前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人

文字の大きさ
上 下
19 / 60

19.無邪気を偽る三男の婚約者は憂鬱

しおりを挟む
 セグは兄弟と婚約者+αを背に王城を歩いていた。
 セグ以外の5人は、無言で先頭を行くセグの後を歩いていた。

 気まずい……。

 セリアはそう思った。

 セグは、兄2人の部屋を強引にこじ開けている。
 結果として、長兄であるヴィズとアズがベッドで半裸になっている所に出くわしながらも、2人を笑顔で誘ったのだ。

『街の見学に行きましょう!!』

 気まずい……。

 気まずさから最後尾のそのまた2m後ろを歩いていたのだけど、いつの間にかアズ義姉様が横を歩いていた。 いつもヴィズ様の横にいらっしゃる方が私の横を歩いているのだ。

 気まずくないはずがない……。

 それでも、チラリと伺うようにアズ義姉様を見れば、にっこりと笑みを向けられ声に出さずに義姉様は言ったのだ。

 ありがとう。

 それは、合意の無い行為だったと……何となく気づいていたけど、知りたくなかった事実を突きつけられた訳で……。

 気まずい……。

 本当、後でセグを叱っておかないと……。



 ギルモア一族の王族、貴族に女児が生まれた場合、一族に代々受け継がれる占い師の家系の長が、妃への適正をはかり、王子妃教育を受けさせる。

 アズ義姉様を見る限りソレは戦闘力が判断材料ではないですよね……。

 王子が3歳になる頃。 一定の教育を受けた女児達は、王子の友達兼世話係の役割を負う。 そして、日々の様子から婚約者候補を絞り、最終選考の時点で3名が残され、最も相性の良い者を、愛し合う者を、補いあう者を、婚約者として迎えるのだ。

 だから、私はセグを叱る権利を持っている。

 チラリとセリアはアズの表情を覗き見た……義姉様は……逆らわなかったのでしょうか?

「どうか、なさいました?」

「ぇ、あ……その先日頂いたお茶が美味しくて、また欲しいなぁ~って」

「……そうですか、お口にあったようで良かったですわ。 後で私の部屋に寄って下さいます? お茶をお分けしますわ」

 私は墓穴を掘った事を後悔しながら、見えない涙を流しながら返事をするのだ。

「はいぃい」

 返事の際にアズ義姉様から視線をそらした結果、ドロテアと視線があったセリアは苦笑いと共に頭を下げた。



 苦手だ……。 いっそ、嫌いと言ってしまってもいい。





 戦場でのセリアの立場は、セグの婚約者ではなく、セグ王子の付き人であり、そういう意味ではドロテアは先輩にあたる。 それも戦場でのドロテアは人気で姫将軍とまで呼ばれているから……戦場においては、誰もがドロテアを上として扱ってくる。

