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44.イチャイチャするだけの夜 01

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「どうして、そんな当たり前の事を聞くんだ?」

 ストレートに言葉にしていない。

 だけど月夜に光る緑の目は薄く細くなり……責めているようだった。 だからと言う訳ではないけれど、シアはどうしても疑いを排除できない自分に居心地の悪さを感じてしまい、落ち着かない心のままに……ラースの毛並みに触れて顔を埋める。

 もふもふもふもふ。

 撫でて、握って、指先に絡めて……心地よい温もりを堪能すれば、ラースの口から溜息が漏れ出ていた。

 呆れられたかと思って、慌てて返事をしなければとラースの顔を見れば、どこか憂鬱そうな、いえ、甘い切なさを混じった瞳のように見え、恥ずかしくなってしまう。

 だからシアはラースの毛並みに顔を埋め、そして抱きしめたままユックリとその大きく逞しい身体を撫でて……色々と溢れ出る感情を、押さえようとしたのだ。

 気分を、思考を反らす?
 そんな感じにしたかった。

 やがて、ラースはシアの肩に顎を乗せてもう一度溜息をついた。

「ラースだって、好きって言って欲しがるでしょ。 おかしな事ではないわ」

「それはそうだが、ずっと不安そうにしているじゃないか」

 ぐりぐりと頬を強く摺り寄せてくるラースの耳に、シアはフゥッと息を吹き付ける。 耳と尻尾が立ち、毛並みがザワリと逆立った。

 そのラース反応に、シアは驚き目をまん丸にして笑いだす。

「このぉ、人が本気で心配していれば!!」

 怒っているかのような言葉だが、その言葉は甘く柔らかくラースは肉球でシアの額をぷにぷにと触りだす。 シアは子供のように笑いながら、大きく息を吸い、そして頬を膨らませたのを見て、ラースは慌てて耳を伏せた。

 ふぅっと、空気が抜けるようにシアは息を吐き、笑いながら問いかける。

「ダメ?」

「可愛く言ってもダメだ」

 ペロリとラースがシアの唇を舐めてくる。
 とても人に慣れている獣のようにしか思えなくて……。

 キス……なのかなぁ……。

 そんな事すら、不安に思えてしまうのだ。

「また、変な顔になっている。 口づけはいやか?」

 そう言いながらも、黒い獣はザラリとした舌先で、唇を舐めてくる。

「これは、キス?」

 私もしてもいいのかな? と、戸惑いシアは鼻と鼻をくっつけた。 チュッと薄い獣の唇が触れてくる。

「……いや、舐めているだけなのか?」

 なら同じように真似て確かめようとシアは思い、口づけてみれば……もふっとした毛並みに口元が邪魔され届かない。 舌先で、唇を探すように触れてみれば、ラースはザラリとした舌先を出してシアを誘ってきた。

 唇の代わりに舌先をなめ合う。

 なんだか変な感じで、体温が少しずつあがってくる。

「コレは愛情?」

 シアが聞けば、ラースは穏やかに返した。

「愛情だよ」

 獣の顔が静かに笑うから、誠実でなければいけないとシアは思い……戸惑ってしまう。

「あのね……」

「うん」

「ドロテアと見つめあって……その……どんな気分だったのかなぁ……って」

「……」

 獣なのに眉間に皺をよせ、口元が歪み牙がはみ出ているのを見れば、それが余り良い気分ではないのは想像できる。

「一体、何を心配してるんだよ!!」

 ガウッと、シアの身体が押し倒されるが、頭をぶつけては大変だと思ったのだろう、器用にラースはシアの頭の下に腕を放り込んだ。

「えっ……っと」

 シアの戸惑いにラースが強く言う。

「好きだ」

 強い獣の視線にシアはためらった。

「ぅ、うん」

「愛している」

「あ、ありがとう……私も、ラースが好きだよ」

 誤魔化すように明るく言ったが、顔を触れるか触れないかの距離まで寄せたラースは言うのだ。

「だけど、分かってないよな?」

「違う!! その、好きだから……心配になると言うか……」

 もふっと身体が温かな物に包まれたと言うか……体重をかける事無くラースはシアの身体に覆いかぶさった。

「王族は伊達にその血統を重視される訳じゃないんだ。 そんな心配は要らない。 嫌悪しかないから安心しろ」

「そっか……教えてくれて、ありがとう」

 とは言え、冷静になって見れば……シアは思う訳だ。

 この体勢やばくないかなぁ?

