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2章 青年期

56.ただ流れに身を任せたに過ぎない

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 住民に去るように告げ、道を開けさせ食堂の中に入って来る紺騎士達。

 彼等の先頭を歩くのは、外から叫んでいた青年。 淡い金色の髪をした甘く整った顔立ちで、他の騎士達より頭一つ分背が低いが、それが繊細さを醸し出していた。

 窓から彼氏を奪われたと叫んでいた女性すら、頬を赤らめている。

「悪いのは公爵家の娘だ!」
「彼氏を奪ったのよ!」
「職人が奪われたんだ!」
「正しい捌きを!!」

 私を応援する声が、投げかけられた。

 人というものは、顔の良い人物を反射的に正義の味方として認識してしまうのだろうか? だが、残念だね諸君。 ソレは私が知る限りずっと昔から庶民の敵だよ……。

「あぁ、ケント様、私を助けにきてくださったのですね」

 大根役者顔負けの演技で言って見れば、見物客がおぉおおおおと歓声を上げるが、次の瞬間には私に蹴りを入れ頬を打とうとするケントの姿に、人々は……紺騎士すらもが驚いていた。

 何しろ、庶民風の少女を守ろうとしているのが、彼等の上役であり、倒されているのが赤銅騎士である。 少なくともいまするべき事は、庶民の娘である私を暴力で制圧する事ではなく、事情を聴くことだ。

 とは言え、私に対する暴力はパパ騎士にとって防がれた。

「ぉ、おい(住民の目がある)。 無茶は割け事情を聴くべきだろう」

「俺は、コイツが罪人だと知っている!!」

 ケントは高らかと宣言して見せたのだ。

「罪人が!! オマエは自分が何をしたのか理解しているのか!!」

「お話をしているのよ?」

「その方は、罪人であるオマエが気安く話しかけて言い相手ではない!! そんな事すら理解できないのか!!」

 とりあえず、暴力は私も嬉しくないので、パパ騎士の後ろに隠れ、そしてケントを無視してパパ騎士に話しかける。

「パパ、口元平気かなぁ?」

「あざになっている。 帰って治療をしたいところだが、どうにも大人しく帰らせてくれそうな雰囲気ではなくなってきたな」

 予想外のケントの叫びに、住民達は無責任に楽しみだし、そしていっそう人が集まりだす。

 少し前まで、どさくさに紛れ、公爵令嬢に恨み辛みを吐きだしていた者達は、罪人である私の仲間と思われては大変だとでも思ったのか? 完全に逃げ去ってしまっていた。

「言いたい事があるなら、話し合いで解決するべきではないか?」

 パパ騎士が言う。

「アナタに言われたくはありません。 そちらのを渡して貰えますか?」

 しつこい程にアピールをするケント。

「とりあえず、どうするつもりか聞こうか?」

「ルンダール公爵令嬢の気が晴れるまで、罰を受けて貰うんですよ!! だから、その女は野放しにするべきではないと言っていたんだ!! なのに、なのに……、その女がどういう女か理解せず、誰も彼もが甘やかす!! ルーマ殿、アナタにソレは扱い切れない。 私がこの場でキッチリと調教をしてやるので、返してください」

「生憎と、それは俺の仕事に相反する」

「あ~~、いいよ。 パパ下がってて。 私の責任は私が取るから」

 私は一歩踏み出した。

 痛みは好きではない。
 だけど、痛みの使い方は理解している。

 私が一歩踏み出せば、ケントが公爵令嬢に向かいこう聞いた。

「ルンダール公爵令嬢。 彼女にどのような罪を求めますか?」

 そういいながら、私の胸倉を引き寄せ、蹴って来る。 逃げる事の出来ない身体は、脚力の全てを受け止め、ご馳走になったパンを吐いてしまう。

「ちょっと、止めてよ。 勝手に汚くなるのは自由だけどぉ~、そういうのは気分が悪いわ。 暴力も、好きじゃないのよね。 本当、紺騎士って野蛮で、なんでも暴力で解決しようとするから、超無理」

「では、公爵令嬢は、この騒ぎの原因であるその女を寛容にもお許しになると、おっしゃるのですか?」

 2人の会話には、どこか慣れ合いめいたものがあった。 でなければ、ケントだって『紺騎士って野蛮』という言葉で顔色を変えた他の騎士と似たような表情を浮かべただろう。

 って、まぁ、深く考えるまでもないのよね。 既に答えは出ている訳だし。

 さっき、彼氏を取られたって叫んでいた女性の声が幾つかあった。 ようするに、見た目の良い男性には声をかけるという習性を持っているのでしょう。

「そうねぇ、とりあえず服を剥いで頂戴」

 暴力であれば調教や、相手が反抗したから、色々な言い訳をつけられるが、服をはぎ取るとなれば意味合いが全く違ってくる。 紺騎士達はザワザワと騒ぎ出す。

「何を騒いでんのよ!! 暴力は、運が悪ければ死んでしまうの。 だけで、服を剥がれて死んだ人間はいないわ。 これは私の慈悲よ。 それにね、こんな騒動を起こしたのだから、世間に対しても謝罪が必要だと思うの。 ならば、当然、皆の喜ぶ事をしなくちゃ!!」

「って、チェリー何をしてるんだ!!」

「ぇ? だって、ほら、嫌いな男の手で服を剥ぎ取られるぐらいなら、自分から脱いだ方が良くない?」

「良くないだろうがぁ!! そこは、もっと抵抗を、いや、逃げ出す事を考えるべきだろう!」

「いえ、まぁ、どうなるのかなぁ??って。 思いません?」

 コートを脱ぎ、ベストを脱ぎ、椅子に座ってタイツを脱ぐ。 ただの観客と思い込んでいる外からは、おぉおおおおと言う歓声が聞こえ、脱いだタイツをクルクルッと丸めて投げつけた。

「オマエは、調子に乗りすぎだ」

 パパ騎士が、両頬を大きな両手で挟んでムニムニする。

「アンタ、邪魔なのよ!! これだけの歓声が、その女の裸を望んでいるの。 女だって納得しているんだから、邪魔をしないでよね!! ほら、早く続けなさい!!」

「やれやれ、同性の裸の何が楽しいのか……」

 安物のワンピースを脱ぎ捨てれば、表の技術では存在していないシルクのキャミソール姿を露わにした。 わずかに透けたキャミソールからは白い肌よりも、アザになった赤紫色の身体が目立つ。

「ずいぶんと賑やかですね」

 その声にはイラっとした音が混じっていた。

 公爵令嬢の顔が雪のように白く染まる。

「ひぃい」

 と、悲鳴を上げて、ぶるぶると公爵令嬢は身を震わせた。

 それこそ、暴力ならまだ言い訳が出来た。 だけど、コレはどんな言い訳も通用しないだろう。 大勢の観客の前で、女性の服を剥ぎ取り楽しむ騎士がいたなら、騎士を辞退し仕事を変えるべきだろう。

 誰がやらせた?

 そんな事は問うてはいないが、勝手に公爵令嬢は言い訳を始める。

「こ、これは違うんです。 私は止めたのに、その酔っ払い女が突然に服を脱ぎだしたんです」

「可愛い?」

 私はニッコリと久しぶりに出会ったセシル殿下の前で、クルリと回って笑って見せた。

「お仕置きが必要なようですね」

 ニッコリと口元を微笑みの形にするセシル殿下の目は、全くもって笑っていなかったが、これでようやく箱庭に帰れるだろう。
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