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07.彼は愛と言う罪を犯し、罰すら愛した(☆グロ表現あり)

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 流れる血に悲鳴が上がった。

「血は流さないと言ったのにどういうことよ!!」

 アルマは果敢にもオルグレン王に食いついた。 オルグレン王が神の加護を持つと言う話は聞かない。 神の寵児である死神がいなくなったなら、芸能神とは言え神の寵児である自分の方が立場は上だと反射的に考えた。

 ただ、少しでも考えようとすれば分かっただろう。

 カインを傷つけたのが、オルグレン王だったということを。 だが、食って掛かられてもオルグレン王は愚かな娘を相手にすることは無く軽く流す。

「血を流さないと言ったのは、俺ではない将軍の方だ。 それに……傷もなければ、血も流れていない、衝撃はあっただろうが痛みもないだろう」

 ふふんと、馬鹿にするように鼻をならす。

 傷を負ったのは、神の加護、神の力を受け取る受信機となる神の印。 肉には傷はない。 痛みもない。 血のように見えたのは、零れ落ちた神の力。

 カインは、この瞬間から力を失っており、彼の信望者は既にいない。 彼は彼の行動を正当に評価されるようになるだろう。 ソレがカインを殺すより、傷つけるより、将来にかけてより長く大きな傷となる。

 そして……正しく国を動かすよう努力できたなら、国は救われるだろう事を、オルグレン王は経験として知っている。

 笑う聖女は、次の瞬間には真顔になっていた。

「クソガキが……」





 レギーナ国王太子カインは、自らの身に起こった事実に気づくことなく、周囲の視線にプレッシャーを感じつつも、美しい贈り物から視線を外すことができなかった。

 冷たい汗が流れた。
 体が震えた。
 心が凍えた。
 胃の中が熱くなる。
 胃酸が喉を遡る。

「うぐぅふ」

 胃の中の全てを、カインはぶちまけた。

「我が国最高の錬金術師によって作られた芸術。 どうですかな?」

「なぜ、こんな……」

「罪を償うのは己自身だと言っただろ?」



 カインへの贈り物に、人々の反応はそれぞれだ。 カインのように吐き気を覚え逃げるものもいれば、その美しさに目を奪われる者もいた。

 贈り物は人の形をしていた。
 美しい裸婦像のように見えるソレは、生きて脈打っていた。

 艶やかな長い黒髪は、蝋のように美しい白い肌を流れ波打ち彩る。
 クロユリのような瞳は、ゆっくりと眠たげに動き涙を流す。
 赤く煽情的な唇は、愛の言葉と、子守歌を紡ぐ。

 美しい彫刻が施された大理石の椅子に座らせられている美しい女性。 その女性は、3か月にわたって毎夜、カインがその腕に抱いた女性だった。

 愛神の寵児として生を受けた彼は、交わった相手との愛の営みを忘れない。 その手に滑り落ちるもの全てが彼のものだった。 口づけを与える者全てが彼の恋人だ。 愛おしい人だ。 今は、そんな女性との愛の記憶の全てが、カインから砂のようにすり抜けていこうとしていたが、そんな中でも彼女モイラだけは特別で、絶対に忘れる事の無い相手。

 美しいだけでない。
 優しいだけでない。
 賢いだけではない。

 触れる肌が唇が、体温が、全てが自分にとって特別に感じた。 神の寵児でもない只人であるにもかかわらず。

「あぁああ、ああぁああ」

 胃の中の物を吐き出し、カインは女性にすがった。
 炎の灯った蝋のような肌は暖かかった。
 触れれば静かに、カインを見たような気がした。

 だが、彼女は動かない。

 たとえ、甘い声が、吐息に残されていても、
 豊かな胸が上下しようと、
 子を思い、その乳首から乳がこぼれ出ようと、

 彼女は動かない。

 椅子に座った女性は、大きなお腹を愛おし気に抱いていた。

 お腹の部分は綺麗に切り抜かれ、ガラスのような水槽がはめ込まれ赤い液体が流し込まれており、巨大なルビーのように見える。 そして、そこには1人の赤ん坊が揺らめいていた。 レギーナ特有の金色の髪をし、父であるカインが持っていた美と愛の女神の印を身に宿した子がガラスの水槽の中で揺らめいている。