 今の態勢を人間で想像してみたら……なんだかエッチな気がした訳で……。 シアは現状を脱却するために、そっとラースの背中……腰のあたりに手を伸ばそうと必死になるが、なかなか位置が悪い。 なら、一度胸元に顔を埋めてとか……必死にやっていれば、ラースは何しているんだろうと状況を見守ってくれていた。

 わしわしわしわし、

「なおおおんなごなごなごなごなご、って、やめぇ!! オマエは、人が真剣に話している時に何をし始めるかと思えば」

 飛びのくラース。
 そして、シアも慌てて起き上がって距離を取る。

「何、逃げているんだよ」

「ら、ラースだって逃げているでしょう!」

「そりゃぁ、誰かが破廉恥な事をするからだろう」

「は、破廉恥なの!?」

「いや、そうだなぁ……コレは、むしろ誘われているって感じかぁ?」

 ラースは獣の姿のままでジリジリと寄ってくる。 目が口元がニヤリとしている……そんな気がする。

「ぇ、でも腰だよ? 腰?」

「腰なら良いって理屈なら! シアの腰も触らせろ!! いや、そうだな……舐めさせるぐらいで対等か?」

「ちょ、ソレは大きく違うわ!!」

「だって俺、今、手がコレだし? 俺にとっては口も手も一緒だ。 さぁ、背中を出せ」

「破廉恥だと言いながら、あえてそれをしようと?!」

「あぁ、煽ったシアが悪い」

 散々脅しながらもラースはシアの唇に軽く触れるだけのキスをするだけで、本気ではないとその優しく触れる毛並みと唇が伝えてくる。

「えっと、ごめんなさい!!」

「あのなぁ……このタイミングで御免なさいは、とても失礼だぞ?」

 そう言い終えたラースは、シアの首根っこを掴むように服を加えて引きずり布団へと連れて行く。

「よし、寝ろ」

「ぇっ」

 このタイミングで言われれば、やっぱりそう言う事を想像する訳で……。

「病気は嫌かな」

 誤魔化すように言えば、べしッと肉球が額にあたり布団の上に倒された。

「あのなぁ、つい最近まで人の姿すらとってなかった俺が、誰と遊ぶって言うんだ!!」

「で、でも……ぁ、その」

「はいはい、次は何ですかお姫様」

 拗ねたような、不貞腐れたような声でラースは応じる。

「ラースって、婚約者は?」

 王族であれば幼少期に世話役の異性が決められ、最も相性が良いものが婚約者となる。 ドロテアはランディの世話役ではあったけれど婚約者ではなかったとは言え、それがラースの婚約者不在になるとは思えない。

「……シア……」

「はい」

「結婚しようか?」

「へっ?!」

 驚いてビクッと身体が緊張する訳で、

「な、何ソレ……婚約者がいるのに? そう言うの言うの?」

「いや、居たら、解消してから言うわ!! ってかなぁ、人の姿に戻れたのはシアがいたおかげだ。 誰が獣と婚約するって言うんだ」

「だ、だって、ラースは獣姿でもカッコカワイイし……」

「よし、本気でそう思っているなら結婚しろ」

「ちょ、っと、急すぎる!!」

「恰好いいんだろう? 嫉妬する程俺が好きなんだろう? 婚約だけでもいい。 明日にでも腕輪を買おう」

「で、も、婚約者は?」

「今の流れで言って、どうしていると思うんだ……」

「候補者の人くらいは居ますよね。 人の姿になったなら……って、言ったりしません?」

「俺が拒否していたから居ない」

「それは?」

「うん、わかったから、落ち着いて横になって寝る準備をしろ」

「うん……」

 ラースの横に一緒に転がり、その毛並みに手を伸ばし撫でていれば、指先から伝わる温もりと、ぐるぐるとなる振動に眠くなって……きて……。

 あれ、何の話をしようとしていたかしら?

 シアは眠気の中、そんな事を考えるのだった。
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