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27.国王陛下が定めた期日と『諦め』の意味

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 ゼルがリエルの存在を見失うのは初めてではない。

 ゼルは、リエルが幼い頃から惹かれていた。
 自分にとって価値ある存在だと知っていた。

 だけど執着には、至ってなかった。

 にもかかわらず、リエルを手に入れると決めるまで、ゼルは常に不安定でイラつき、時に無意味な戦争を起こす事すらあった。



 それぐらいどうだと言うのだ。
 あれこそが正しき日々だったのだ。



 白銀色の毛並みを持つ狼女アヒドは、ゼルの神力を受け始めて生き残った人間で、その付き合いは10年を超えている。 アヒドは、王宮に仕えた少女騎士であり、幼いゼルの護衛を引き受けた事で神力に汚染され獣に落ちた。

 それは、幼いゼルに罪悪感を植え付けたとアヒドは考えている。 だから、王族でありながら、神の寵児でありながら、ゼルは自分を特別として扱ってくれた。 人としての器は失ったが、只人以上のものを与えてくれるゼルがいた。 それはアヒドの心を幸福で満たした。

 アヒドはゼルの理解者として彼を支えた。 ゼルが大人になってからは、補佐役として、癒しとして、パートナーとして長くゼルを支え仕えていた。

 ゼルの横で共に眠るのは、アヒドの役目だった。 ゼルが触れるのも、口づけを許すのもアヒドだけだった。

 特別だった自分の立場は奪われたと、アヒドはそう考えた。 彼女……白銀の狼女アヒドは、リエルさえいなくなれば、ゼルの1番に戻れる。 そう考えたのだ。

 特別だった!
 特別だった!
 特別だった!

 それなのに!!

 ゼルとアヒドのプライベートの関係と言えば、ただ静かにそこにあると言うだけで、甘い関係ではなかったが、ゼルにとっては普通であることが既に特別な存在。 そう、アヒドは理解していた。

 ゼルに問うたことは無かったが。
 だが、アヒドには分かっていたのだ。

 どんなに血の流れた戦場でも、2人が寄り添えば穏やかな時間を過ごす事ができた。 それほど私達は特別な存在だった。

 だが、今は違う。

 ゼルはアヒドを『役立たず』とでも言うように冷ややかな瞳で見下す。

 甘んじて受けましょう。

 リエル捜索開始日、アヒドはリエルの匂いを追えないといった。 当然だ。 ゼルに褒めて欲しいためだけに、追ってしまえば全てが無駄になる。

 捜索翌日には、やる気のない使徒達にゼルは問いかける事を辞めた。
 捜索3日目は、期待するのを辞めたように見えた。
 捜索4日目は、国内に広く目撃情報を求め、賞金までかけた。

 何時もであれば、使徒と自らを名付けた者達は、ゼルが欲する情報を誰よりも早く、正しく、もたらしていた。 ソレが全く機能していない事は、ゼルにとって大きな不安となった。

 リエルは見つからないのでは? ゼルの心に微かによぎった不安。

「ゼル様、使徒達が情報を集められないと言うことは、既にもう死んでいらっしゃるのではないでしょうか?」

 そうささやいたアヒドの首を、ゼルは締め上げる。

「おやめください……」

 今のゼルは、力を消耗しつくしており、ソレはアヒドを傷つけるに至らない。

 ゼルは、探して探して探した。 地位を使い、権力を使い、人脈を使い、金を使い、力を使い。 ゼルが使える者はすべて使った。 神力が枯れ果てたのは初めてのことだった。

「うるさい!! うるさい!! うるさい!! この無能が!! 顔を見せるな!」

 今のゼルにはアヒドを投げ捨てる力もなかった。

 ゼルは苛立ちと共に歩きだせば、アヒドはゼルの後に続く。 ゼルがどれほど彼女を不要と訴えようとも。 ゼルの側から離れることはなかった。



 国王陛下の執務室。



 ゼルの向かう先を知れば、アヒドは扉の前に立ちふさがる。

「主! 期日までまだ時間はあります!!」

 アヒドは、リエルを運んでいる者達からの途中報告を受けてはいない。 連絡を取れば、どこで怪しまれるか分からないから。 様々な場所で部下を攪乱のために使っているが、王が動けばソレが通用するかは分からないという不安をアヒドは抱いていた。

 王は常にアヒドに余裕を見せていた。
 嫌味たらしく、すべてを見透かしたように笑っていた。

 国を救うとされる少女を失おうとしているのにだ!!

