呪われた狼皇子と出来損ないの侯爵令嬢

迷い人

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 侯爵家の娘、アイシャ・アシュリーは出来損ない。
 そんな噂が広まったのは、生後3日を迎えた頃。

 犯人は、彼女の5つ年上の兄様である。

 白い肌、銀色の髪、銀色の瞳はなんか弱そう。 父に似て黒髪、黒瞳、外で遊び過ぎて日焼けした兄とは全然違っていたから、そう思ったとか。 ふにゃふにゃした身体が壊れそうで怖くて抱っこが出来ないとか、殆ど泣かずに周囲に心配されたとか、乳も上手に吸えなかったとか、覚えたての単語を使ったとか、弱々しくてコレは不完全な生き物に違い無いと思ったとか、色々理由と言うか言い訳をしていた。

 言い訳するほどに自分の言動が間違いであると理解したころには、兄様は立派なシスコンになっており、行き過ぎた過保護のおかげで、貴族であれば誰でも入学する学園にも入らせてもらえない始末。

「アイシャのことが心配で心配で、外出は控えてもらえますか?」

 疑問形ではありますが、声色や視線は真剣です。

「お嬢様が大切なのですよ」
「お嬢様が可愛くて仕方がないのですよ」

 そう両親や使用人達はフォローをする。

 流石に学園の入学を阻止されたときは、落ち込んだけれど。 このまま嫁ぎ先が決まらなければ、兄様の婚約者には申し訳ないけれど、一生面倒を見て頂きましょうと開き直った。

 とはいえ、世間は私の開き直りを知る訳はなく、社交界デビューはとっくに終えているはずなのに、未だ茶会の1つにも出席した事のない私に興味津々だと言う話だ。

 挙句、そこまで必死に隠すのだから、余程酷い外見なのだろうと屋敷への不法侵入者まで出てきた。 これでは、散歩も出来なければ、木陰の読書もできやしない。 気づけば兄の強制なくともシッカリ引きこもりになっていた。 

「アイシャ、流石にコレでは身体に悪い。 しばらく別荘で過ごしませんか?」

「構いませんが? 如何なさいました?」

 身体に悪いと言うだけで、馬車で数日の距離を離れる兄様とは思えません。

「侯爵家と言う地位にありながら、茶会の一つも開かず、周囲への配慮が足りないのでは? 等と言う声が多くてな」

「お兄様、別荘で大人しくしておりますので、欲しかった本を買っていただけますか?」

 少し甘えるように言えば2つ返事でOKがもらえ、私はいそいそと闇夜に隠れ別荘に向かったのだ。 向かう別荘は、王族が所有する別荘地の直ぐそばで、近寄る事を禁じられている地だと言われている。 うちの別荘はギリギリ規制地区の範囲外にあるらしく、散歩の際はくれぐれも気を付けるようにと兄から注意を受けている。

 とはいえ、そんな規制があるのだから人目を気にする必要は一切ない訳で、私は侍女を伴うこともなく、バックの中にランチとオヤツと飲み物と本とナイフ、そしてコッソリと頂戴してきたハム1本を持って散歩に出かけた。

「どこに行こうかしら? 何処までいこうかしら?」

 なんて張り切ったものの、バックの中身が重すぎて、屋敷から10分ほど歩いた先で大きな木に背中を預けて座り込む。

「はぁ……これでは、お兄さまに出来損ないと言われても仕方がありませんわ」

 今となっては、そこが可愛いんだよ。 なんて言葉を麗しい顔で言ってのける兄様ですが、ソレは単なる身内贔屓だと言う自覚もあるので調子に乗ったりはいたしません。

「せめて、湖を近くで見たかったのに」

 はぁ……と、溜息をつき、瞳を閉ざし、膝を抱いて、落ち込みタイム。 そして数分後に顔をあげれば、目の前に兄様も顔負けの真っ黒な毛並みの大きな狼が座っていた。

 私は大きく息を吸い悲鳴の準備をすれば、もっふもふの胸毛を押し当てられ悲鳴を封じられてしまった。 すっごいもふもふで温かくてついつい抱き着いてしまう。

 はしたない? はしたないかしら?

