化け物と呼ばれた公爵令嬢は愛されている

迷い人

文字の大きさ
上 下
82 / 82
7章 それぞれの歩み

82.おわり

しおりを挟む
「自らの道を、他者にゆだねるな!! 自らの、家族の未来をつかみ取れ!!」

 ジュリアンが叫ぶと同時に、父様は部下達に合図を送れば、彼方此方から声があげられ、剣を手にした者達が寄り集まる。

 数日前に助け出されていた魔導師長は、集まる騎士達に補助魔法をかけるよう魔導師達を指揮し、共に助けられた神官長は、神官達に他国の使者を避難させるように指示を出す。

「チャンスをものにするがいい。 斜陽の国と共に自らも沈むのが嫌なら。 お前達は、それを許容できぬからこそ、この国に来たのだろう? 戦え、自らの力で勝ち取れ、なぁに、この国の騎士達は腑抜けだ」

 それを号令として、馬車の中から人が躍り出た。



 その後、突然に起きた血で血を洗う争いは、当然のごとくガーランド国が勝利した。 どれほど弱くとも、ルデルス国の者達が王位継承の場に連れてくる事ができる人数には限界があったからね。 宰相は、何処の誰に殺されたのか分からないけれど、死体の山の中にその首が確認されたそうだ。 一番の敵は誰に見られる事無くあっけなく去ったと言うのは、余りにも切ない終わりな気がするが、大勢を道連れに争いを起こしたのだから自業自得だろう。

 彼等の侵略の理由は、国家精霊の弱体化であり、国家精霊を持たぬガーランド国の安定に目をつけたかららしい。 アリアメアに頼らなかったのは、その姿が醜く化け物のようだったからだと言う話だった。

 ルデルス国では、今後不安定な国家精霊の元で多くの人間が死ぬだろう。 国は守ったが手放しに喜ぶ事は出来ない複雑な思いがあったのは、今ガーランド国も国を支えていた魔人がフラフラとふらつきまわっているからだ……。

 それでも1つだけ良かったと言える事があった。

 ジュリアンの王位継承が問題なく進んだ事。

 一度は痛い目にあった王子と王女達は、自らの無知が起こした結果を恥じて、国のため、民のために学び、尽くすと誓ってくれた。 そして、国を守るための彼の有志を見た貴族達は、彼を支えると決意してくれたのだ。





 ルデルス国の戦闘から半年。

 私は旅立つ。

 逃げるのではなく、王家から世直し行脚の使命を受けてと言う。 当初考えていた条件よりもかなり緩いが……。 政治的思惑が行く先々で絡むとなれば、面倒がついて歩くのは必須である。

「本当に行くのか?」

 今は王となったジュリアンが、聞いてくる。

「まだ、言うか!」

「王宮は落ち着いたとは言い切れないし、まだ、力を貸して欲しいし、学びたい事も多い……」

「情けない事を言わないでよね。 魔人が解放された理由が知られればややこしい事になるから、私がいない方がいいんだよ」

 魔人ヴェルはもとから封印等されておらず、眠っていただけ。 目を覚ましたのは、私がこの世に生を受け、そして成人を迎えたからだそうだ。

 何より、ヴェルは私の前世、初代王の妻であった女性との約束により、この国の魔力とケガレを管理していたのだと告げられた。 そんなことを知られれば、色々ややこしいことになりかねない。 旅をしているのがちょうどよいと言えるだろう。

「エリアル!! 早くしなさい。 今日中に宿のある町までたどり着けなくなりますよ!!」

 そう言って私を呼ぶのは、ヴェルではなく父様。
 父様は、この機会に家督を叔父様に譲り色々と引退した。

「もう大人なのに、保護者付きの旅って言うのはどうなのかな……」

 私がぶつぶつと言えば、見送りのジュリアンが苦笑する。

「あの方は優秀な方だ。 一緒に行ってくれるなら、私も安心できる」

「私だけなら安心できないって言うの?」

「かなぁ……次に会う時には、人でないものになっているような気がして私は怖い……」

「とりあえず、次に化け物なんて言ったら殴るから」

 そう言えば、両手を上げてジュリアンは苦笑する。

「絶対言わないって誓おう」

 良くある行商人の馬車は、行商人と言う割に身軽である。 必要なものはヴェルの空間にしまってあるし、王家に連絡を取れば必要なものは各領地で補給できると言うなんとも緩い旅なのだが、魔物退治だけでなく、魔力とケガレの報告に加え、貴族の不正を暴く世直しまで押し付けられたのだから、物資くらい遠慮せず提供を受けるつもりだ。

