偽りの婚姻

迷い人

文字の大きさ
上 下
6 / 65
1章 遺産

06.考えても無駄! 悩んだら走れ!!

しおりを挟む
 夜明けとともに目を覚ましたパーシヴァルは、日課となっている騎士団の訓練場に顔を出し、汗を流した後、食堂へ向かった。 彼にとって戦いは日常で、食事は重要な任務とすら言っていい。

「どうしたんっすか? 大将。 難しい顔をして」

 モンモンと考え込むパーシヴァルから、距離を置き若い騎士達が朝食を静かに食べていれば、苦笑交じりに彼の副官が近寄ってきた。

「なんでもない」

「何でもないって様子じゃないでしょう。 まさか大将のために組まれた領主講習から逃げるつもりですか?」

 男は、冗談を言ったつもりだったが、パーシヴァルの返事はなく

 おぃおぃ、勘弁してくれよ大将。
 俺、これからも大将の補佐を命じられているんっすから。

 心の中で、祈るように言う。

 彼は『ルーカス・ターラント』 騎士育成のための学園の同期であり、戦場ではパーシヴァルの副将を務めた男だ。 いかにも無骨で直情的な戦士であるパーシヴァルと違い、ルーカスは吟遊詩人と言っても通じるような容姿をしていた。

 背の高い細身の体躯。
 男性としては高い声。
 同じ軍服を着ていても、パーシヴァルよりもオシャレに見える。

「オマエに、関係ない」

「そういう訳にはいきませんよ。 何しろ、戦闘しか能がないアナタの補佐を、今後も務めるよう指示を受けていますからね。 で、まずは領主業を身に着けるまでの見張りが、俺の仕事なんですよ。 余り面倒をかけないでください」

 流石に『得意なものが得意な業務をすればいい!』と、放り出す訳にもいかず、パーシヴァルは唸る。

「領民に迷惑をかけないでくださいよ」

 ルーカスが真剣に言えば、ムッとしながらパーシヴァルは答えた。

「少し、屋敷に用事ができただけだ」

 ルーカスは、くわぁ!!と目を見開き、パーシヴァルへと詰め寄った。

「どうしたんですか?! 学生中、見習い中、コソコソ屋敷は見に行くだけで、扉をくぐれなかった人が!!」

 手紙を書いては捨て、書いては捨てをしたあげく、こっそり出かけるパーシヴァルが気になり、殿下と共にヒッソリと後をつけ経験のあるルーカスは、盛大に驚いてみせた。 ちなみに手紙はいつも途中で燃え捨てられていた。

「なぜ、それを……いや、いい、なんでもなくて……そうじゃなくて、あぁ、えっと、父に聞きたい事が出来ただけだ」

「アナタの口から、身内のことを初めて聞きましたよ。 どうしたんです? 王宮医に見てもらいますか? 数年前から若くて美しい薬師がいると有名なんですよ! ついていきますよ!!」

 ヘラリとにやけながらルーカスが言えば、明らかにイラついた様子を向けられた。

「やめてくれ、俺には……妻がいる」

「はっ?」

「学生時代、ずっと一緒でしたよね?」

「それがどうした?」

「殿下が、騎士団の護衛を無数に連れて歩くのがうっとうしいと、俺と大将が常にお守りしていましたよね? 戦場に出るようになってからも、ずっと一緒だったじゃないですか!」

「だから、どうしたと聞いている!」

「水臭いじゃないですか。 結婚なさったんなら言ってくださいよ」

「学園に入学する前だ」

「いやいや、だからって……」

 業務上、それこそ四六時中一緒にいた。 そんな自分が知らないのはオカシイのでは? と、 だが、遠征途中の街で女性が好みそうな店を気にしているのを、幾度となく見た覚えがあった。

 そうか、とうとう脳内彼女を作ったか……。

 長の付き合いであるルーカスは、そう収める事にした。 それほど目の前の男と恋愛と言うものが、連想つかなかったのだ。

「それで今日の予定ですが、領地受領の手続き、帳簿の閲覧と説明を聞き、領主として領地運営に必要な講義、それと礼儀作法の見直し、後は順次お見合いを勧め。 来週中には領地の代表者との面談が計画されています」

「……領地運営に必要なことは勉強する。 だが、見合いとはなんだ……」

 ジトっと恨めしそうに睨んでくれば、

「俺が計画した訳ではありませんよ。 各領地から釣り書きが次々と送られて来るんです」

「うちが金に困っていた頃には、近寄りもしなかったくせに」

「そりゃぁ当然でしょ。誰だって自分が大事なんですから」

「とにかく見合いは却下だ!! 俺には妻がいる!」

「わかってますって!!」

 生温かな視線が向けられ、パーシヴァルは脱力した。

「本当にわかっているのか? とにかく見合いはせんよ」

「はいはい、奥方様がいらっしゃるからですねぇ~。 ですが、領地運営を行う以上、共に歩いて下さる方が必要なんです! 特に大将のように強面な領主では、緩衝材の役目を果たす方が必要です。 それだけでなく、普通に生きる事が不慣れな大将を支え、足りない知識を補い、村人との付き合いをしてくれる方が必要なんですよ!!」

 パーシヴァルは、考え込んだ。

 シヴィルがどんな女性に育っているか分からない。 シヴィル以外の女性に興味はないが、領主の妻と言うものの負担が大きいなら、彼女を支える者が必要となるかもしれない。 そう考えた。 考えながら……疑問に思った。

