化け物と呼ばれた公爵令嬢は愛されている

迷い人

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7章 それぞれの歩み

77.それぞれの思い

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「どうして……どうしてなんだ……」

 明かりの無い部屋には、風に舞う白い花が淡く輝く。 リヨン・オルコットに落ち着けと言うように、くるくると風が舞い甘い香りが彼を包む。 だけれど彼は、月明りに生まれる影を睨むばかりで、彼を宥めようとする風と香りに気づかない。

 リヨンから延びる影が魔力濃度を増し波打った。

「あの子だけが主だと言うから、もっと大切にしてくれると、守ってくれると思っていた。 どうして、危険にあわせた?!」

 影は嘲笑うかのように揺れ動く。



 膝をつく臣下の居ない玉座に座る脈動する影。
肘を肘置きに置きヴェルは頬を支え薄く笑っていた。

 中途半端な存在。
 狭間に生きる者。

 彼の居場所はソコだけれど、ソコは居場所とするには余りにも死とは遠い永遠で、命の脈動を奏でながらも生とは遠い。

 人は魔人を恐れる。

 精霊のような制限を持たない、どこまでも人のような自由を許され、精霊以上の力を持つ半端者。

「私は、約束を守る。 愛しい雛鳥が飛び立つのを。 その翼が折れようと、私が、私こそが主を守る。 お前でもない、アイツでもない。 私が主を守るとも」

 魔人は笑い、影に溶け、姿を消した。



 人として生きるよう言われた。
 人の役に立つように言われた。
 人に愛されるように望まれた。

 聖女と呼ばれたけれど、私だけでは何もできない。 私は無力だ。 愛されれば、愛されていると分かれば分かるほど怖くなる……自分が、不完全で、無力で、失敗だらけで、いつか愛想をつかされてしまうのでは? と。

 怖い……。

「ヴェル」

 慰めて、優しくして、そんな思いを込め名を呼べば、魔人は手を伸ばし抱きしめ、影へと引き込んでいく。



 やがて私は、私達は、王位継承式を前に王都に隠れ入った。

 私も、父様も、多くの人に顔を知られ過ぎているから、表に出る事なくただ王都に潜み報告を待つ。 だから、今回、表だって働いたのは領地の民達だった。 彼等は、王都内の人々に混ざり、噂を流し続けていた。

「父様、こんな事で上手くいくの?」

「えぇ、私達は人ですから……」

 気配を殺し、影に控えるヴェルを瞳の端に眺めて父様は笑う。 最近、父様とヴェルはやけに仲が悪い……いえ、仲が良い?

「嫌味か?」

 ヴェルは笑い問いかける。

「いえ、真実ですよ……。 面白いでしょう?」

「あぁ、面白いな……」

 ヴェルは嫌味を素通りに、ただ笑う。



 私達は、宰相エミール・グルゴリエの王位継承の祝典の日を待っていた。 私達ではなく、私達ではない者達が、希望をもって整えた準備。 私達が結局のところただ流れに乗る事しかできなかった。

 だけど……それでいいと、父様は言う。
 それが一番楽に物事を進められたから……。

 これで願いが叶う。
私が望むのは、役割から解放された自由だったから、これでいい……はず……。





 王位継承式が行われる。

 何十年ぶりかの式典を前に、粛清と脅迫が行われ、貴族達はソレに屈し、多くの貴族が式典に出席するために集まる。

『誰か、宰相を止めてくれ!!』

 誰もがそう心の中で願いながら、他国からの来訪者の馬車列を迎える。 刻一刻と進む時間に不安を広げていった。

街道には、王国旗が掲げられ、色とりどりの花々が飾られていた。 一定の間隔で騎士が並び、その背後にロープが張られ、ロープの後ろには庶民が群れをなし各国からの来訪者を歓迎している。

 かのように見えた。

 王位継承の式典とは言え、突発的なものだ。 各国も突然の招待に苛立ちを感じとり、長く続いた王家が終わりを告げる事をあざ笑っていた。

「突然に、祝いに出ろと言われましても、こちらにも都合と言うものがあります」

 宰相が王位に就くことを馬鹿にしていた。 王族ではなく大臣クラスの人間を送り込んでくるならまだいい。 ガーランド国に出向を命じられていた大使が祝いの場に出すと言う国もある。

「馬鹿にされていいのか?」

 だが、安寧をもたらし魔人が消えたのだ、数年もすれば国は傾きだし価値を失いかねない。 他国から戦闘要員を借り入れる必要が出てくる。 だが、今までのように安定した状態で魔石が採掘できなくなれば……終わりだ。

「この機会に、武力に秀でた国とより強固な同盟が必要となる」

 なのに、周辺国は誰も相手にせず、見下した態度を露わにしていた。



 そんな中で、赤茶色に金飾りをあしらった馬車が、華やかな柔らかな布地や花で飾られた馬車列が長く続く。

 誰だ? これほどの人数をよこすなんて……。

 招待された他国の要人たちが騒めいた。

 小規模の式典だと言われ、来週には式典の出席者を参加させろと言われ、馬鹿にし、蔑ろにし、残された魔石をいかに好条件で自国の懐に入れるか? 媚びを売るのではなく、こちらが上なのだと分からせろ。

 各国が命じる中、ただ一国だけが盛大に王位継承の式典を祝えば、それはガーランド国にとって特別な存在となるのは当然の事である。

「してやられた!!」
「何処の国だ!! 抜け駆けしたのは?!」

 人々が言えば、真っ先に紋章を目にしたものが叫んだ。

「ルデルス国だ!!」 

「ルデルス国だと? そんな場所からわざわざ?」

 ルデルス国はガーランド国から遠く、物流は他国を中継して流通している。 直接出向かれ取引されれば面白くない国も多い。 それも王族をよこし、いかにも祝っていると言う様子で来られては、新しい王を前に大きな差が出ると言うもの。

 貴族達のざわめきも大きくなっていた。

「なぜ、あのような事をした者達を招く事が出来る?」
「なぜ、恥ずかしげもなく招致に応じた?」
「国をどう導こうと言うのだ!」

 水面に落ちた小石は波紋を広げれば、いくつもの小石が次々と投げ込まれ。 お互いを巻き込むように噂が広がる。 感情が渦巻き巻き込み増加する。

 一風変わった華やかなルデルス国の薄地を重ねたドレスに身を包み、艶やかな装飾品に身を包んだ王族達が、次々と馬車を降りれば、まるで王位継承の主役のような華やかさに、誰もが唖然とした。

「ようこそおいでくださいました」

 そして……今日、王位を継ぐはずのエミール・グルゴリエが、最も華やかなドレスに身を包んだ、若く美しい女性に手を差し出した。

「なんとも美しい女性だ」

 溜息交じりの騒めきが広がれば、やがて1人の貴族がぼそりと言う。

「アレは……アリアメア……オルコット……ではないのか?」

 観衆は騒めく。
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