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06.私の秘密 01
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「にゃ?」
獣化している時、意識をしなければ猫の鳴き声になってしまう。 幼い頃、何処までも甘えていた頃の癖。 ダグラス兄様に毛繕いをして貰ったのは、サリオン様に嫁ぐ前日が最後。
獣化を特別とするバルテルス帝国ですが、サリオン様は獣化する者を獣臭いと言って嫌う。 婚姻の日に、ダグラス兄様とその兄上である第一皇子を罵倒していたから、私は嫌われたくなくて獣化できる事を秘密にしてきた。
そして、ダグラス兄様に会う事は当然のように禁止されている。
懐かしい兄様の匂い。
心地よい感触。
療養地に逃げていた時すら、不安と恐怖でずっと緊張状態だった心と身体が蕩けてグダグダになり、自然と瞳に涙が溢れていた。
「困った子だなぁ~。 そんなに泣いては綺麗な瞳が溶けてしまう」
呆れるように笑い、甘い声で囁き、丁寧に優しく大きな舌で毛繕いをしていたダグラス兄様は、零れる涙も舐めとっていく。
「溶けませんわ」
小さな頃、泣いている私に同じように言って余計に泣かせていた兄様。 スンスンと鼻を鳴らすように泣きながら、私は兄様の匂いに埋もれるように兄様の黒く美しい毛並みを毛繕いする。
これは愛情であって、甘えであって、心の安定。 その行為を続け、続けられれば、思わず寝そうになって……いえ、少し眠ってしまったかしら? 慌てて起きた。
「どうした?」
「帰らないと、サリオン様が」
人間であったなら、きっと顔色が悪くなっていたでしょう。 一気に血の気が引きました。 あの方は、私を愛していない……いいえ、嫌悪しておりますが、強く束縛するのです。 今回は急な戻りとなったため、私を見張る侍女と護衛を準備していませんでしたが、あれだけ何時もと違う態度を見せてしまったのです。 私が大人しくしているか、確認を怠るなどありません。
「戻ります」
首に回されるサリオン様の手を思い出せば怖かった。 相手の立場、自分の立場、そんなものを考えれば、サリオン様を脅威として排除することも出来ない。 サリオン様を本気で怒らせてしまえば、脅威を排除しようと、排除しまいと私の行きつく先は変わらず死なのですから。
そんな事を考えている私の頭上に、大きな肉球付きの前足がぽてっと置かれました。
「兄様?」
「また、緊張している。 どうして欲しい、どうなりたい。 ちゃんとお願いするんだ」
ダグラス兄様は獣化が出来るため、皇子達の中では強い立場にありますが、サリオン様はツガイの子と言う可能性を秘めているため、兄様よりも立場は上なのです。 だから、サリオン様をどうにかして欲しいとお願いはする訳にはいきません。
それでも……。
言わずにいられなかった。
「もう少し、一緒にいたいです」
「いればいい。 俺もラケと一緒にいたいよ」
耳元での囁きが甘く、くすぐったくて耳をプルプルさせてしまえば、兄様は笑う。
「でも、サリオン様が……」
「オマエが居ながら、女遊びを繰り返し、あまつさえ愛妾を求めたアイツに未だ義理立てをすると言うのか?」
「違います。 そうではなくて……、このようにサリオン様以外の男性と会っている事を知られてしまえば、兄様にも実家にも迷惑をかけてしまいます。 サリオン様には幾ら兄様は家族なのだと訴えても理解していただけないのです。 サリオン様は自分を裏切るのかと言って……」
私は兄様に必死に訴えた。
サリオン様のツガイの可能性、ソレを除いた社会的な立場や実績の殆どを作り上げたのは私と言っても過言ではありません。 それがより彼の不安をかきたて、私を束縛しようとするのだと今なら考えが及びます。
「本当、小さな男だな。 だが1つだけ奴の方が正しい」
「何が? でしょうか?」