「本当に行くのか?」

「シツコイなぁ、旅をするのが夢だったんだから、止めないからね」

「にゃぁ~~!!」

 猫が私を催促した。

「はいはい、メアわかったから!! それより、あんた目が多い!!」

 旅のお供の赤黒い毛並みの子猫は、気を緩めると体中に目が現れる変わった猫。 あの日、消えかけのアリアメアを、化け物と呼ばれた者同士と言う同情から拾ったのだ。 とは言え、気を緩めてロノスのように封印されてはたまらないから、力そのものは封じてある。

 私が馬車に乗り込もうとすれば、ヴェルが手を差し出し引き上げてくれた。

「ありがとう」

 目を細め笑うヴェル。

 ヴェルと私の因縁は、国の建国の昔まで遡るらしい。

「私の母は、悪い精霊に攫われたどこぞの国の姫君だったそうだ。 母は、3人の姉と2人の兄と、私を生み……人の生を全うし、死んでいった。 母の死にショックを受けた父は引きこもりになり。 人として生まれた兄2人と姉1人は人として生きるため、母の故郷へと向かった」

 ヴェルの母の寿命と、彼等姉兄たちの年齢がどうにもオカシイのは、ヴェルの父がロノスだそうで、それ以上の説明は聞く必要はないだろう。

「末に生まれた私は、長女であった女に育てられた。 魔人として生まれた私達は、力をコントロールできるまで父親の空間で暮らしていたが、魔人の心は人のソレに近く姉たちは頻繁に人の世に降りていた。 そして、長女はこの国の建国の王である勇者と夫婦になった……」

 そう語った時のヴェルの視線は遠くを見つめ、ギリギリと歯を噛みしめていた。

「私はね。 姉を愛していたんだよ……。 姉の夫を殺してしまいたいほどにね。 だけど、姉の夫はただの人で、姉は魔人だ。 いずれ夫はいなくなり、その時こそ思いを告げようと思った。 だが、姉は残酷な人だった……」

 長女はヴェルに願ったそうだ。

『私の力を奪って。 私はただの人として死にたいの』

 ヴェルは彼の恋心を告げたそうだが、

『貴方のソレは、親に対する思慕よ。 恋心ではないわ。 もし、本当に私を愛しているなら、私の子を、子孫を、この不毛な大地から守って。 守り切る事ができたら、次の人生を貴方と共に恋人として生きると誓いましょう』

 なんて言ったらしい。
 この長女と言うのが、私の前世なのだとヴェルは言う。

「覚えがない事で責任を取れと言われても」

「分かっている」

 そう言いながら口づけをするヴェルがどこまで分かっているのか? 私には分からない……。

 ちなみに、オルコット公爵家とロノスとの契約が成立している理由は、オルコット公爵家が魔人として生まれた三女の血統であり、魔人としての力をロノスに渡したときに、私の子供達をよろしくと言われたかららしい。





 ヴェルに言わせれば、この旅は恋物語の始まりなのだと言うが……。 実際は、甘くはなかった……。

「なぜ、お前までいる」

 ヴェルの声が珍しく荒れている。

「時には、本ではなく直接肌で情報を仕入れてみたいと思ってね。 リヨンに頼んだら、どうぞご一緒してくださいって言ってくれたからですよ」

 そう答えるのは、少年サイズのロノス。 本来の大きさだと場所を取るからと小さくなっているらしい。

「か、え、れ!!」

「酷いなぁ~。 パパにそんなことをいっては拗ねちゃうよ?」

「帰れ!!」

「そう言わずに、皆で仲良く旅をしようじゃないか!! なぁ、リヨン。 君は私の味方になってくれるよね?」

「当然ですとも……」

 未だ始まっていない恋路は前途多難なようだが、きっと、安全、安心な旅になる事は間違いない。



 おわり
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

あの夏の日、私は確かに恋をした

田尾風香
恋愛
夏の祭礼の終盤、私は婚約者である王子のエーリスに婚約破棄を言い渡されて、私が"精霊の愛し子"であることも「嘘だ」と断じられた。 何も言えないまま、私は国に送り返されることになり、馬車に乗ろうとした時だった。 「見つけた、カリサ」 どこかで見たことがあるような気がする男性に、私は攫われたのだった。 ***全四話。毎日投稿予定。四話だけ視点が変わります。一話当たりの文字数は多めです。一話完結の予定が、思ったより長くなってしまったため、分けています。設定は深く考えていませんので、サラッとお読み頂けると嬉しいです。

悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

渡里あずま
恋愛
アデライトは婚約者である王太子に無実の罪を着せられ、婚約破棄の後に断頭台へと送られた。 ……だが、気づけば彼女は七歳に巻き戻っていた。そしてアデライトの傍らには、彼女以外には見えない神がいた。 「見たくなったんだ。悪を知った君が、どう生きるかを。もっとも、今後はほとんど干渉出来ないけどね」 「……十分です。神よ、感謝します。彼らを滅ぼす機会を与えてくれて」 ※※※ 冤罪で父と共に殺された少女が、巻き戻った先で復讐を果たす物語(大団円に非ず) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

処理中です...