前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人

文字の大きさ
上 下
57 / 60

57.新しい生活 01

しおりを挟む
 ドーラが去った後、ラースが足音を忍ばせ部屋へと入ってくる。 シアが眠る布団の横に腰を下ろし胡坐をかき、そっと頬を触れて小さく声をかけた。

「起きているだろう?」

「分かった?」

 シアはチラッと片目だけを開き、笑って見せる。

「そりゃぁ、まぁな」

 今はまだ動かし辛い手でラースに抱き起して欲しいと腕を差し出せば、肩の部分をそっと押さえるようにしながら優しく言うのだ。

「寝てろ」

「なら、もふもふして」

「……」

 ラースとしてはいい加減、モフモフ無しの触れ合いにも発展したいところだが、今は別のモフモフが出張って来るので油断が出来ない。

『ラースが嫌なら俺がもふられよう!!』

 等とポジティブに獣生活をおくっている奴がいる以上、獣化するしかない。 ってか、本当はソロソロ人型になれるだろう……とか思っている。

 不承不承獣姿になれば、ズリズリと身を寄せてくる。

「手、まだ良くならないのか?」

「ん~~、魂の方でやられているから……。 色々と思考錯誤して賢者仲間に回復してもらっているんだけど、こういう経験ってないらしくて難航しているの」

「ふぅん」

 見た目には綺麗に治っているように見え、匂いを嗅ぎラースは腕や手を丁寧に舐め始めた。 クスクスと笑う声があるのだから感覚もあるのだろうと安堵する。

「くすぐったいよ」

「なら、退かしてみるといい。 力は入れてないぞ?」

 指先を口の中に入れて、菓子を転がすように指先を舐めた。 ぴちゃりぴちゃりと舐める指先は、愛情表現の一つである事に気づいてくれているのだろうか? と、笑うシアにラースは心の中で溜息をついた。

「食べ物でも頼んでこようか?」

「別に腹が減っている訳じゃない」

「そう? うわぁ、手がべちゃべちゃだよ」

「悪い。 つい、美味しそうで」

「やっぱり、お腹が空いているんじゃない」

「違うよ」

「ねぇ、最近休めている?」

 手をべちゃべちゃになるまで舐めたのは確かにラースだが、その手を毛皮で拭こうとするから、ラースは飛びのくようにその場を離れて濡れタオルを準備する。

「あ~~、人に戻ってる」

「戻らないと、タオルが絞れないだろう。 ほら、手を出せ」

 腕に手のひらに、指の間まで丁寧にタオルで拭いた。

「こんな事、しなくても……」

 そう遠慮がちにシアが告げるのは、このままいけば……ラースが未来の王だから。

「するさ、何を置いてもなぁ」

 王になりたいかと言えば、別にそんな欲はない。 出来るならジルと旅した先をシアと共に旅をしたいぐらいに思っている。 だけど、シアは好きだ。 シアを手にするためには、王になるしかないと言うなら王になろう。

 ラースがよしよしとシアの髪を撫でれば、それこそシアは猫のように目を細め身を任せてくる。 欲しい……。 誰かに譲れるはずなどない。

「ところで……何をしているんだ?」

 ラースの指を口に含み、ガジガジと甘く噛み、そしてチュッと吸い上げ舌先で舐めてくる。 柔らかい舌がネットリとラースの指に絡みつけば、性的なものが刺激され……ラースは溜息をついた。

「どうしたの」

 ペロリと濡れた指から、唾液を拭いとるように舌を動かす。

「果物でも食べるか?」

「……う~ん、一緒に食べてくれるなら」

「なら、食べようか?」

 膝の上でシアを撫でながら、小さなフォークに刺した果物を口まで運べば、可愛らしい口が開けられ食べ物を放り込み。 ユックリと流れる時間。 シアの口元を濡らす甘い汁をラースは人型のままでペロリと舐めれば、シアはビックリしたように目を大きく見開いた。

「何時も、しているだろう?」

「人の姿では、余りしないわ」

「いや?」

「いやではないけど、変な気分……」

 怯えているのが分かったから、そっと頬すり出来る高さまで持ち上げて、頬同士をすり合わせた。

「子守歌でも、歌うか?」

 そう問いかければ、幼さの混ざる愛らしい微笑みを浮かべ、怯えが……消えた。

「うん」

 切ない男心と言うべきか……溢れる欲情と言うべきか……それを、抑え込むように、シアを喜ばせるためだけに……ラースはもう一度獣の姿を取って歌いだす。

 甘く優しい歌声に、外からよく似たランディの声が絡まってきて、シアは嬉しそうに微笑み、そのままユックリと眠りに落ちて行った。
しおりを挟む
AIイラストを、裏設定付きで『作品のオマケ』へと移動しました。キャラ紹介として、絵も増えています。お暇な方、AIイラストが苦手で無い方は、お立ち寄りくださるとうれしいです。
感想 198

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...