「俺は、ラケを女として見ている。 家族ではなくね。 だから、奴の不安は正しい。 正しいが、ラケが俺の方が良いと言ってくれるなら、側に居たいと言ってくれるなら、いくらでもいるさ」
「だから、それは!!」
「実質、側にいるのは無理だが、証は立てられる。 何かあれば駆けつける事ができる。 オマエが望むなら、俺はオマエのものだよ」
「兄様?」
「まぁ、それは後でいい。 ラケは怯える必要等無いのだから」
ダグラス兄様が語るには、今、屋敷は愛妾であるマロリー様を迎えるにあたって、大々的な増築を行っており、私が嫁ぐ際に建てられた必要最小限の屋敷は、私の活動スペース以外を解体予定としており、秘書以外の使用人は解雇され、サリオン様はマロリー様の実家であるリンス伯爵家で夜を過ごしているのだそうだ。
今はもうサリオン様に愛されたい、愛されようと言う思いは無いけれど、ソレは余りにも惨めではないでしょうか? そう思えば、とまった涙がまたポロポロと溢れてきた。
「なぜ泣く? アレの女遊びは昔からだ。 遊びなら良くて、愛妾として迎えるのはダメだと言う理由がわからん」
「それは……」
なぜ嫌なのかを考え込んでいる間も、コロコロと転がすようにダグラス兄様は私を舐め続けるから、喉は勝手にグルグルなって緊張感がそがれてしまう。 いえ、サリオン様を怖がる必要が無いと知って、もう少し兄様の側にいられるのだと知って、安堵してしまったのもあるでしょう。
でも、なぜ、なのでしょう?
「兄様、考えごとの邪魔」
「アンナ奴のことを考える必要などあるまい」
「ですが、何故泣くのか聞いたのは兄様ですわ」
この会話をする時点で、涙こそ溢れていても、私が泣いてないと知った兄様は耳をピピッと揺らしニッと笑う。 獣形態でも、笑われていると言うのは分かるもので、これが、かなり恥ずかしい。
「多分、不特定多数の方と遊んでいるうちは、私だけが特別だと思う事ができたから。 だと、思います……。 他で遊んでいても、私だけがサリオン様の不変であると」
「アイツの特別が良かったと?」
どこかイラっとした様子が声に混ざっていた。
獣化している時、意識をしなければ猫の鳴き声になってしまう。 幼い頃、何処までも甘えていた頃の癖。 ダグラス兄様に毛繕いをして貰ったのは、サリオン様に嫁ぐ前日が最後。
獣化を特別とするバルテルス帝国ですが、サリオン様は獣化する者を獣臭いと言って嫌う。 婚姻の日に、ダグラス兄様とその兄上である第一皇子を罵倒していたから、私は嫌われたくなくて獣化できる事を秘密にしてきた。
そして、ダグラス兄様に会う事は当然のように禁止されている。
懐かしい兄様の匂い。
心地よい感触。
療養地に逃げていた時すら、不安と恐怖でずっと緊張状態だった心と身体が蕩けてグダグダになり、自然と瞳に涙が溢れていた。
「困った子だなぁ~。 そんなに泣いては綺麗な瞳が溶けてしまう」
呆れるように笑い、甘い声で囁き、丁寧に優しく大きな舌で毛繕いをしていたダグラス兄様は、零れる涙も舐めとっていく。
「溶けませんわ」
小さな頃、泣いている私に同じように言って余計に泣かせていた兄様。 スンスンと鼻を鳴らすように泣きながら、私は兄様の匂いに埋もれるように兄様の黒く美しい毛並みを毛繕いする。
これは愛情であって、甘えであって、心の安定。 その行為を続け、続けられれば、思わず寝そうになって……いえ、少し眠ってしまったかしら? 慌てて起きた。
「どうした?」
「帰らないと、サリオン様が」
人間であったなら、きっと顔色が悪くなっていたでしょう。 一気に血の気が引きました。 あの方は、私を愛していない……いいえ、嫌悪しておりますが、強く束縛するのです。 今回は急な戻りとなったため、私を見張る侍女と護衛を準備していませんでしたが、あれだけ何時もと違う態度を見せてしまったのです。 私が大人しくしているか、確認を怠るなどありません。
「戻ります」
