事無く学園生活を送る事ができましたわ。 ありがとうございます。 これからはソレゾレの道を歩む事となりますが、影ながら今後の活躍をお祈りしておりますわ」

 ニッコリと私は微笑んで見せれば、チラチラとふたりは視線を交わしあい、アンジェはガッツポーズをし、そしてマーティンの背を叩いて一歩前進を促した。

「頑張って!!」

「あぁ、ありがとう。 その……ジェシカ!! 私は君を愛していたんだ。 このまま何も無かったかのように別れる事なんて出来ない。 私との結婚を考えて欲しい」

 アナタは、アンジェと恋人だったのではありませんか?

 訝しげに相手を見る私の態度に間違いはないだろう。 だけれど、その問いは許されなかった。 両親が歓喜に声を大にし叫んだから。

「うぉおおおおお、やったな!! ジェシカ!!」

「あぁ、そう、コレよコレ。 コレこそが学園の醍醐味!!」

 戸惑う私とは別に、両親は嬉々として私を褒め讃えた。

「やるじゃないかジェシカ!!」

 信じられない。
 2人で私をたばかっているのでは?

 周囲の視線もまさかあり得ないと語っている。

 マーティンは学園内でも家柄、顔立ち、そして将来性から人気が高かった。 ただ、いつだってアンジェが張り付いているから、女性が近寄る隙が無かっただけ。 

 だからこそ、マーティンの告白には大勢の視線を集めていた。

 ……嫉妬に混じった視線。
 この歪な状態を訝しむ視線。
 修羅場を求め楽しむ視線。

 正直、周囲の様子は余り気分の良いものではなかった。

 だけど……まぁ、何時だって周囲の視線はあんな感じだったわねぇ……と、目の前のマーティンではなく見世物よろしくコチラを見てくる視線を眺めていた。 薄情と思われるかもしれないけれど、私にはコレは何かの罰ゲームなのだろうか? としか思えなかったのだ。

 私の視線に気づいた人達は、顔を引きつらせながら祝福の言葉を述べて来た。

「おめでとう!」
「オメデトウございます」

 日頃、見下していた視線、嘲り笑っていた表情が強張っていた。
 それだけ侯爵家の威光は強いと言う事なのだろう。





『お友達が居ないなんて羨ましいわ、とても勉強がはかどるでしょう?』
『お茶会をするだけの財力もないアナタには、研究は良い言い訳になるでしょうね』
『俺が尽くさせてやるって言っているんだ、俺の課題をお前に預けよう』

 課題用のプリントにヒッソリと腹痛用のデバフ術式を描いていたのは内緒である。

 学園生活での思い出は、勉強と研究以外は悪意に晒される日々だった。 そんな中、マーティンは、私が孤立しないよう声をかけてくれていた。

『綺麗な髪だ。 秘訣は?』
『秘密』
『謎の多い女性は素敵だ』
『今度の実習、一緒だと嬉しいんだが、ジェシカはどうした?』

 甘い言葉と表情で語れれば、決して悪い気分ではなかった。
 反面、無表情で見つめてくるアンジェの視線が痛かった。

 だから、学業に関わらないものも断るようにしていた。

『マーティンが折角誘っているのに、薄情な人ね』
『アンジェその言い方は良く無い。 アンジェと私の関係は兄妹のようなものなんだ。 余計な気遣いは無用だよ』
『ジェシカ、あなた自意識過剰なんじゃない?』

 そう言われれば断るのは、逆に恥ずかしい事のように思え、何かと2人と共にするようになっていた。





「マーティン……私たち、結婚を語り合うほど……お互いを知らないと思うの」

 私は困惑しながらも、マーティンの真剣な表情に心が揺れ動いていた。 そして……両親が何を言い出すんだ!! このバカ娘と背後でギャーギャーやっている。

「でも、ジェシカ。 私はずっと君を見ていたんだ。 君の努力や頑張りをずっと応援していたんだよ。 だから、君と一緒に未来を歩んでいきたいと望んだんだ。 私と結婚して共に未来を歩んで欲しい」

 マーティンの声には確かな決意が込められていた。

 私は言葉に詰まり、驚きと感動が入り混じった気持ちでマーティンを見つめた。両親も驚いた様子で私を見つめている。

「でも、突然結婚の話をされても……」

 私の声は震えていた。

 マーティンは優しく微笑みながら私の手を取り、さらに続けた。

「そうだね……だけど、このままでは私達は別の道を歩むことになる。 今までのように側にいる事は出来ないだけでなく、私が王都に無い間に君が素敵な男性と出会う事だって……私はソレを考えると耐えられないんだ。 本当は、もっと時間をかけるべきだったんだろうけど……焦った私を許して欲しい。 君は私の事が嫌いかい?」

「決してそう言う訳ではないわ。 ただ……この出来事が信じられないだけ」

「これから信じてもらえるようにする。 だからその機会を私に与えて欲しい。 頑張っていた事を知っている私だからこそ王立治療院で働く君を支えることも出来ると思うんだ」

 私は心の中で葛藤したが、最終的にはマーティンの言葉に心を打たれ決断を下した。

「わかりました。 これからもお互いを支え合い、理解を深め、そして……一緒の未来を歩いて行きましょう。」

 その言葉を聞いたマーティンは、喜びに満ちた笑顔を浮かべた。両親も驚きつつも、喜びを隠せない表情を浮かべていた。

 卒業式の日、私の人生に思いもよらない展開が待っていた。マーティンとの結婚を決めた私は、新たな一歩を踏み出す準備を始めた。王立治療院での新たな仕事、そして結婚生活。未知の世界に胸を躍らせた。
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