 強くないのに……。
 背中を守ると言いながらランディ様に守られているのに。



『なぜ、あんなに弱いのに誰も指摘しないんですか?』

 セリアはセグにそう聞けば、クスクスと意地悪い笑いと共にこう言われた。

『知らないの? そう、なら、教えてあげるよ』

 その日の晩セリアが連れていかれた先は、戦場で発言権を持つ男性複数名を相手に夜を共にしているドロテアの姿だった。

 汗に濡れる褐色の肌。
 妖美に蠢く身体は、舞を舞っているかのように艶やか。
 ハスキーな声が淫猥を纏い、男を煽り誘うように喘ぐ。

 思わず見惚れてしまった。

 その瞬間、ドロテアは私を見てニタリと笑い……その日から私達の関係は変わった。

 王子の婚約者と、王子の付き人。 その立場の違いは本来は明らかなのだが、セリアの方が若くとも公私共にドロテアは自分を上として対応し始めた。

 ジリジリと忍び寄り、意識に浸透してくるかのような……視線、声、そして……触れる手。 いつの間にか、セリアにとってドロテアは恐怖の対象となっていた。

 嫌い……だなぁ……。

 一時はドロテアが向けてくる視線に恐慌状態に陥り、セグに八つ当たりした事もあった。

『私になんてものを見せたのよ!!』
『なんで、セグは平気なのよ!!』

 以下、殴る蹴る……セグの方が強くてケガがしないのは幸いだった。

 そしてソレに対するセグの答えは、

『セリア、君が彼女よりも自分が下だって認めたから問題なんだよ。 放っておけば基本的に何もしない、何もできないんだから。 だって……彼女はとても弱いんだからさ。 そして君は僕の婚約者と言う立場がある。 なら第三者が君を害する事はない。 余程狂った相手なら別だけど……基本的には放っておけばいいんだよ。 怯えるから調子に乗るんだ』

 ドロテアのアレは狂っていると言わないのだろうか?

 そう問えば、セグは困った風に笑いながら誤魔化していた。





 今も、先を歩くドロテアは、時々気遣うようにアズ義姉様に声をかけながら、怯える私を楽しむように見下したように視線を向けてくる。 特に今日は酷い……。

 あぁ~、本当に、嫌っ!!

 いたたまれない気分でいる私を無視してセグは、にこやかに笑いながらこんな事を言いだしたのだから、本当に勘弁して欲しい。

 後で絶対殴る!!

 自分に甘い婚約者セグには強気のセリアだった。



 場を先導するかのように歩くセグは、自分より頭一つ以上背の高い兄達がついて来ているのを気配で察知しながら、歩き……そして兄達を背にしたまま話し出した。

「ヴィズ兄さん、幾らアズ義姉さんが好きだからって昼間から感心しませんね。 僕たちは一応王子と言う立場なんですから」

「王位継承権もない者など、王子と呼べるか!」

「王の子だから、王子は王子でしょう。 それと、僕が言いたいのは、ソコではなく……女性に乱暴を働くのは良く無いと言う事ですよ。 折角曖昧に言ったのですから、察してくれないと」

「察してやらないとどうなると言うんだ。 今の俺には何もないと言うのに」

「父上に言いつけますよ」

 ニッコリと微笑むセグだった。

「セグ殿下、他力本願でそこまで偉ぶるのはどうなのでしょうか? ヴィズ様は先日の王の決断で深く傷ついていらっしゃると言うのに……王に何もかも奪われ、尊厳を傷つけられ……お可哀そうに……」

 そう告げるのはドロテアでヴィズ様を振り返るでもないのに上手に涙を浮かべていた。 それを見たセリアの心臓はバクバクと早まって行く。

「傷ついているからって、人を傷つけて良いものではないと思いますよ? 何より、その言動で大切な人に嫌われる可能性だってあるのですから、むしろ僕はヴィズ兄さんにとっての救世主だと言っても良いと思うんですよ? 今後食事を1品僕に譲り続けるぐらいしてもいいぐらいの価値はあると思いますよ?」

「人生の先輩として、身分を超えて言わせて頂くなら。 セグ様……痛みを無視した発言は、嫌われますよ」

「ランディ兄さん」

「ぇ、あっ、な、んだ?」

「ヴィズ兄さんがアズ義姉様を傷つける傷と、僕がヴィズ兄さんの傷を抉るのと違いはあるのでしょうか?」

「……」

 ランディの視線はドロテアに一瞬向けた。

「あら、ランディに聞くなんてセグ様は意外と……。 彼は私の意見に同意だと言うはずよ。 だって、私は彼が3歳になる頃から一緒にいたんだから、私達はあらゆる価値観を共有しているのですから。 意見を聞くだけ無駄ですわ」

「へぇ……」

 初めて後ろを振り返ったセグは、にっこりと微笑みながら僅かに唇を動かしていた。



 婚約者候補にもなれなかった癖に
しおりを挟む
AIイラストを、裏設定付きで『作品のオマケ』へと移動しました。キャラ紹介として、絵も増えています。お暇な方、AIイラストが苦手で無い方は、お立ち寄りくださるとうれしいです。
感想 198

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...