「そんな都合の良い、万能な人間いるのか?」

「……さぁ、私がお付き合いしたい女性です!」

「……」

「……」

「……なるほど、見合いの釣り書きはルーカスお前に譲ろう。 とにかく、俺は屋敷に戻る」

「ちょ、待ってくださいよ! 講師の方を無駄に待たせるわけにはいかないんですから」

 ルーカスは、メモ書きのような手紙をサラサラと書き、口笛を吹いたかと思えば大型の猛禽系の鳥が飛んできた。

「これを殿下に届けるように」

 そして、急いでパーシヴァルのあとを追いかけた。





 ルーカスからの手紙を受け取ったライオネルは、唸り声と共に頭をかいた。

「殿下、いかがなさいましたか?」

「気にしなくていい。 とにかく熱いコーヒーを頼む」

 ライオネルは頭の中で整理する。

 パーシヴァルは、とにかく支援金を返済して離縁したかった。 だが、離縁するような婚姻関係はない。

 なら単純に金を返したいだけと言うことになる。



 シヴィルは6年前……ヴァルが学園を卒業し戦場に出た頃、シヴィルの父親は婚姻事実が無かった事を前ヘルムート伯爵に告げ、娘をヘルムート家から引き取った。

 その後、薬師としての才能を、他の貴族を通じて王宮に売り込んだことで、シヴィルは王宮勤めを始め、その翌年には母上付きの薬師にまで出世する。



 ライオネルは、シヴィルが王宮にとって重要な人間であることを配慮し、昨晩の別れ際、離婚云々の話は余所に、シヴィルに問うた。 (※まだ、パーシヴァルの恋心を聞いていないため)

「ヴァルが、パーシヴァルが、受けた支援金を返したいと言っているのだが?」

「それは父が、閣下に残したものですから受け取る訳にはいきません。 衣食住完備、研究部屋まで頂き、その上十分なお給料まで頂いているのですから、私はこれ以上金銭を必要としていません。 ですので、返す返さないと言うやり取りは面倒で……、正直言えばお会いしたくは……」

 そっと視線を背けるシヴィル。

 曖昧に誤魔化してはいたが「会いたくないんだ!!」と、きっぱり言われたと同じ。

 こうなると学園時代にパーシヴァルに色々と借りを作ったと言っても、無神経に彼の行動を応援するわけにはいかないものだ……と……ライオネルは大きな溜息をついた。





 パーシヴァルは、王都の端にある屋敷へと向かう。 必死に後を追う、ルーカスを無視してただまっすぐ見つめた。

 学園にいたころ、こっそり寮を抜け出しシヴィルを見に来ていた。 そのころの手入れされた屋敷の面影はない。

 馬をおり、手綱を放り捨てれば、ルーカスが慌てて馬の手綱を受け取った。

 玄関先は固く閉ざされており、パーシヴァルは混乱しつつも大きな声で目的の人物を呼ぶ。

「父上!!」

 窓から見えるのは、薄暗く使われている様子の無い屋敷。

「おや、どうしたんだね?」

 作業着に身を包んだ父が、野菜を入れた籠を手に屋敷の横手から顔をだす。

 どうなっているんですか!

 激しく問いただすつもりだった。

 だが、使用人は再びいなくなり、年齢以上においた姿の父。 だが、その父はとても穏やかな様子で……呆気にとられた。

「父上こそ、どうなされたのですか」

 前ヘルムート伯爵は困ったように笑う。

「何、私も色々とあったんだよ。 朝食は?」

「食べてきました」

「なら、お茶でも一緒にどうかね?」

「えぇ」

 困ったなと言う顔をするルーカスにも、元伯爵は声をかける。

「君も、おいでなさい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

【完結】天候を操れる程度の能力を持った俺は、国を富ませる事が最優先!~何もかもゼロスタートでも挫けずめげず富ませます!!~

udonlevel2
ファンタジー
幼い頃から心臓の悪かった中村キョウスケは、親から「無駄金使い」とののしられながら病院生活を送っていた。 それでも勉強は好きで本を読んだりニュースを見たりするのも好きな勤勉家でもあった。 唯一の弟とはそれなりに仲が良く、色々な遊びを教えてくれた。 だが、二十歳までしか生きられないだろうと言われていたキョウスケだったが、医療の進歩で三十歳まで生きることができ、家での自宅治療に切り替わったその日――階段から降りようとして両親に突き飛ばされ命を落とす。 ――死んだ日は、土砂降りの様な雨だった。 しかし、次に目が覚めた時は褐色の肌に銀の髪をした5歳くらいの少年で。 自分が転生したことを悟り、砂漠の国シュノベザール王国の第一王子だと言う事を知る。 飢えに苦しむ国民、天候に恵まれないシュノベザール王国は常に飢えていた。だが幸いな事に第一王子として生まれたシュライは【天候を操る程度の能力】を持っていた。 その力は凄まじく、シュライは自国を豊かにするために、時に鬼となる事も持さない覚悟で成人と認められる15歳になると、頼れる弟と宰相と共に内政を始める事となる――。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載中です。 無断朗読・無断使用・無断転載禁止。

居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?

gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。 みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。 黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。 十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。 家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。 奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

処理中です...