前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人

文字の大きさ
上 下
53 / 60

53.無力だった

しおりを挟む
 生理現象を促す状態異常『睡眠』に使う魔力は決して多い訳ではない。 それでも数と範囲をこなせば負担は大きくなる。

 本当は直ぐにでもドーラに会いに行きたいのに……。

 シアはそう考えていたけれど動けなかった。

 だって……ドロテアは怖い。
 気持ち悪い……。

 勝てないとか、負けそうとか、死とか痛みが怖いとかじゃない。 本当にただ生物として気持ちが悪い……それは生理的な拒絶で、受け入れがたいもの。

 だから怖い。

 元々……何処か気色悪さを感じていた。

 ランディの向こうから、
 私を見る目。
 笑う口元。
 得意げにランディに触れる手。
 ランディを所有物だと見せつける様子。

 当時は、初恋の相手だと思っていたし、シアはランディを自分の夫だと思っていた……時期もあった。 ただ、その名目が与えられ、嫌な物を見せつけられる状況に耐えられてたのは、ドーラが居たから……。

 ドーラが、お姉さんでお母さんで……家族ごっこが繰り広げられていたから。 だから、ドロテアが不快だったけどドーラの妹だと思えば、我慢が出来たし、見ないふりだって出来た。

 そのドーラが犠牲になったのだから……限界だ……。


 早く、ドーラを助けないと……。
 大切な、家族を……。


 王様の部屋でシアは眠っていた。
 アズに頭を撫でられ、優しい歌声で囁かれながら。
 心と身体を少しでも回復するために。



***************



 シアが眠っている間、ランディは王とジルと共に行動していた。

 獣の姿なのに、視界が開けて見える。

 ランディはそう思った。

 人が見える。
 人の声が聞こえる。
 人の匂いが分かる。

 世界に対して強い好奇心を抱いた。

『世界は怖くないよ』

 幼い頃に、自分を置き去りに人として生き始めたラースは幾度となく、そうランディに囁いたがその声は、届く事は無かった。 世界は何時だって怖くて怖くて……だからドロテアを通してしか世界を見ていなかった。

 今ならわかる。

 世界は本当は、怖く等無かった。

 むしろ世界はもろくて弱くて……守らなければいけない存在だったんだ。

 ランディはそう思いながら、忙しそうに人々に指示を出す王と叔父の姿を見て歩いた。 歩きながら、今の状況を聞いて、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分で判断しようとした。

 開けた視界。
 ラースとジルの旅の記憶。

 ソレを知ったランディは思うのだ。

「ドロテアは俺をどうしたかったんだ?」

 常に一緒にいたけれど、ドロテアを理解しようとしたことはない。 ただ、ドロテアだけが世界だったから……ソレに従った。 捨てられれば自分は生きていけないのだと。 戦わない自分に意味がないのだと……。

「さぁな」

 ジルがいい。

「私には……分かりません」

 ランディの父はそう答え、そして付け加えて問いかけた。

「ドロテアはランディと共に居た時は、満足していたと思いますか?」

 原因等、今となってはどうでも良かった。
 既にドロテアは処分する事が決まっていたから。

 ただ……今の状態では、ドロテアはどうする事も出来ない。 それでも、王は父親としてランディの気持ちを知りたかった。

「……何時も、怒っていた」

「ランディは、今もドロテアと共に生きる事を望みますか?」

 もし、ソレがドロテアとランディの共有する望みだと言うなら、2人を遠く目の届かぬ場所に逃がす事も考えていた。 そんな事を考えるほどに、ランディはドロテアに絶対的に服従していたし、ドロテアのためなら王であるジオにも噛みついて来ていたから。

「嫌だ……」

 怯えたようにランディは言う。

 ラースが獣の姿で9年もの間ジルと旅をしていた。 その記憶の一部がランディにもたらされている。 人としての意識がない、獣の本能に支配されたラースの日常。

 それは双子のラースにとって屈辱の日々だと思っていた。

 だけど違った。

 風の匂い。
 草の匂い。
 ジルの歌う歌。
 語る物語。
 行く先々で食べる食べ物の味。

 初恋の相手であるシアは、手に入れる事はできなくても……ラースの日常は充実していた。 空しくはあったけれど、世界は広く、ラースを受け入れていた。 何時だって狭いテントの中にいる事を命じられていた自分と違って。

 獣性の半分をラースに押し付け、自分が得たものを考えれば、過ごしてきた日々を考えれば……ドロテアと共に居たい等とは思えなかった。

 ジルに叱られ、力づくで制圧された記憶。
 ドロテアに怒られ、力づくで抑圧されていた記憶。

 同じようで……何かが違っていた。

 違っていたんだ……。

 何がと言われても良く分からないけれど。 全然違うんだ。

「俺は、もう……イヤだ。 あの生活には戻りたくない」

 怯えた子供のように言えば、王は……ランディの父親はランディを抱きしめ、謝罪した……。

「すまなかった。 もっと早くに救い出してやる事だって……出来たかもしれなかったのに」

 そう言葉にしてみたが、当時のランディはドロテアが全てで、他の誰の言葉も聞かなかった。 どうすれば、ドロテアを退け言葉を届ける事が出来たか? 想像もつかない。 きっと……お互い傷つけあい、ドロテアを殺し憎み合ってまでランディを取り戻す意味を見出す事は出来なかっただろう。

 それでもランディの父は、王である男ジオは謝り、そして……息子を抱きしめた。

 まだ、ランディは……あの時の自分がどうにもならない状況だったなどとは理解できていない。 それでも、幼いやんちゃな子猫だった頃を思い出していた。 自分が愛されている事実を思い出していた。

 だから、ドロテアとの過去いらない、俺は今からこの世界を知るんだ。



***************



 シアが目を覚ませばアズに抱き締められていた。

「あら、起きましたの?」

「うん……。 何か変わった?」

 そう問えば、アズは複雑そうな顔をした。

 セグが言う共感の仕組み。

 それは、人々の持つ感情の中で共感できる部分に働きかけ、その感情を高め、先導する事。 元々、心に存在しないものではなく、本人の意志により持っていた感情。 だから……一度高められた感情は取り去る事は出来ない。

「変わって……そのまま戻っていないわ」

 横になったままアズは言い、シアの髪を撫でた。

 シアとアズと……ドーラの3人で旅をしていた時の思い出のままに、幸福な家族のように過ごした時間と変わらない時を繰り返すように、アズはシアの髪を撫でる。

「良い子ね」

 甘い香りに、シアは甘えた。

 だけど……。

「ドーラを助けたいの」

「そうね……助けないといけないわ。 でも、まずは自分を助けるの。 一緒に溺れる訳にはいかないでしょう」



 結局



 シアが……ランディと共にドーラ……ドロテアと会う事が許されたのは翌日の事だった。 早かったと言えるだろう。

「本当はもっとユックリと休ませてやりたかった。 だが……こんな状態でも、ドロテアは人の不安を煽り、そして人を変えていく……。 助けてくれ……天使殿」

 情けない……何も出来ない自分が、情けないのだと……王様は、声に出さずとも、その表情で声色で呼吸で……その身の全てで語っていた。
しおりを挟む
AIイラストを、裏設定付きで『作品のオマケ』へと移動しました。キャラ紹介として、絵も増えています。お暇な方、AIイラストが苦手で無い方は、お立ち寄りくださるとうれしいです。
感想 198

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...