私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人

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12.オラール伯爵は、哀れな存在へと王女殿下が変わったのだと確信した

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 まだ、使用人の視線がある廊下で、ミモザはディディエに口づける。

 それは幼くたどたどしい口づけではなく、貪り奪うような口づけ。 長い口づけの後に、視線を合わせた2人。 ディディエはミモザを組み敷き慰み者のように利用するなどと考えながらも、積極的な行動に出られれば戸惑わずにはいられなかった。

 ディディエの美しさを欲した令嬢はいた。
 ディディエに独占欲を抱いた令嬢もいた。

 だが、そんな令嬢達とミモザは何かが違っていた。 ディディエはただ違うとしか分からず、そしてその違いはディディエの心の中に特別を作り上げていく。

「ミモザ?」

 戸惑いに、声が震える

 2人の情熱的な口づけは、遠巻きに見守っていた使用人達から肯定的にとらえられ、いつの間にか2人の関係は『引きさかれた恋人同士』という存在しない現実が使用人の脳内に描かれ始める。 それは、多くの時を必要とせず世間に広まることとなる。

 横抱きにされたミモザは、ディディエの身体に身を預けつつも使用人の様子を確認し、ほんのわずかの間だが小さく唇の端をあげた後に、ゆっくりと潤んだ瞳でディディエを見あげ、そしてすぐに顔を隠すように伏せた。

「ごめんなさい。 彼女を思って嫉妬をしてしまいました」

「ぇ?」

 嘘だと本能的にディディエは思ったが、ミモザの動き、表情を見れば、否定を声に出すなどできるはずもなかった。

「なぜ、彼女にプロポーズしたのですか?」

 再び視線を上げたミモザの瞳には、涙が浮かんでいた。

 かつてのミモザの物言いであれば、ディディエは腹を立てていただろう。 伯爵と言う地位にありながら、ディディエはミモザによってつけられた汚い傷跡のせいで貴族令嬢に悲鳴をあげられ逃げられた。 運がよかったのはその令嬢達がソレを口にしなかった事だろう。

 だからこそ、ディディエは秘めたる恋に心を痛めていた青年と世間に認知され、シシリーへのプロポーズを劇的に演じる事ができたのだ。

 無言のまま黙りこむディディエにミモザはもう1度問いかけた。

「なぜ、庶民である彼女だったのですか!!」

 厳しい叱責も、涙と震える声で言われれば、それはとても愛おしいもののように感じた。

 だが、本心を告げれば、どんな女性も幻滅するだろうと、ディディエが考え黙り込んだ。

 貴族女性は腕の中のミモザが付けた醜い傷跡に逃げてしまった。 自分が耐えられ無い醜い生き物なのだと実感した。 だけれどディディエは伯爵だ。 その地位を受け継ぐ子が必要だった。

 庶民の娘ならどうだ? ある日そう考えた。 子を産ませるんだけなら、それで十分なのではないか? だけれど……醜いと自らを嘆きながらも、ディディエのプライドは高く適当な存在を見つけるなど不可能だった。

 そしてディディエは出会った。

 横に置いても見劣りしない愛らしさ。
 庶民出身でありながら、爵位を持つ少女。

 ディディエはシシリーを自分のための存在、運命だと認識した。 大勢の前で劇的なプロポーズをし、彼女を愛しているのだと周囲にアピールをしておけば、醜聞を気にする職にある彼女が逃げる事などできるだろうか? そう考えればなおのこと、シシリーは自分の特別だと思えた。

 彼女なら、ミモザが与えてくれた華々しい地位を再び与えてくれるのではないだろうか? そして何より、彼女の父であるドナ・モルコの財力が魅力的だった。

 だが、ソレは理由と言うには余りにも醜い。 人として幻滅されかねない理由だ。 そう考えたディディエはうっとりとした口ぶりでこう告げた。

「一人前であろうと努力し、満足そうに自分の成果を見つめ、嬉しそうに笑みを浮かべるシシリーは庶民であっても気高く美しかった。 彼女の一途さが、ひたむきさが尊くも愛おしいと思ったのです。 仕事に対する責任感は大人顔負けでありながらも、微笑む姿は子供のようにあどけなく、何より無垢な様子が守ってあげたいと感じたのです。 あの子は私にとって宝物なのです」



 ミモザの頭を伏せたまま、ギリっと歯を噛みしめた。

 オマエは私のものなのよ!! 忘れたなら思い出させてあげるわ!! そう叫びながら、ディディエに衝動をぶつけたかった。 だけれどミモザは我慢した。

 ミモザが小さく深呼吸を繰り返し落ち着こうとすれば、ディディエには嗚咽を飲み込みながら泣いているかのように見えていた。

「ミモザ、どうしたのですか?」

 心配するように問いながらも、静かに泣くミモザにディディエは満足していた。

「ミモザ、君は疲れているんだ。 休むといい」

 寝室の扉を開き、ミモザをベッドの上におろせば、ミモザは破り捨てるかのような勢いでドレスを脱ぎだす。

「いま、手伝いを呼ぼう」

 慌ててディディエはその場から逃げ去ろうとした。 だが、ミモザはその背中にだきついた。

「行かないで、側に居て……ねぇ、お願い、私を愛して」

 甘く切ないミモザの声に、ディディエはプチっと何かがきれたような気がした。





 ディディエは、自分の身体に寄り添い、規則ただしい寝息を立てるミモザに戸惑っていた。 

 ディディエの裸体は初めて見た訳ではない。 かつてミモザは、嫌がらせのように幾度となく美しい魅力的な体を見せつけてきた。 だから全裸を見ても動揺などするはずもない。

 ディディエの心を揺さぶったのは、ミモザの態度である。

 ディディエを支配していた凶悪で、気高くも美しい傲慢。 それは、妖艶、淫靡でありながら献身的で奉仕的で甘く、切ないものへと変化していた。

「好き、好きなの、愛しているわ。 アナタだけよディディエ」

 そう幾度となく彼女は囁き訴え、そしてミモザが付けた所有印のような醜い傷を愛おしそうに触れ、うっとりと頬を摺り寄せ舌をはわせた。 野望は達成されたが、嗜虐的な心は満たされることはなかった。

 ミモザを愛おしく感じ始めていた。
 ミモザを心から哀れに思い始めていた。

 彼女は変わったのかもしれない……それだけの苦労を強いられ、追い詰められたのかもしれない。 可哀そうなミモザ。



 ディディエは、無防備な様子で自分の横に眠るミモザの髪を一束手に取り口づける。



 ディディエは気付いていない……それはただ支配の形を変えただけであり、ミモザは何も変わってはいないということを。
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