2 / 6
1章 王より気高く
01.守護の民 と 浄化の聖女 01
しおりを挟む
緑の草原。
爽やかな大気。
風の音に私は大切な存在の声が聞こえた気がして、水を運ぶ歩みを止めた。
神の大地。
魔の大地。
そう言われている境界へと視線を向ける。
見えない壁が瘴気を遮り、壁の向こう側には瘴気と乾いた砂が舞っている。
「早くなさい!! ノーラ」
小さな私が持つには大きな水桶の持ち手が、指に食い込んでいた。 7歳になったとは言え、身体の小さな私には水桶は大きくて重い。 優しくしてくれていた祖母が亡くなったその日から私は大人である事を求められた。
「だって……(重いんだもん)」
思わず声に出してしまい慌てて言葉を飲み込んだ時には、時すでに遅しと言う奴だ。 勢いよく振り回された水桶が身体にあたって吹っ飛び、転がった手桶の水たまりに落ちた。
「愚図ね」
ぷっと吹き出すように笑うのは、私と同じ空の色をうつすほどの白色の髪と、晴れ渡る空の色の瞳を持つ母。 周囲からは見た目ばかりは清純な淫売と言われている。 赤く染められた唇が……似合わないが……本人は女性としてのシンボルだと思っているらしい。
王都から遠く離れた辺境の地にいながら、貴族女性が使う化粧を使える事もまた母の自慢なのだから。
「早く、新しい水を汲んできなさい!! 今日あたり魔の地に出向いた戦士達が戻って来るはずよ。 何時もの4倍の量のスープを作りなさい!」
「はい」
辺境の地を守る流浪の民。
血縁は無いけれど役目のために集まった人たち。
そんな私達は『守護の民』と自分達を呼んでいる。
男達は魔の大地へ赴き、神の加護に焦がれ侵略を望む魔物達を退治するのが役目。 魔物が身のうちで育てている魔力を蓄えた宝石、魔石を商人に売り、贅沢をする様子は、余り品の良いものではなく……本人達が語るような高潔さは余り無い。
下品に酒に酔い、騒ぎ。
外からやって来る娼婦と愛欲に耽る。
酒と香水の匂いは耐えられるものじゃない。 それでも私は戦士達の帰還を喜んでいた。 その中に兄と慕う大切な存在があったから。
倒れたまま、私は境界を見ていた。
やっぱり、もうすぐ帰って来るんだ……。
「なぜ、貴方と言う子は……ぐらぐらとばかりして、すぐに仕事をさぼろうとするのよ!! もたもたせずに、早く立って水を運びなさい!!」
甲高い母が叫ぶと同時に、空になって転がる水桶を私に投げつけようとした。
「私が運びますよ」
静かと言えば聞こえがい良いが、少し辛気臭い印象のある少年が、母が投げつけようとしていた桶を手にして助けてくれた。
「うちの子に近寄らないでくれるかい?」
母が分かりやすく嫌な顔をする。
「大切な御子様をこのように傷つける貴方の気が知れない」
ヘラリと少年は馬鹿にするように笑って見せれば、周囲を取り巻くように守護の民の女達が馬鹿にするような視線を隠しながら様子をうかがっている。
「わ、私が居なければ、すぐに死ぬくせに!! ノーラ!! 早くスープを作りなさい!!」
そう言って母は叫び、浴びせられる視線から逃げるように去って行った。 母が去ったからと言って、誰かが私を助けてくれる事は無い。
私は静かに立ち上がり、今来た道を戻り小川を目指しはじめれば、背後から母の声が聞こえた。
「あぁ、貴方が魔法の一つでも使えれば、もっと楽が出来たのに。 ほんとう、役立たずなんだから」
母の文句が止まるのは、魔の地に出向いている戦士達にチヤホヤともてはやされている時ぐらい。 不満そうに空の色を移す白く長い髪をかき上げ、自らの不幸を嘆き続ける。
「私は浄化の準備をするから、一人でスープを作るのですよ!」
「はい」
不満ばかりの母だが、戦士達の帰還に何処か浮かれながらテントへと向かいだす。 貴族令嬢達が使う化粧をし、豪華な衣装に身を包む、その瞬間を母は生き甲斐としている。
母は、守護の民を守る浄化の聖女様なのだから。
母は美しい。
そして奔放だ。
爽やかな大気。
風の音に私は大切な存在の声が聞こえた気がして、水を運ぶ歩みを止めた。
神の大地。
魔の大地。
そう言われている境界へと視線を向ける。
見えない壁が瘴気を遮り、壁の向こう側には瘴気と乾いた砂が舞っている。
「早くなさい!! ノーラ」
小さな私が持つには大きな水桶の持ち手が、指に食い込んでいた。 7歳になったとは言え、身体の小さな私には水桶は大きくて重い。 優しくしてくれていた祖母が亡くなったその日から私は大人である事を求められた。
「だって……(重いんだもん)」
思わず声に出してしまい慌てて言葉を飲み込んだ時には、時すでに遅しと言う奴だ。 勢いよく振り回された水桶が身体にあたって吹っ飛び、転がった手桶の水たまりに落ちた。
「愚図ね」
ぷっと吹き出すように笑うのは、私と同じ空の色をうつすほどの白色の髪と、晴れ渡る空の色の瞳を持つ母。 周囲からは見た目ばかりは清純な淫売と言われている。 赤く染められた唇が……似合わないが……本人は女性としてのシンボルだと思っているらしい。
王都から遠く離れた辺境の地にいながら、貴族女性が使う化粧を使える事もまた母の自慢なのだから。
「早く、新しい水を汲んできなさい!! 今日あたり魔の地に出向いた戦士達が戻って来るはずよ。 何時もの4倍の量のスープを作りなさい!」
「はい」
辺境の地を守る流浪の民。
血縁は無いけれど役目のために集まった人たち。
そんな私達は『守護の民』と自分達を呼んでいる。
男達は魔の大地へ赴き、神の加護に焦がれ侵略を望む魔物達を退治するのが役目。 魔物が身のうちで育てている魔力を蓄えた宝石、魔石を商人に売り、贅沢をする様子は、余り品の良いものではなく……本人達が語るような高潔さは余り無い。
下品に酒に酔い、騒ぎ。
外からやって来る娼婦と愛欲に耽る。
酒と香水の匂いは耐えられるものじゃない。 それでも私は戦士達の帰還を喜んでいた。 その中に兄と慕う大切な存在があったから。
