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54.現実と理想
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シアとランディを連れ、王とジルはドロテアを監禁している場に訪れた。
明かりの無い暗い岩場。
獣ではないシアにとって、そこは何処までも続く暗闇。
な、ハズだった。
確かに、その空間は暗闇なのだが、シアにはドーラに憑依しているドロテアの姿ばかりが……その醜い魂と溢れる感情の色だけは良く見えていた。 思いの波動を、感情の揺らめきが高まるたびに、ソレが波紋となって広がりを見せるのだ。
それこそが、ドロテアが使う共感の力を視覚化したもの。
シアは眠っている間、神の作り出した精神の間にいた。
より、魂と言うものを理解し、認識するために。
だから、今のシアにはドロテアの本体が見えていた。
赤く膿んだ発疹。
鎖果てた肌。
キツイ眼光。
ボロボロの黒髪。
そして魂と本体を繋ぐ、薄明りの糸が……。
シアは呼びかける。
「王様」
暗闇を進むためにシアを抱き上げている王の耳元に、シアは背伸びをして囁くように呼び掛けた。
「どうかしましたか? 天使殿」
「今なら、ドロテアの身体が何処にあるか分かります」
この世界には、魂を退治する方法はない。
何しろドロテアはまだ生きているから、あの世に送り込む事も出来ない。 もし、ドーラの中にドロテアを滞在させたまま、ドロテアの肉体が死を迎えたならドーラを追い出し、身体を奪おうとするかもしれない。
分からない。
何もかもが分からない。
だから、怖くて怖くて仕方がない。
ドロテアと言う存在が……。
「いえ、本体はラースとセグ、セリアに任せましょう」
王の一言で、恐怖から逃れる可能性は失われた。
「はい……」
シアは静かに頷く。
獣性は肉体の力であり……共感は思い、感情、精神、魂に頼るもの……。
ドロテアが若く未熟である者に美しく見えるのは、その者達がそのように見たい、その姿を理想としているから。 力をまき散らすドロテアは嘘ばかり……だ、彼女は嘘をまき散らしている!!
目を凝らさなければドーラの姿は見えない事にシアは苛立ち……沈黙を貫く。
王は足元で沈黙を保つランディに声をかけた。
「もしかすると、彼女と語るのは最後になるかもしれない。 伝えたい事があるなら言っておきなさい」
今のランディはドロテアを誰よりも嫌っている。 なら、彼女の共感に身を任せる事はないだろう。 そう信頼したかったから王は会話を進めたのだが、ランディは怖気づいていた。
今のドロテアは、ドロテアをどう思っているか? によってその姿は左右されるのだから……ランディの目には、それこそ地獄に自分を引きずり落とそうとする亡者のように見えていた。
ソレが……ドロテアだと言われれば、ランディは複雑だった。
一歩一歩前に歩き出すランディ。
彼が、側に近寄る頃には、ドロテアの口輪も、目隠しも外されていた。
見守るジルの拳が固く握られていた。
『対話のチャンスを与える必要はない』
そうジルは兄である王に言ったが、
『我々の恨みで、ランディの成長を妨げてはいけないでしょう』
そう告げた……そして王は笑うのだ。
『あの子を、信じましょう』
そう語る王の顔は親としての信頼に満ちると同時に、薄暗い光を僅かながら瞳に宿していた。
小さな一歩をランディが踏み出す。
それは大きな身体にはありえない小ささ。
怯えの大きさ。
王様抱きあげていたシアを床に下ろす。
「ランディ」
「はい」
金色の瞳が分かりやすく不安に満ちていた。 その力と外見に寄らずその心は繊細で壊れやすい。 ランディは自分が気にかけてもらえない人間だと思っていたが、実際は豪胆で前向きで行動力のあるラースよりも、王とジルは余程気にかけていたのだ。
「天使殿は暗闇では歩くのも不自由だ。 その背に乗せていって上げなさい。 天使殿は繊細で壊れやすいから、乱暴に動いてはいけないよ」
そう優しく言った王は、ランディの返事を待つことなく、ドロテアの姿だけはしっかりと見えているシアをランディの背に乗せた。
「わかったよ」
ユックリ、ユックリと歩いているが……その背に、父が天使と頼る存在がいると思えば、守られているような気になった……。
俺の天使様……。
そう思えば、冷えて凍りかけた心がポカポカしてきた。
俺が守らないと!!
