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1章 王より気高く

02.守護の民 と 浄化の聖女 02

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 数多の神が存在した太古の時代。

 人を呪った神々は、人を滅ぼすため魔物に加護を与えた。 人が入れば死に至る大地を作り魔物を守ったとされる。

 そして人を愛し祝福した神々は、人に加護を与え、守護し、時に人の間に子を成したという。

 魔物と人との争いは遥か昔から続いているが、神はもう存在していない。 ただ、人を滅ぼした時に与えられると言われる楽園を求め魔物は人を襲い、人の中に潜み、呪いを振りまく。

 だから魔物は刈らなければいけない。
 それが大儀。
 それは尊厳。
 自らが特別な存在である意義。

 高潔な民なのだと語る守護の民の女達は、母を嫌っている。 美貌と浄化を笠に着て男を食い物にしていると、女達は何時も怒っているのだ。

 その意味を知ったのは、祖母の死後だった。
私の父は誰か分からない。

 男に愛される母は、女に憎まれていて。
 それでも母を拒めるものはいなかった。

 愛し合った相手がいるからと母を拒絶した暁には、若くその命を散らす事となる。 女達は不満を胸にためながら、母に頭を下げるのだから不満も当然だろう。

 今回も誰かが、その力と立場を見せつけるように母に選ばれるのだろう。

 苛立ちに満ちた女達が聞こえるように不満をぶつける。 言葉だけで済んでいるのは、薬師見習いの少年が側にいるから。

「売女の子が、汚らわしい」
「アンタにはお似合いよ」

 浄化の聖女と呼ばれる母は、影では淫売の性女と呼ばれて嘲笑われている。 頭を下げ上辺だけの感謝を述べられながら。

「何時まで水を運んでいるの愚図が!! 早くしないとスープが出来上がらないでしょう」

 母を侮辱する言葉が私に投げかけられても、母は他の女達と共に笑うのだから……きっと母は頭が悪いのだろうと思う事で、気を晴らしている私は……いつか、母や守護の民の女達と同じように嫌味な大人になるのだろう。

 一応、母に対する怒りを八つ当たりされるのだと訴えたことはある。 身を正して欲しいと。 だけど母は、私は愛されているのだと、浄化が無ければ男達は死にしかない。 私が暴力を受けるのは私が悪いからだと言うばかり。

「戦いに疲れた戦士達を癒すには食事も大切なのよ。 早くなさい!!」

 戦士達を出迎えるための身支度に忙しい母は私を見ない。





 この世界は神に見捨てられていた。
 まぁ、それも仕方ないかなぁ……。

 小さな世界で私は色々と諦めていた。





 守護の民は、流浪の民ではある。
 常に境界付近を移動している。

 ソレなのに馴染みの商人だけでなく、何処からともなく人や物資が集まって来る。 

 魔物が退治された時に取れる魔力を蓄えた宝石、魔石がとても貴重だが、瘴気で命を縮め、人格を歪める事が分かっていてまで魔物と戦う酔狂は少ないということだろう。

 常に旅を続ける私達だけれど、物資が足りなかった事は無い。 何時だって新鮮な野菜や肉や香辛料が手に入る。 魚は難しいけれど、遠い王都の流行りの品だって手に入る。

 何時間もかけて野菜の下ごしらえをし、干し肉と野菜を良く煮込んだ鍋に赤ワインを混ぜて煮込む。

 そろそろ完成と言うところで母がテントから顔を出し、私の背後に立った。

「良い感じに出来上がったわね。 さぁ、手を出しなさい」

 母の声に私はビクッと後退った。

「早くなさい。 人に見られたら、あんたどうなるかわかっているの?」

 低く脅すような声。
 血のように赤い唇。

 だけど瞳は美しい新緑の色を映している。

 小さな私は逃げること等出来るはずがないのだと、手を差し出した。 火であぶったナイフで指先が傷つけられた。 ポトリと落ちる赤い血が一滴、鍋の中に落ち淡く輝き広がり光が消える。

「これだけの事に、手間をとらせるんじゃないよ!!」

 声を荒げて叱る声は、シッカリと抑えたものだった。

「もういいわ。 朝まで絶対にテントに戻って来てはダメよ」

 私は頷いて見せた。

 移動用の荷車に積んだままの荷物と荷物の隙間から、子供には大きすぎる肩掛け用のバックを引っ張りだして走り出そうとすれば、身体が浮いた。

 その原因である少年を私は溜息と共に振り返る。

「エクス……まだ、いたの?」

「ノーラ様は大切なお方ですから」

 母に向けるいやらしい笑みと、卑屈で嫌味たらしい口調を引っ込めて、心配しているのだとばかりに言う少年の真意は私には分からない。
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