私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人

文字の大きさ
上 下
14 / 21

14.大げさすぎるアピールだと思っていたけれど……

しおりを挟む
 父への警告を残し馬車へと戻れば、そこには私の兄である『アトリ』が待っていた。

「王女殿下がお戻りとは本当か?」

 兄はバラデュール伯爵に詰め寄る。

 挨拶や、妹の安否よりもそっちですか!! そんな思いもありましたが、公爵夫人が「しー」と人差し指を立てながら私を公爵夫人の馬車へと誘導してきた。

「何か重要なお話があるのでしょう。 大人しく2人の話が終わるのを待つのも淑女としてのたしなみですよ」

 公爵夫人が私を穏やかにたしなめる。

「はい……」

 私が静かに頷けば、公爵夫人は静かに笑う。

「ごめんなさいね」

 公爵夫人が突然の言葉に驚き、私は訳の分からぬままに首を横に振りながら。

「いいえ、公爵夫人が謝る事では」

 そう告げたのだが、公爵夫人の中では兄のことは既に過去になっており、

「これからお食事に向かうでしょう? その余り美味しくはないお店ですけど、がっかりしないでね? ソレもコレもあの子がアナタのためを思ってのことなの。 口が悪いし、態度も悪いけれど、アナタの不利益になるようなことはしないわ」

 と、公爵夫人は語りだし、その語りはドンドンと甥自慢へと発展していく。 私は、伯爵と兄の話し合いが終わるまで周辺をグルグルと周回しながら、延々とバラデュール伯爵凄い話を聞かされ続けたのだった。



 やがて伯爵と兄の話も終え、兄を下ろした伯爵は私達と合流し食事に向かうために、馬車を走らせた。

「兄は、どうしてあのように切羽詰まっていたのですか?」

 父母、親族はオラール伯爵家との縁組を喜んでいたけれど、兄だけは違っていたのを思い出す。

「昔、ミモザ様に、振り回されていたんだ。 内容は言い出すときりがないが……そうだなぁ……オマエの婚姻道具をすべて奪っていったのと感覚的には似ているな。 ミモザ様は自身に宣伝効果があるとお思いになっているが、実際には違うと言うことだよ」

 苦笑交じりにバラデュール伯爵は答えた。



 こういう事らしい。

 ミモザ様は

『人々は私に憧れるから、私のマネをしたがる』

 そう考えているが、誰もがミモザ様と同じものを持ち、同じものを食べ、同じものを着るなど出来るはずがない。 ドレスであればミモザ様風に寄せることで価格を抑え令嬢達が購入することもできるが、実際のところミモザ様ブームは架空のものだったそうだ。

「考えてみるといい。 ミモザ様の人気が流行を作ると言うなら、妖精工房などの独自路線を行く工房は路線変更か閉鎖へと追いやられただろう。 だが、妖精工房は過去も今も人気ブランドの1つだ。 では、逆にミモザ様の人気を利用した工房はどうだ?」

 職人達の集まりで語られる過去の流行には、ミモザ様が着たとされるドレスが話にのぼることはなく、そして彼女の専属と言われた工房は他のブランドに吸収されなくなってしまっている。

「ようするにだ……ミモザ様のご機嫌をとるために、他の貴族達も苦労をしていたと言う訳だ。 何しろズイブンと癇癪の多い人だったからな。 嘘をつき貶める、暴力も振るう。 親である国王夫婦は分かってはいなかっただろうが……、彼女の婚姻は体裁の良い追放だったんだ」

 バラデュール伯爵の発言にトゥルネン公爵夫人が苦笑した。

 ミモザ様に関わる者達は大きく2つに分かれる。

 1つは、付き従う事で美味しい思いをした者。
 1つは、搾取され人生が狂わされた者。

 人生を狂わされるのは、大抵は貴族の記憶にも残らない下々の者達だったそうだ。

「でも、家が大損をしたと言う話は聞いたことがありませんよ? もし、そういう経験があれば幾ら父であっても、潔く損失を諦めるでしょうし」

「当時、被害にあっていたのは商売ではなく、オマエの兄のアトリ自身だったからだ」

 今でこそオッサンになった兄だけれど、昔は父顔負けの美少年だったらしい。 いや、父が美少年と言うのが自分で言っていてもオカシイとは思うのですが、ミモザ様は当時、自らの力を誇示するために、好みの美少年を傍らに置き従えたのだと言う。

「それで兄は?」

「あぁ、ドナ殿の出方次第では、店の品々まで搾り取られる事となるだろうから、信用できる人間に新しい店を出店させ事業を今のうちに移行させたいと言う話だった。 ドナ殿が私的財産の範囲で下手をするのは勝手だが、従業員や下請けの生活を脅かすわけにはいかないとな。 まぁ、共同事業と言う……何、耳を塞いでいるんだ?」

「いえ、流石にそこまで来ると、父と兄の事ではありますが、商売に関わること、業務上まったくのかかわりのない私が聞いてよい話ではないと……」

 返事をするのを見て、バラデュール伯爵は笑っていた。

「シッカリと、聞こえているじゃないか」

「……まぁ、そうなんですが……、ミモザ様ってワガママで身勝手、迷惑な方だなと思っていましたが、私の想像をはるかに超えていました……」

 今の私の立場を考えれば、恐怖でしかない。

「心配するな。 大人しく側にいるなら守ってやるよ」

 そうバラデュール伯爵が優しく私に微笑めば、トゥルネン公爵夫人は窓の外を眺めていた。 ガラスに映る公爵夫人の顔が妙にニヤニヤしているが、それもきっと知らないことにした方が良いのだろうと気づかないふりを私は通した。



