上 下
8 / 22

07.色々都合が悪いが、第三王子は欲を優先するらしい

しおりを挟む
 満足そうに人型をしたドラゴンが、ディルク・クラインの身体に身を寄せる。

 幻獣の幼体は、生まれてシバラクは魔力の塊でしかない。 明確な自我を持たず曖昧な存在の中で、魔力を与え自分を保護してくれる者を模倣することで、幻獣はようやく幻獣となる。

 そのため人に育てられた幻獣の意識は、獣よりも人に近しい。



 コレが稀少である竜の幼体だから、そう言えばソレまでなのだが、何もかもが規格外である。

 ロイスは厳しい視線で竜の娘を眺める。

「余りじろじろと見るなよ」

 皮肉気な笑みを浮かべディルクがロイスに言う。

「ソレは、本当に竜種なのですか?」

 竜種は自然現象に近く、生体ともなれば気象すら操ることができるのだが、目の前の人の姿を成している幻獣が持つ魔力は、中級レベルの幼体にすら及ばない程度の魔力量であり、幼体を魔力素材として欲する魔導士ですら興味を持たないレベルの個体なのだ。

 ようするに、現状何の役にも立たないと言うことだ。

「なんだ、オマエは王位につきたいのか? だが、、この国は竜を所有しようと王位継承には影響を与えないぞ」

 カラカウようにディルクは笑いながら言う。

 ロイスの母は現国王の妹であり、長く王家に仕え国に貢献してきたマクレガン侯爵家の長子であることから、庶民の子であるディルクよりも継承順位が上とされている。

「そういう事を言っているのではありません!! ソレを懐に抱え込むことで、起こりうる騒動を想定できない訳ありませんよね?」

「大声を出すな煩い。 寝た子が起きる」

 心の底から面倒そうに言われ、ロイスは溜息をついた。

「王位には興味がなかったのではございませんか?」

「古い奴だな。 今の王家は竜国としての尊厳や決まりは存在していない。 オマエの方が王位に近い事を忘れたのか?」

 30年前のこの国であれば、始祖と同じ髪色を持ち、その身を覆う魔力鎧である竜鱗を持ち生まれたディルクは王位継承権1位となるはずだった。 例え彼の母が食堂で給仕をしているような娘であってもだ。

 だが、この国は変わった。

 古い人間たちは、こう告げる。

『全ては聖国から招いた妃が原因だ』

 現国王が聖国から第二王妃を娶ったのは、西方にある聖国から戦に強いクライン王国の保護下に入りたいと乞われたのが始まりだったという。

 当初は、自ら属国となりたいと言う申し出だったが、現国王は聖国で取れる豊かな作物に価値を見出し、同盟を結ぶにおさめた。 そして聖国は、同盟の証として美しい姫君をクライン国国王のものとして送り出し、国王はその姫君を正妃として迎え入れる。

 それからクライン王国は少しずつ、気付かないうちに変化していったのだと言う。

 最も大きな変化と言えば、信仰対象が竜から聖女へととってかわった事だろうか? その影響として本来王位を得るはずだったディルクは、庶子の子であるとされ王位継承権者の末に名を連ねているに過ぎない。

 本人はその立場になんら不満はなく、気楽に過ごしているのだが……未だ竜信仰は途絶えきっておらず、かつての栄光を取り戻そうと陰ながら暗躍を行うものも存在している。

「未だ殿下が王位につくべきだと言うものは少なくはありません。 もし、アナタがソレを望むなら、多くの者が武器を手に取り玉座をアナタに捧げようとするでしょう」

「余計なお世話と言うやつだ。 俺は幻獣たちと気楽に過ごしたいだけだというのに」

 ここは一応騎士団の宿舎であり、ディルクは多くの騎士を部下に持つ団長なのだがとロイスは苦笑する。

「ですが、民は彼女を見れば、アナタが王位を求めていると希望を見出すでしょう」

「だろうな」

 穏やかな表情、優しい口調でディルクは返せば、ロイスは表情を歪めた。 時折、ロイスにも分からなくなるのだ。 自らが主として定めたディルクを守りたいのか、それとも竜国として栄えた頃の尊厳を取り戻したいのか。

「それに、その子は……あり得ない」

「ここにあるのにか?」

「冗談を言っている訳ではありません!」

「だから、声を荒げるなと言っている。 オマエの言わんとすることはわからんでもない」

 ディルクは溜息をつきながら、視線をロイスに向けた。

 幼体の幻獣は魔力の塊でしかないのだから自我など存在しない。 だが、竜の娘には存在しないはずの自我が存在している。 これは『人を殺してはいけない』等の人としてのルールを押し付ける事が難しいと言う事を意味しており、躾に時間を要するだろうとロイスは言いたいのだ。