「何よ……薄汚い獣が」
ドロテアが口元を歪み静かに罵った。
近寄るのも危険だったため、水は頭から桶でかけ、食事は与えていない。 その姿をシアが見ればドーラがいじめられているとパニックを起こしかねないが……近寄れないし、拘束を外せないのだから仕方がなかった。
「無能の役立たず、オゾマシイ獣が人のふりをして偉そうに、私に説教でもしにきたのか? 糞でオゾマシイ獣の癖に!! 劣等人種、神に見捨てられた存在が!!」
獣に向け罵倒が続けられた。
ドロテアの本性剥き出しの言葉にランディが胸や頭が締め付けられ、独りぼっちにされると言う過去の恐怖に囚われ、心も身体も凍り付く。
小さな手がランディの毛を掴み引っ張られ正気に戻される。
「酷い……」
シアの声が怒りに震えていた。
だけど、その怒りは……ドロテアがランディに向けていた物と違い、支配ではなく解放で、優しくて、心地よくて……また泣きたくなる。
金色の瞳から溢れる涙。
ドロテアの罵倒が止まった。
そして……侮辱を交えた大声で笑いだした。
「あはははっははははっはははっはは、結局、オマエには私が必要なのよ。 ここに居るものを食らい、私を助け、私の手を取りなさい、ランディ」
明かりの無い暗い岩場。
獣ではないシアにとって、そこは何処までも続く暗闇。
な、ハズだった。
確かに、その空間は暗闇なのだが、シアにはドーラに憑依しているドロテアの姿ばかりが……その醜い魂と溢れる感情の色だけは良く見えていた。 思いの波動を、感情の揺らめきが高まるたびに、ソレが波紋となって広がりを見せるのだ。
それこそが、ドロテアが使う共感の力を視覚化したもの。
シアは眠っている間、神の作り出した精神の間にいた。
より、魂と言うものを理解し、認識するために。
だから、今のシアにはドロテアの本体が見えていた。
赤く膿んだ発疹。
鎖果てた肌。
キツイ眼光。
ボロボロの黒髪。
そして魂と本体を繋ぐ、薄明りの糸が……。
シアは呼びかける。
「王様」
暗闇を進むためにシアを抱き上げている王の耳元に、シアは背伸びをして囁くように呼び掛けた。
「どうかしましたか? 天使殿」
「今なら、ドロテアの身体が何処にあるか分かります」
この世界には、魂を退治する方法はない。
何しろドロテアはまだ生きているから、あの世に送り込む事も出来ない。 もし、ドーラの中にドロテアを滞在させたまま、ドロテアの肉体が死を迎えたならドーラを追い出し、身体を奪おうとするかもしれない。
分からない。
何もかもが分からない。
だから、怖くて怖くて仕方がない。
ドロテアと言う存在が……。
「いえ、本体はラースとセグ、セリアに任せましょう」
王の一言で、恐怖から逃れる可能性は失われた。
「はい……」
シアは静かに頷く。
獣性は肉体の力であり……共感は思い、感情、精神、魂に頼るもの……。
ドロテアが若く未熟である者に美しく見えるのは、その者達がそのように見たい、その姿を理想としているから。 力をまき散らすドロテアは嘘ばかり……だ、彼女は嘘をまき散らしている!!
目を凝らさなければドーラの姿は見えない事にシアは苛立ち……沈黙を貫く。
王は足元で沈黙を保つランディに声をかけた。
「もしかすると、彼女と語るのは最後になるかもしれない。 伝えたい事があるなら言っておきなさい」
今のランディはドロテアを誰よりも嫌っている。 なら、彼女の共感に身を任せる事はないだろう。 そう信頼したかったから王は会話を進めたのだが、ランディは怖気づいていた。
今のドロテアは、ドロテアをどう思っているか? によってその姿は左右されるのだから……ランディの目には、それこそ地獄に自分を引きずり落とそうとする亡者のように見えていた。
ソレが……ドロテアだと言われれば、ランディは複雑だった。
一歩一歩前に歩き出すランディ。
彼が、側に近寄る頃には、ドロテアの口輪も、目隠しも外されていた。
見守るジルの拳が固く握られていた。
『対話のチャンスを与える必要はない』
そうジルは兄である王に言ったが、
『我々の恨みで、ランディの成長を妨げてはいけないでしょう』
そう告げた……そして王は笑うのだ。
『あの子を、信じましょう』
そう語る王の顔は親としての信頼に満ちると同時に、薄暗い光を僅かながら瞳に宿していた。
小さな一歩をランディが踏み出す。
それは大きな身体にはありえない小ささ。
怯えの大きさ。
王様抱きあげていたシアを床に下ろす。
「ランディ」
「はい」
金色の瞳が分かりやすく不安に満ちていた。 その力と外見に寄らずその心は繊細で壊れやすい。 ランディは自分が気にかけてもらえない人間だと思っていたが、実際は豪胆で前向きで行動力のあるラースよりも、王とジルは余程気にかけていたのだ。
「天使殿は暗闇では歩くのも不自由だ。 その背に乗せていって上げなさい。 天使殿は繊細で壊れやすいから、乱暴に動いてはいけないよ」
そう優しく言った王は、ランディの返事を待つことなく、ドロテアの姿だけはしっかりと見えているシアをランディの背に乗せた。
「わかったよ」
ユックリ、ユックリと歩いているが……その背に、父が天使と頼る存在がいると思えば、守られているような気になった……。
俺の天使様……。
そう思えば、冷えて凍りかけた心がポカポカしてきた。
俺が守らないと!!
「何よ……薄汚い獣が」
ドロテアが口元を歪み静かに罵った。
近寄るのも危険だったため、水は頭から桶でかけ、食事は与えていない。 その姿をシアが見ればドーラがいじめられているとパニックを起こしかねないが……近寄れないし、拘束を外せないのだから仕方がなかった。
「無能の役立たず、オゾマシイ獣が人のふりをして偉そうに、私に説教でもしにきたのか? 糞でオゾマシイ獣の癖に!! 劣等人種、神に見捨てられた存在が!!」
獣に向け罵倒が続けられた。
ドロテアの本性剥き出しの言葉にランディが胸や頭が締め付けられ、独りぼっちにされると言う過去の恐怖に囚われ、心も身体も凍り付く。
小さな手がランディの毛を掴み引っ張られ正気に戻される。
「酷い……」
シアの声が怒りに震えていた。
だけど、その怒りは……ドロテアがランディに向けていた物と違い、支配ではなく解放で、優しくて、心地よくて……また泣きたくなる。
金色の瞳から溢れる涙。
ドロテアの罵倒が止まった。
そして……侮辱を交えた大声で笑いだした。
「あはははっははははっはははっはは、結局、オマエには私が必要なのよ。 ここに居るものを食らい、私を助け、私の手を取りなさい、ランディ」
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AIイラストを、裏設定付きで『作品のオマケ』へと移動しました。キャラ紹介として、絵も増えています。お暇な方、AIイラストが苦手で無い方は、お立ち寄りくださるとうれしいです。
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