 王の介入は危険だとアヒドは考える。 せめて他国へと捨てるまでは介入を防がなければ。 他国まで運んでしまえば、その国の王があの娘を保護し抱え込み、この国に戻すことはないだろう。

「あの子が今どんな扱いを受けているか……。 苦しんでいるかもしれない。 悲しんでいるかもしれない。 寂しがっているかもしれない。 助けを求め泣いているかもしれない。  なのに、私は見つけることもできないのですよ!!」

 子供のように顔をゆがめ泣きそうになっているのを見れば、アヒドはゼルを止める手を緩めてしまった。



 ゼルはノックもせずに扉を開ければ、国王ヒューバート・ロス・オルグレンは、嫌味っぽく笑った。

「どうした? もう音を上げたのか?」

 ゼルは嫌味に応じず、ただ頭を下げた。

「兄さん!! お願いします。 リエルを探してください」

「期日前だと言うのに諦めたか?」

「違います!! 私では、見つけられないんです。 情報を集める事ができないのです。 こうしている間にも、リエルがどんな目にあっているか……」

 強く拳を握り、苦悶の表情を浮かべるゼル。

「酷い奴だ」

 国王陛下が、小さく呟き馬鹿にするように笑った。

 国王が、10日という期日を与えた相手は、ゼルではなくアヒドに対してだった。 10日の間にリエルを戻せば、全ては不問としてやろう。 と、遠まわしではあるが、これまで王家にゼルに尽くしてくれた感謝として猶予を与えたのだ。

 なのに、ゼルは国王の意図にも気付かず、切羽詰まった様子でやってきた。 だから国王は笑ったのだ。

「愚かな奴だ」

 それはゼルへの言葉であり、アヒドに対する言葉。 犯人が誰かなど難しくもないのに、2人は茶番を踊り続けていたのだ。

「ゼルよ。 ソレは俺に対する頼みか? 願いか?」

 デスクの上で両手を組み、作業的に陛下はゼルに問う。

「お願い、します!!」

 深く頭を下げれば、陛下は笑う。

「なら、そこの犬ころをココで抱いて見ろ」

「ぇ?」

「なぜ、そんなことを……」

 意味が分からないと、ゼルは茫然と呟いた。

「神力の尽きた今のオマエなら、相手に危害を与えることなく抱けるはずだ」

「何を、おっしゃっているのですか……」

 なぜ、こんなことをいうのか、アヒドもゼルも、国王陛下の思惑など理解できなかった。 気まぐれにしても、理屈に合わない。 今、ソレを望む理由もない。

 だけど……アヒドの心は浮き立った。

「私は、構いません。 陛下がそれで主の願いをかなえてくれるなら。 私は、身を任せましょう」

「陛下、事情をお話ください。 なぜ、そのようなことをおっしゃるのですか?!」

 ゼルが、混乱に呟いた。

「俺が、命じている」

 答えをもらえないと言う答えに、ゼルは考える。

 陛下が、異母兄が自分にならないことをしたことは無い。 その意味は? 考えても考えてもわからなかった。 だから、心のままに拒絶した。

「無理です。 私にはアヒドを抱けません」

「なぜだ、本人は良いと言っているのに」

「では、陛下は……アナタが大切にしている愛馬と交尾できると言うのですか? 人のように愛することが出来ると言うのですか!」

 陛下はニヤリと笑った。

「できんな……」

 そう言って、笑う国王陛下は、嫌味たらしくアヒドを見下す。

 アヒドは獣の顔でありながらも、絶望を浮かべているのが分かった。

 そんなアヒドに国王の瞳が、口元が、表情が告げる。

オマエアヒドは間違っていたんだ。
 オマエの席は最初からなかった。
 全ては、オマエが悪い。
 オマエの傲りが招いた。
 オマエの責任だ」

 国王陛下はアヒドに告げる。

 そして、国王陛下の一方的な言葉と、アヒドの表情からゼルは察した。

「なぜだ!! 今、リエルがどんな思いをしているのか! リエルは、リエルは、私のリエルを返せ!!」

 ゼルがアヒドを掴みかかろうとすれば、アヒドはヒラリとかわす。 獣の姿へと変身し扉へと向かい移動する。

「幻滅しましたよ。 貴方がそんな人だったなんて。 貴方にとっての使徒がどういうものか理解しました。 アナタの言葉が、小娘を殺したんだ!! ひゃぁああはっはははははっははは」

 アヒドは泣き笑い去って行く。



「さて……リエルを取り戻そうか」

 わずかな間も置かず、国王陛下は席を立った。

「陛下!! どちらに!」

「神に問う」

 向かうのは王族のみが入れる地下神殿。

「贄が……」

 ゼルは途中で言葉を止めた。

 国王陛下は『諦めろ』そう告げた。 ゼルは『諦める』のは、リエルのことだと思っていた。 なぜなら、ゼルは自らを『ゼルの使徒』と呼ぶ獣オチたちが、自分を裏切るなど考えた事がなかったから、信用していたから。

 人以上であることを望む彼等を、ペットと同等に扱っていたと言う大きな齟齬はあったが、ゼルが彼等に向ける信用には偽りはなかった。

 ゼルは問う。

「彼等を、贄に使うのですか」

 その問いかけに、国王陛下を止めようと言う意思はない。

「あぁ、急がなければ、リエルが殺されかねないからな……」


 そして2人は城の地下深くに存在する古い神殿へと向かった。
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