偽りの婚姻

迷い人

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3章 オマジナイ

42.終わりを告げた恋心

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 会場内外の地図、参加予定者の詳細リストから、起こりえる問題を想定し対策を考えていく。

「ナイジェルを中心とする派閥も参加するのか……」

 パーシヴァルが面倒そうにつぶやけば、苦笑交じりにミランダが述べる。

「排除してしまえば楽ですけど、我が家が怖気づいたと、負けを認めたと、そう言い出すことは予測できるので、安易に排除することはできませんの」

「そもそも、婚約発表なら王宮が取り仕切るもんじゃないんですか?」

 お茶を入れなおしながらルーカスが言えば、ライオネルが疲れた様子で肩を竦めた。

「今までの王との対立がありますからね。 何の交流もなかったミランダと婚約しましたと宣言しても、ナイジェルに対する当てつけと考えるか、そこまでして王位を得たいのかと怒り出すに決まっています」

「そういう方ですわよね……愛される王妃様は幸せでしょうけど……」

 周囲は迷惑でしかありませんわ。 と言う言葉をミランダは飲み込んだ。

 今回は、婚約発表と言うよりも正確に言うならばライオネルとミランダによる、婚約の意思発表、愛情の宣言である。 恐ろしく遠回しであるが、面倒臭い国王陛下相手には、必要な過程であり。

「ただ愛を宣言するんではなく、理不尽、型破り、暴走ぐらい演じなければ、それは愛ではない!! 不当だ!! と父王は言うでしょう。 むしろこの程度では甘いぐらいですよ」

 そう語るライオネルは疲れ切っていた。

 婚約という事情を知らないナイジェル派の者達は、夜会の主役を奪い、レイランド侯爵家寄りの貴族をいかに取り込むかに躍起になっているのだろう。 そんな状況が参加リストから読み取れる。

「王宮内でも大した力を持たず、数で勝負する人達です。 大した問題とはならないとは思いますがね……」

 ライオネルは言いながら、パーシヴァルへと同意を求めた。

「まぁ、ナイジェルは人の多い場所で、奴自身が積極的に動くということはしない。 やるとするなら薬を使った、野党などの暴動……そしてナイジェル自身による鎮圧のような、劇的な演出か?」

 以下しばらくはルーカスとパーシヴァルの会話が続く。

「その可能性は考えられますね。 何しろナイジェルは自らに脆弱、虚弱、無力設定をつけてしまい、彼が受け流す上司からの攻撃が、殺傷能力があると判断されず、小石が転がってきた程度に思われていますから。 上司を陥れるためにも設定変更を大々的にしたいところでしょう」

「うちが警備責任者だと大々的に宣言しておくか……」

「薬を使った夜襲対策もしておかなければですね……」

「だな……魔導士は、うちだけでは数が心もとない、多方面に依頼を出す準備を頼む」

「受けてくれますかね?」

「何、薬の対処法を教えると言えば、協力するだろうさ。 あの恐怖は薄れていないし、魔導士どもは好奇心が旺盛なものが多い」

 対処法と言っても、暴走の原因となっていたのは魔力回路の損傷と、魔力過多による暴走な訳で、魔力回路の回復手段がない限り、できるのは魔力を封じるという古典的な方法しかないのだが、意外にも気づいていないものが多い。



 4人の打ち合わせは、淡々と続き。
 空は朱色を帯び始めた。

「今日のところはソロソロお開きにしないか?」

 そう言ったのは、仕事をしてくるようにと言われ、仕事後の約束をシヴィルと交わしたパーシヴァルであった。

「それもそうですね」

 ライオネルもまた、窓の外を眺めて同意をするものの、視線をパーシヴァルへと向けたかと思えば……。

「未来の王妃を屋敷まで送っていただけますか?」

「……ルーカスにいかせよう」

「大切な時期を前にした、我が愛しい人のため是非将軍にお願いしたいのです」

 パーシヴァルとライオネルは、他人の目を気にして主と配下の体裁はとるが、友人同士である。 第三者の目が無ければかなり緩いのだが……そんな中、敬語を使うということは、絶対引かないぞと言う意思の表れと言えるだろう。

 パーシヴァルは肩を竦め諦めた。

「了解」
 
 行きは馬車でも帰りは全力を出せば、そう時間はかからないだろうと算段していた。




 そして観賞用の温室内。
 向かい合うのは、シヴィルとライオネルだった。

 出されたお茶に口をつけ、薄くライオネルが微笑んでいた。

 婚約報告に驚きながらも、シヴィルはにこやかに祝いの言葉を述べた。

「殿下、ご婚約おめでとうございます」

「国のために、手を取り合う共犯者が出来たのはめでたいですが、そこに愛情などありません。 そういう意味では、アナタの方がおめでたい状況なのではありませんか?」

 棘のある言い方だった。

 元々、愛情と言うものを全否定されている方だ。 シヴィルの甘い心の変化はライオネルにとって不快な者なのだろう。 そうシヴィルは考えた。

「自分に好意的な相手に対し、いつまでも敵意を向け続けられるほど、無神経ではありませんわ」

 シヴィルは肯定も否定もなく、控えめに告げれば、ライオネルは彼にふさわしくない、シヴィルが見た事のない表情と笑い声を響かせた。

「ふははっはっはは、あはっはは、そう私に気遣いをしていただかなくても結構ですよ。 私にとってはアナタの心変わりは、喜ぶべきことなのですから」

 対応に困るシヴィルを無視してライオネルは続けた。

「アナタは、自分が受け入れた相手がどういう生き物であるか、理解しておいでか?」

「それは……魔力異常に関してはそれなりの知識は、持っているつもりです」

 そんなシヴィルの応対は無視された。

「アレは化け物です。 アレの母親が人間であるよう厳しいルールでしばりつけているため、人間のふりをしていますが、アレは化け物以外の何者でもありません。 古代竜のような知恵が無いとはいえ、ワイバーンを1人で瞬殺してしまう人間など、何処にいますか!!」

 ライオネルの興奮が理解できずにシヴィルはただ戸惑うだけだった。 なぜ、彼はこれほどまでに感情を揺らしているのだろう? シヴィルはライオネルを無言で見つめる。

「失礼……」

 シヴィルは無言のまま小さく首を横に振り、そして口を開いた。

「殿下は、化け物に近寄るなと警告なさっているのですか?」

「まさか、そんな恐ろしいこと等出来る訳ありません。 逆です……。 あの化け物が一度手に入れた宝に何かあろうものなら、それこそ国の一大事です」

「そんな……」

 大げさなと言おうとしたが、ライオネルの視線は真剣だった。

「これは私からの依頼です。 良き恋人……化け物の鎖としての務めを果たしてください。 ソレを全うする限り、私は私のとれる手段の全てを使い、アナタを支えましょう」

「……」

「先生」

「はい……」

 ライオネルは、音を発することなく唇を動かす。

 アナタが好きでした。

「ぇ?」

「いえ、何でもありません。 脅したようで申し訳ありませんが……言った言葉の一切は撤回する気はありません。 化け物の面倒よろしくお願いします」

 そうライオネルは笑う。



 ライオネルの『好き』は、パーシヴァルが、あの化け物がソレほどまで愛する相手とはどんな少女だ? という好奇心が全ての始まりである。

 女性の中では誰よりもシヴィルが好きだったと今でもライオネルは思っている。 だが、奪ってしまいたいと、感情のまま暴走する気にはなれなかったのだから、これは父王が言う真実の愛ではないのだろう。

 そうしてライオネルの恋心は幕を閉じた。
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