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19.原動力は秘めたる恋慕

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「返事をお願いできますか?」

 使者は腰を抜かしつつ涙と鼻水を流しながらも職務を全うしようと、シルフィに這い寄り声をかける。

「ぇ、あ、あぁ、こ、こんなの!! 何を書けっていうのよ!! 何よ正直に今の気持ちを書けばいいわけ、それでいいわよね!!」

 ヒステリックにシルフィは感情のままに叫び、それに精霊が呼応するれば大地が揺れ、竜巻が起こる。 そして、生首が詰め込まれているだろう荷台から青い炎を巻き上げ燃え上がった。

 命じたのではない。 シルフィの慟哭を不快と感じ精霊が処理したのだ。

「アナタが、拒絶をしたならコレを渡すように言付かりました」

 綺麗な便箋に、わざわざ封蝋まで行われた2通目。 ソレを手で乱雑に開けば、1枚のメッセージカードが入っていた。 そこに書かれていたのは人の名前。

 モルタ、そして彼女の指示で動いていた侍女達。 行きつけのカフェの娘、お気に入りのアクセサリー作家、美しい花を咲かせる精霊に愛された夫婦、私が王都に訪れてから懇意にしたものの名前が、シルフィ自身すら忘れていた人々の名前が書かれていた。

 何が言いたいのか、余計な言葉がなくとも分かる。 アパテが私を見ていたように、アパテが常に私の側にいたように、私もまたアパテの側で彼女を見続けていた。

 望みの者が与えられないなら、殺す……いえ、そんな簡単な感情ではない。 私が好意を持った者達を快楽の矛先に使うと言うもの。 ソレは私の知る彼女にとっての最大の快楽で幸福。



 今のアパテには、執着と愛の境界が存在していない。 シルフィの周囲を排除すること、ソレはアパテにとって合理的で理にかなっていた。 全てを奪ってしまえば、自分しかいなくなる。 シルフィの中に存在するのには、自分しかいなくなる。 ならば自分の側にいるしかないじゃないか。 アパテの執着は、日増しに強くなり、シルフィを思うときだけが彼女の快楽となっている事を、シルフィが知るはずもなかった。



「どうしろっていうのよ!!」

 シルフィの心からの悲鳴に、ロトと熊が駆け付ける。

「お嬢様、彼女はここにはいません」

 熊には何が起こったか理解できないようであったが、ロトには理解できた。 燃える馬車と転がる首。 長く執事見習いとしてシルフィを見守っていた。 シルフィを見ていたアパテを、シルフィを守るために見ていたロトには、何が起こったのか想像できてしまった。

 ロトはシルフィを抱きしめる。

「落ち着いてくださいお嬢様」

 錯乱するシルフィに、使者は必死に懇願する。

「返事を、返事をお願いします!! 返事を持って帰らなければ」

「何を、どう書けっていうのよ!! どうすれば、愛情のこもった言葉をかけると言うのよ!! 何を書いても、彼女は殺す、殺すのよ!!」

「そんなこと!! 僕には関係ない!! 僕を巻き込まないでください! 僕にだって大切な人がいるんですからぁああ」

「あ~~~、よくわからんが落ち着け」

 ぽむっと熊が使者の肩を叩けば、使者は再び悲鳴を上げそして……気を失った。



 ロトは、幼子をあやすように抱きしめ、その背を撫でる。 シルフィを見てきたアパテが同性でありながらも執着し恋心を感じたなら。 使命を受けずっと見守ってきたロトにも、思う気持ちはあった。

 ただ、今のシルフィは余りにも人を嫌い、人に怯え過ぎている。 そして、ソレを促した責任はロトにもあった。 熊を理由に側にいる理由を作った。 ソレでいい。 ただ側に居ればいい。 この子の役に立つならソレでいい。

 抱きしめ、その背を撫で、額や目頭、頬に口づける。

「大丈夫、大丈夫です。 私が側にいます。 私が何とかしましょう。 私はアナタのものですから」

「い(らない)」

 そう声にだそうとシルフィはしたが、ロトの顔が余りにも真剣だったから、声に出来なかった。 泣いた。 とにかく感情を発散するかのようにシルフィは泣き続けた。





 ロトは泣きじゃくるシルフィを抱き上げ、応接室へと向かう。

「変わろうか? 重いだろ?」

 デリカシー皆無に熊が言えば、シルフィは泣きながら熊を蹴飛ばす。 応接室でもう一度泣いて泣いて、目が痛くなるほど泣いて疲れる頃に、レピオスはミルクと蜂蜜をタップリ入れた甘ったるい紅茶を持ってきた。

 それに口をつけ、甘すぎると文句を言うシルフィに人々は安堵する。

「それで手紙はどうするんだ?」

 ロトやレピオスが遠慮し言葉にしなかった事を、熊が問いかければ、ロトが慌てた様子でシルフィに代わって返事をする。

「問題はありませんよ。 嘘をつかずに、向こうが愛の言葉と誤解するように書けば良いだけですよ。 そういうのお嬢様は得意じゃないですか」

 ロトの言葉に、私は拳を握りボスボスとお腹を殴る。 手がなんだか痛い気もするけれど、ボスボスっと続ける。

「顔が赤いぞ?」

 こういう事をいうのは熊。

「な、んで、私の手紙をしっているのよぉおおおおおお!!」

「まぁ……私がお嬢様のものとなったのは、ペサラ侯爵家を首になった後ですので、それ以前は侯爵家で執事見習いとして、ご家族の方の命令に従っていた訳ですから、まぁ……目にする機会もあった訳ですよ」

 ロトは、遠まわしにアパテのせいにした。

 本当は、気になったからという安易な理由をロトは口にしない。 毒のような国に王都に、侯爵家に染まらぬ娘が、どんな恋をするのかと、気になったから……。 そんな真実は隠し、あえてシルフィを怒らせながらもロトは助言をするのだ。

 シルフィは、顔を赤くしながら……昔を思い出す。

 好きというのは恥ずかしく、舞い落ちる花びらが2枚踊る様に例えた事もあった。 会いたいと言葉にすることが出来ず、風や鳥をうらやむ言葉に変えた。 共に美しい月が見たいと、月夜に美しい音色を奏でる虫の合唱に例えた。

 もし、その手紙がエルメル殿下の元に届けられたとしても、エルメル殿下は意味を理解せず、シルフィを頭のオカシイ娘と言っただろう。

 ソレを理解していたアパテは、比喩的な愛の言葉を分かりやすく変えていた。 踊る花びらの語りは、アナタと手を取り合って踊りたいと変え。 風や鳥に例え会いに行きたいを、ストレートにアナタに会いに行ってもよろしいですか? となおす。 月夜に奏でる虫の合唱を語るより、楽師を招いたので月の夜に楽しみましょうと誘いをかける。

 エルメルには心籠った複雑な愛の言葉よりも、ストレートな愛の言葉が意味を成す。 たとえ、ソレが嘘偽りだったとしても、理解できないものよりも心惹かれると言うものだ。

 だけど、ロトはソレをシルフィに伝える気など無かった。 もう過去の出来事だからというのではなく、シルフィの遠まわしな愛情は、自分が理解出来ればいいと思ったから。

 それでいい……いや、エルメル殿下には理解できずによかった。 恋にならず幸いだった。 恋慕を自覚したロトは昔以上に強くそう思っていた。
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