「どうして、こんな!!」

 カインの言葉は続かなかった。

 美しい。

 恐怖も、悲しみも乗り越え、美しいと思ってしまったから。



 カインは、口元の微笑みを隠しながら、悲しみに叫び声を上げ、涙を流していた。





 僕は、あの時間を後悔していない。

 レギーナ国、王太子殿下カインは思い出す。



 違う、後悔しないのではなく、仕方がなかった。

 仕方がなかった。
 そう、仕方がなかった。
 愛したのだから仕方がなかった。

 モイラは僕の持つ神の力に溺れることなく、僕を愛してくれた。

 カインは、自身の背に多くの視線を感じていた。
 感じながら言い訳を、心の中で繰り返していた。

 助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ。





 この世界は空白期を前に、終わる事の無い戦乱の日々をオルグレン国の死神によって幕を引いた。 そして、世界中の王、王子、それに準ずるものをあつめ、和平会議と呼ばれる場が開かれた。

 世界中の者が集まる和平会議では人々は言論によって交渉し、弱ければ奪い奪われた。 それは肉と血の戦いと何ら変わりがない。 各国の猛者が集まり、自国のために人々は戦っていた。

 そんな中、ただ愛情だけを与えられ育てられたカインに何ができただろうか? 王の地位につくものであれば、神の寵児が周囲へと影響を与える精神汚染への対策がなされているものである。

 カインは、ひきつった笑いで会議に参加していた。
 毎日、毎日、毎日、王太子の務めと我慢した。
 何も言えず、誰にも必要とされず、孤独だった。

「嫌だ、もう嫌だ!! こんな場所にいて何になると言うんだ!!」

 そもそも、カインにはレギーナのことなど何もわかっていなかった。 問われても笑って誤魔化すしかできなかった。 笑って誤魔化し逃げ去っても、誰もカインをバカにしなかったのは、誰も彼を相手にしていなかったから。

「なぜ、僕なんだ!! 僕がここにいて何の意味があると言うんだ!!」

 なぜカインが会議にいたのか?

 レギーナ国はすでに空白期を迎えているにもかかわらず、リエルの存在によって救われていた。 会議に出席する必要などなかったが、殆どの国が出席する以上、無視することもできなかった。

 ただ、ソレだけである。

 カインは、毎日、毎日、理解できない会議に出席し孤独に耐えた。

 問われるのは、何故レギーナは無事なのか? レギーナは空白期であるにもかかわらず、豊かになっているのか?

 知らない、知らない、知らない、知らない!! カインは問われて追われて追い詰められた。 そんな哀れなカインに手を差し伸べたのはモイラだった。

「神の美貌とは、これほどなのですね。 神の愛とはどれほどの力なのでしょう? アナタの愛を味わってみたいわ。 可愛い、可愛い人、あぁ、素敵……怯えるアナタが、苦痛に歪むアナタが、可愛いわ。 私が守ってあげましょうか?」

 ハスキーな女性の声は、凛として美しかった。
 長く滑らかな黒い髪が、月の光に輝き銀色に見えた。

「きっと……アナタに出会うのを待っていたんです」

 カインは考えるよりも語っていた。
 その瞬間に、手と手を取り合った。
 引き寄せ、唇をふれあい、熱く深く求め合う。

 肉欲に落ちるまで時間は必要なかった。

 それは神の強制ではなく、カインもモイラも己の意思で惹かれあった。

 だからこそ、カインはモイラに自らの子供を身ごもらせることができた。

 どこまでも2人は、愛し合った。

 それは替えようのない事実だと、2人とも認めるだろう。
 3か月、限りある時間だからこそ、奪うように求め合った。

 モイラは2人逃げる日を夢見て、オルグレン国の王と将軍の秘密を売り払い金とした。 そんなことをしてタダで済むはずも無いと言うのに……。
 


 そんなモイラによって、カインの孤独は救われ、



 そして……堕とされた。
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