首に回されるサリオン様の手を思い出せば怖かった。 相手の立場、自分の立場、そんなものを考えれば、サリオン様を脅威として排除することも出来ない。 サリオン様を本気で怒らせてしまえば、脅威を排除しようと、排除しまいと私の行きつく先は変わらず死なのですから。
そんな事を考えている私の頭上に、大きな肉球付きの前足がぽてっと置かれました。
「兄様?」
「また、緊張している。 どうして欲しい、どうなりたい。 ちゃんとお願いするんだ」
ダグラス兄様は獣化が出来るため、皇子達の中では強い立場にありますが、サリオン様はツガイの子と言う可能性を秘めているため、兄様よりも立場は上なのです。 だから、サリオン様をどうにかして欲しいとお願いはする訳にはいきません。
それでも……。
言わずにいられなかった。
「もう少し、一緒にいたいです」
「いればいい。 俺もラケと一緒にいたいよ」
耳元での囁きが甘く、くすぐったくて耳をプルプルさせてしまえば、兄様は笑う。
「でも、サリオン様が……」
「オマエが居ながら、女遊びを繰り返し、あまつさえ愛妾を求めたアイツに未だ義理立てをすると言うのか?」
「違います。 そうではなくて……、このようにサリオン様以外の男性と会っている事を知られてしまえば、兄様にも実家にも迷惑をかけてしまいます。 サリオン様には幾ら兄様は家族なのだと訴えても理解していただけないのです。 サリオン様は自分を裏切るのかと言って……」
私は兄様に必死に訴えた。
サリオン様のツガイの可能性、ソレを除いた社会的な立場や実績の殆どを作り上げたのは私と言っても過言ではありません。 それがより彼の不安をかきたて、私を束縛しようとするのだと今なら考えが及びます。
「本当、小さな男だな。 だが1つだけ奴の方が正しい」
「何が? でしょうか?」
「俺は、ラケを女として見ている。 家族ではなくね。 だから、奴の不安は正しい。 正しいが、ラケが俺の方が良いと言ってくれるなら、側に居たいと言ってくれるなら、いくらでもいるさ」
「だから、それは!!」
「実質、側にいるのは無理だが、証は立てられる。 何かあれば駆けつける事ができる。 オマエが望むなら、俺はオマエのものだよ」
「兄様?」
「まぁ、それは後でいい。 ラケは怯える必要等無いのだから」
ダグラス兄様が語るには、今、屋敷は愛妾であるマロリー様を迎えるにあたって、大々的な増築を行っており、私が嫁ぐ際に建てられた必要最小限の屋敷は、私の活動スペース以外を解体予定としており、秘書以外の使用人は解雇され、サリオン様はマロリー様の実家であるリンス伯爵家で夜を過ごしているのだそうだ。
今はもうサリオン様に愛されたい、愛されようと言う思いは無いけれど、ソレは余りにも惨めではないでしょうか? そう思えば、とまった涙がまたポロポロと溢れてきた。
「なぜ泣く? アレの女遊びは昔からだ。 遊びなら良くて、愛妾として迎えるのはダメだと言う理由がわからん」
「それは……」
なぜ嫌なのかを考え込んでいる間も、コロコロと転がすようにダグラス兄様は私を舐め続けるから、喉は勝手にグルグルなって緊張感がそがれてしまう。 いえ、サリオン様を怖がる必要が無いと知って、もう少し兄様の側にいられるのだと知って、安堵してしまったのもあるでしょう。
でも、なぜ、なのでしょう?
「兄様、考えごとの邪魔」
「アンナ奴のことを考える必要などあるまい」
「ですが、何故泣くのか聞いたのは兄様ですわ」
この会話をする時点で、涙こそ溢れていても、私が泣いてないと知った兄様は耳をピピッと揺らしニッと笑う。 獣形態でも、笑われていると言うのは分かるもので、これが、かなり恥ずかしい。
「多分、不特定多数の方と遊んでいるうちは、私だけが特別だと思う事ができたから。 だと、思います……。 他で遊んでいても、私だけがサリオン様の不変であると」
「アイツの特別が良かったと?」
どこかイラっとした様子が声に混ざっていた。
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