「だが……考えて見ろ。 言葉の通じぬ獣を国の上に置きながら、腕の中で大人しく眠る愛らしい獣に怯える必要がどこにある。 それとも俺の腹心の部下はそこまで臆病者なのか?」

「えぇ、臆病にもなりますよ。 その娘の姿は王国の始祖の特徴そのものです……。 王位を取る覚悟があるというなら役にも立つでしょうが、そうでないなら……彼女はアナタの平穏を脅かす材料にしかならないでしょう」

 心地よさそうに主の腕の中に納まり、ふわふわの翼と、美しい鱗を持つ尾をゆらゆら揺らす竜の娘を愛おしそうに抱きしめ、羽の1枚、鱗の1枚、まで愛おしいとばかりに指先でウットリとしながら撫でている主に厳しい視線を向けてロイスはつめ寄れば、ディルクはニヤリと笑って見せる。

「オマエが、俺を守ってくれるのだろう」



 ロイスは、驚きと呆れの混ざった表情を露わにした。

 そして声に出して笑う。

 私はこの主には勝てないのだろう。

 そして、ロイスは新たに誓う。

 我が王よ……。 アナタが望まれるなら、私はアナタのささやかな望みにして、困難な望みを叶えるよう尽力いたしましょう。

 誓いながらも溜息を1つついて、ロイスは苦笑交じりに話しかける。

「彼女のための洋服を作らせましょう」

 ディルクは穏やかに、だが……強い声と思いで言葉を紡ぐ。

「頼む」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

悪役令嬢はオッサンフェチ。

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
 侯爵令嬢であるクラリッサは、よく読んでいた小説で悪役令嬢であった前世を突然思い出す。  何故自分がクラリッサになったかどうかは今はどうでも良い。  ただ婚約者であるキース王子は、いわゆる細身の優男系美男子であり、万人受けするかも知れないが正直自分の好みではない。  ヒロイン的立場である伯爵令嬢アンナリリーが王子と結ばれるため、私がいじめて婚約破棄されるのは全く問題もないのだが、意地悪するのも気分が悪いし、家から追い出されるのは困るのだ。  だって私が好きなのは執事のヒューバートなのだから。  それならさっさと婚約破棄して貰おう、どうせ二人が結ばれるなら、揉め事もなく王子がバカを晒すこともなく、早い方が良いものね。私はヒューバートを落とすことに全力を尽くせるし。  ……というところから始まるラブコメです。  悪役令嬢といいつつも小説の設定だけで、計算高いですが悪さもしませんしざまあもありません。単にオッサン好きな令嬢が、防御力高めなマッチョ系執事を落とすためにあれこれ頑張るというシンプルなお話です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】その令嬢は、鬼神と呼ばれて微笑んだ

やまぐちこはる
恋愛
マリエンザ・ムリエルガ辺境伯令嬢は王命により結ばれた婚約者ツィータードに恋い焦がれるあまり、言いたいこともろくに言えず、おどおどと顔色を伺ってしまうほど。ある時、愛してやまない婚約者が別の令嬢といる姿を見、ふたりに親密な噂があると耳にしたことで深く傷ついて領地へと逃げ戻る。しかし家族と、幼少から彼女を見守る使用人たちに迎えられ、心が落ち着いてくると本来の自分らしさを取り戻していった。それは自信に溢れ、辺境伯家ならではの強さを持つ、令嬢としては規格外の姿。 素顔のマリエンザを見たツィータードとは関係が変わっていくが、ツィータードに想いを寄せ、侯爵夫人を夢みる男爵令嬢が稚拙な策を企てる。 ※2022/3/20マリエンザの父の名を混同しており、訂正致しました。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 本編は37話で完結、毎日8時更新です。 お楽しみいただけたらうれしいです。 よろしくお願いいたします。

離縁希望の側室と王の寵愛

イセヤ レキ
恋愛
辺境伯の娘であるサマリナは、一度も会った事のない国王から求婚され、側室に召し上げられた。 国民は、正室のいない国王は側室を愛しているのだとシンデレラストーリーを噂するが、実際の扱われ方は酷いものである。 いつか離縁してくれるに違いない、と願いながらサマリナは暇な後宮生活を、唯一相手になってくれる守護騎士の幼なじみと過ごすのだが──? ※ストーリー構成上、ヒーロー以外との絡みあります。 シリアス/ ほのぼの /幼なじみ /ヒロインが男前/ 一途/ 騎士/ 王/ ハッピーエンド/ ヒーロー以外との絡み

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

処理中です...