 そして、私達はレストランへと到着した。

 そこは、料理の味は今一つと有名な店で、決して公爵夫人ともあるような方が顔を出すような店ではない。

 価格はお手頃で、特殊爵位をもらう以前の私でも出入りが出来るような店。 ただし防犯と雰囲気維持のため庶民は貴族数人の推薦があって初めて出入りが許される。 以前の私は、暇を見つけてはデザートタイムにこの店に訪れていたのだ。 本当に頻繁にきていた……。

 美味しいからではない。

 何しろ、味は微妙と有名な店ですからね。



 扉を潜れば、美しい音楽が奏でられていた。

 最近の流行の音楽、流行のテーブル、流行の食器、全てが流行のもので揃えられている。 味は悪いが流行を知りたければ、この店に来ると良いと言われ、貴族達の出会いの場、社交の場としても使われている。

「あら、この音楽、今はやりの歌劇、花に濡れてのクライマックスに演奏されている曲だわ」

 公爵夫人が言えば、バラデュール伯爵はうんざりとした顔でいう。

「花が何を濡らすと言うんですか、それとも夜の隠喩ですか」

 なんて言うものだから、密かに公爵夫人に蹴られていた。

 伯爵は店の入り口に立つ品の良い老紳士に名を告げ、個室を予約していた者だと告げる。

「お待ちしておりましたバラデュール伯爵。 ただいまご案内いたします」

 ちなみに……あくまでも社交の場であるため、個室と言っても密会とばかりに隠れて個室に向かうのではなく、人々が集まるフロアを横断させられる。 うちにはこんな客が個室を使っているんだぞと店側の宣伝として使われるため、爵位が上であるほどに料理の質が上がり、価格は下がると聞いていたが、ソレは事実ではなくやはり料理はおいしくなった……。

 ザワリと店の客の気配が揺れた。

 貴族の人々が、トゥルネン公爵夫人とバラデュール伯爵の姿に騒めき、思わず席を立つものまで出る始末。 聞こえる声の大半が、なぜあのような方々が? と言うものだ。 2人であれば流行や出会いを求めるためのこの店に来る必要性がないのだから、そう言われるのも当然だ。

 それに、料理もおいしくないですし……。

 そして次に、私へと注目が向けられた。

「あの者は、どこの令嬢だ?」
「見たことがありませんね」
「デビュー前でしょうか?」
「妖精工房のドレスよね」
「妖精工房がドレスを下ろす相手なら、上級貴族の娘では?」
「いや、あのような令嬢は見たことが無いぞ?」
「バラデュール伯爵の良い人と言うことですの?」

 流石に私は焦った。

「伯爵……あの、変な噂が……申し訳ありません」

「問題ない」

「あら、噂を広めるために、この店を選んだんだから気にしなくていいのよ」

 公爵夫人がコロコロと笑って見せる。

 バラデュール伯爵は私との噂を広めるためにこの店を選んだのだと言う話だ。 だが、世間的にはオラール伯爵の婚約者として認識されているため、不貞と言う噂を流さないようにと公爵夫人に同行を願ったのだと言う。 なんだか申し訳ないばかりだ……ドレスの1着や2着で恩を返せるでしょうか?

 そしてその後、バラデュール伯爵は料理を運びに来る給仕の耳に入るように色々と会話を盛り上げた。

 ミモザ様の出現で私は傷つき、気落ちしている。
 バラデュール伯爵は、幼馴染の私を案じている。
 身の程をわきまえなかったと私が、反省している。

 だから、バラデュール伯爵は、心無い噂で私が今以上に傷つくことが無いよう、トゥルネン公爵夫人に私を預けたいと言う内容の話を、給仕にアピールし続けたのだ。 少しばかり演技過剰、脚色マシマシで、どうなのだろうか? と不安すら感じたのですが……。

 翌日には、オラール伯爵家の使用人達によって『1度はひきさかれた愛し合う2人の話』が、麗しくも美しく語られ始め、味が今一つの店でその噂はあっと言う間に広がった。

 そして、その物語の中で私は、2人の仲を邪魔する嫉妬深い悪女として物語を盛り上げているそうだが、バラデュール伯爵による行き過ぎとも言えるシシリー可哀そうアピールによって、上手くかき消されているのだと言う。



 私の人生を救ってくれたバラデュール伯爵に感謝を……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

義妹が私に毒を盛ったので、飲んだふりをして周りの反応を見て見る事にしました

新野乃花(大舟)
恋愛
義姉であるラナーと義妹であるレベッカは、ラナーの婚約者であるロッドを隔ててぎくしゃくとした関係にあった。というのも、義妹であるレベッカが一方的にラナーの事を敵対視し、関係を悪化させていたのだ。ある日、ラナーの事が気に入らないレベッカは、ラナーに渡すワインの中にちょっとした仕掛けを施した…。その結果、2人を巻き込む関係は思わぬ方向に進んでいくこととなるのだった…。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

真実の愛は、誰のもの?

ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」  妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。  だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。  ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。 「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」 「……ロマンチック、ですか……?」 「そう。二人ともに、想い出に残るような」  それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

処理中です...