「わふっ」

 私の行動に狼の方が驚き、身を引こうとしたがソレでも抱き着き続けていれば、無理に身体を離そうとはせず、溜息交じりで抱きつかせてくれていた。

「アナタって優しいのね」

 そう言えば耳がピピッと揺れ動いた。

「優しくしてくれたお礼に、お弁当をご馳走するわ。 私が……バターを塗って、具を切ってはさんだのよ」

 狼なのに苦笑しているのが分かった。

「失礼ですわね。 これでも侯爵家の娘よ。 十分頑張っていると思うわ。 私ね、兄様に外に出るのを禁じられていますの。 まぁ、それに文句はありませんわ。 他の方々が社交に使う時間、本を読んだり、散歩をしたり、料理を……ならったり? 他の方々が出来ないような経験を沢山しておりますもの」

 文句はない、問題ない、満足している。 そんな風にわざわざ口にするのは、本当はコレでいいのかしら? という不安から。 友達のいないアイシャは、黙って聞くしかない狼相手に色々話した。

 張り切って詰め込み過ぎた食糧の消費を手伝ってもらい、もう少しだけ遠くに散歩をしようとすれば、大きな背中に乗せてくれた。

「ここ、規制地区ではないのかしら?」

「わふぅ?」

「誰か来たら、一緒に逃げてね」

「わん」

 なんて、鞄に入れてきた熟した林檎を狼君と半分こして食べれば、熟れすぎた林檎は私の口の周りをべとべとにしてしまう。

「は、初めて、林檎にかぶりついたんですもの仕方がありませんわ」

「わふわふ」

 ソレを拭うように狼が口や口の回りを舐めてくるから、私の口回りが余計にべとべとに……なって……なって? なって……狼が人になっていた。 いえ、正確には犬耳、尻尾付きの男性?

 今度こそ、悲鳴を上げようと大きく息を吸った。 だって、だって、だって、全裸の男性がぁああああ!! 今度は大きな手で口を塞がれた。

「悪い……まさかこんなことになるなんて。 少し、我慢していてくれるか? 服を取りに行くから」

 そう言えば、なぜか私を抱き上げて運びながら走り出す。 私の視線は顔を一点集中……その、余計なものをみては申し訳ないでしょう?

「私を連れて行く必要はないと思いますが?」

「流石に、迷子になられても困るし、本物の狼に襲われても困るからな」

「それは……なんだか申し訳ありません。 ところで、なぜ全裸なんですか?」

「そこは、なぜ狼なのかと聞くべきでは?」

「……それもそうですわね。 なぜ、狼だったのですか?」

「ちょっと、呪われてな」

 ちょっとで呪われるものなのでしょうか?

「何をしたんですか……」

「いや、どうしてそういう非難めいた口調になるんだ?」

「全裸で人前を走りだし、ソレを良しとしない魔法使いに呪いをかけられたのかと」

「……魔法をかけられたときは、服をきていた……」

 憮然とした口調で言われれば、思わず笑ってしまいました。 結局は、その後すぐに狼に戻り、服は必要なくなってしまい。 そのまま私は別荘まで送ってもらう事にした。

「私、こんなに誰かと話をしたのは初めてだわ!! ありがとうございます。 よろしければ、お友達になって頂けないかしら?」

「わんっ」

 尻尾をパタパタしてもらい、私はモフモフの胸毛に抱きついた。

 その日、私は屋敷の人や一族の人以外と初めてお話をしただけでなく、友達まで出来た訳で、興奮してなかなか寝付けませんでした。 いえ、誤解しないでくださいませ? 全裸の男性に興奮してと言う訳ではありませんから、なんて、お月様に語っていれば、いつの間にか眠りにおちていたのでした。
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