倒れたまま、私は境界を見ていた。
やっぱり、もうすぐ帰って来るんだ……。
「なぜ、貴方と言う子は……ぐらぐらとばかりして、すぐに仕事をさぼろうとするのよ!! もたもたせずに、早く立って水を運びなさい!!」
甲高い母が叫ぶと同時に、空になって転がる水桶を私に投げつけようとした。
「私が運びますよ」
静かと言えば聞こえがい良いが、少し辛気臭い印象のある少年が、母が投げつけようとしていた桶を手にして助けてくれた。
「うちの子に近寄らないでくれるかい?」
母が分かりやすく嫌な顔をする。
「大切な御子様をこのように傷つける貴方の気が知れない」
ヘラリと少年は馬鹿にするように笑って見せれば、周囲を取り巻くように守護の民の女達が馬鹿にするような視線を隠しながら様子をうかがっている。
「わ、私が居なければ、すぐに死ぬくせに!! ノーラ!! 早くスープを作りなさい!!」
そう言って母は叫び、浴びせられる視線から逃げるように去って行った。 母が去ったからと言って、誰かが私を助けてくれる事は無い。
私は静かに立ち上がり、今来た道を戻り小川を目指しはじめれば、背後から母の声が聞こえた。
「あぁ、貴方が魔法の一つでも使えれば、もっと楽が出来たのに。 ほんとう、役立たずなんだから」
母の文句が止まるのは、魔の地に出向いている戦士達にチヤホヤともてはやされている時ぐらい。 不満そうに空の色を移す白く長い髪をかき上げ、自らの不幸を嘆き続ける。
「私は浄化の準備をするから、一人でスープを作るのですよ!」
「はい」
不満ばかりの母だが、戦士達の帰還に何処か浮かれながらテントへと向かいだす。 貴族令嬢達が使う化粧をし、豪華な衣装に身を包む、その瞬間を母は生き甲斐としている。
母は、守護の民を守る浄化の聖女様なのだから。
母は美しい。
そして奔放だ。
14
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
3歳児にも劣る淑女(笑)
章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。
男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。
その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。
カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^)
ほんの思い付きの1場面的な小噺。
王女以外の固有名詞を無くしました。
元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。
旦那様、愛人を作ってもいいですか?
ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。
「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」
これ、旦那様から、初夜での言葉です。
んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと?
’18/10/21…おまけ小話追加
婚約者の浮気現場に踏み込んでみたら、大変なことになった。
和泉鷹央
恋愛
アイリスは国母候補として長年にわたる教育を受けてきた、王太子アズライルの許嫁。
自分を正室として考えてくれるなら、十歳年上の殿下の浮気にも目を瞑ろう。
だって、殿下にはすでに非公式ながら側妃ダイアナがいるのだし。
しかし、素知らぬふりをして見逃せるのも、結婚式前夜までだった。
結婚式前夜には互いに床を共にするという習慣があるのに――彼は深夜になっても戻ってこない。
炎の女神の司祭という側面を持つアイリスの怒りが、静かに爆発する‥‥‥
2021年9月2日。
完結しました。
応援、ありがとうございます。
他の投稿サイトにも掲載しています。
【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後
綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、
「真実の愛に目覚めた」
と衝撃の告白をされる。
王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。
婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。
一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。
文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。
そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。
周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
どうぞ「ざまぁ」を続けてくださいな
こうやさい
ファンタジー
わたくしは婚約者や義妹に断罪され、学園から追放を命じられました。
これが「ざまぁ」されるというものなんですのね。
義妹に冤罪着せられて殿下に皆の前で婚約破棄のうえ学園からの追放される令嬢とかいったら頑張ってる感じなんだけどなぁ。
とりあえずお兄さま頑張れ。
PCがエラーがどうこうほざいているので消えたら察してください、どのみち不定期だけど。
やっぱスマホでも更新できるようにしとかないとなぁ、と毎度の事を思うだけ思う。
ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる