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6章 居場所
60.元王子の苦悩 01
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「ぁ……」
ずっと気配を潜めていたヴェルが姿と気配を表せば、ジュリアンは真冬の雪山に放り出させたように凍り付き恐怖に震える。
「そう怯えるな。 私の脅威とならず、主が命じるでもないなら、害をなすつもりはない」
椅子に座ったヴェルは、私の腕をつかみ引き寄せ膝の上に座らせた。
「あのねぇ~」
「気にするな」
私は溜息と共に正面へと視線を向けた。 ジュリアンはバランス悪くベッドに座り、顔色は悪く、視線は伏せ、震えるばかりで話になりそうにない。
「ヴェル、私が彼に防御魔法をかけるか、貴方が気配を抑えるか選んで」
言えばあっさりと気配は抑えられ、私はまったくとぶつぶつ呟きながら肩を竦めた。
「それで、聞きたい事って?」
「ぁ、あぁ、手間をかけさせてしまい……すまない……。 その……」
ジュリアンは必死にヴェルを見ないようにしているが、まぁ、私がヴェルの膝の上にいるからそれも難しく、結局、彼はうつむいて話をし始めた。
すっかり大人しく、常にイライラとしていた彼の激情は鳴りを潜め、今はヴェルに怯え切っている。 それを卑屈と感じる私は、彼の代わりとでも言わんばかりにイライラとするわけだ……。
「彼は何者……ですか?」
妙に語尾の調子が小さい。
「……えっと、彼ですか?」
向ける事が出来ない視線を理解しながら、私は首を傾げる。 何しろ前回、私は彼を封じられた魔人だとちゃんと紹介したはずだ。
「いや、分かっている。 流石に、忘れた訳ではない……ただ、彼を見た、認識した、彼の力? 影響を受けたあの時から、私の中で多くのものが変化したんだ」
「はぁ……? えっと、ヴェル、何かした?」
「いいや。 小僧に対して気分の悪さを感じてはいるが、何もしていない。 私はただ主と共にあるだけだ」
「えっと、気に入らないけど、何もしていない? いえ、この場合、気に入らないから何もしていない? してやらない? だから……彼の何かが変化したと言う可能性も……」
私はぶつぶつと呟きながら、なぜこんな遠回りに話をしているのだろう? と、不満に思いながらヴェルの顔を見れば、ニヤリと笑われ頭が撫でられる。
「なんなのよ……」
拗ねた様子で私はヴェルを無視して、正面のジュリアンへと尋ねた。
「とりあえず、何が変わったか教えてくれない? 魔人相手に問答するより、そっちの方が早そうだし」
「酷い言われようだな」
ヴェルが笑う。
「アリアメアに対する記憶、認識が変化したんだ……」
泣きそうに顔を歪めながらジュリアンは訴えるが、私は感情を動かすどころか、むしろ冷ややかな気分になっていく。
「うん、続けて」
「私の中で彼女は天使だった。 彼女が居れば、私の人生は最良のものとなるはずだったんだ。 彼女の周りは誰もが幸福な気分になる。 笑顔が絶える事がなかった」
「そう」
アリアメアに関しては、ジュリアンだけでなく彼の弟、妹からも8年の間ずっと顔を合わせるたびに不満をぶつけられてきていた。 それは、ジュリアンの嫌味どころの話ではなかった。
『アリアメアを返して!! 貴方がいなければ、彼女はずっと一緒にいられたのに!!』
何しろ、年上のジュリアンはアリアメアが来る以前は、普通に、ごくごく普通に王子教育を行っていた。 だけれど、下の王子、王女達は違う。 アリアメアと年の近い彼等は、当たり前として身に着ける王族としての礼儀作法、習慣を身に着ける事無く5年間を過ごしていた。
精霊のように気まぐれに幸福に。
アリアメアが居なくなってからは、他国に恥をかかない程度にしなければと、大人達は必死に彼等に様々な事を学ばせた。 まぁ……成果は、なんとも言い切れないが……。
化け物と呼ばれる事には、納得していた。 だけれど、アリアメアと比較され落とされる事だけには納得いくわけが無かった。 ロノスは、アリアメアが放棄した習慣も、作法も、教育も私に求め、私はそれに応えていたのだから。
表情には不快を露わにしていただろう。
「すまない……。 君は聖女で、彼女は……彼女だった……比べるべきではなく、別に考えるべきだった。 私の態度が悪かった事は謝罪する。 頼む……話を続けさせてくれ」
必死に縋るかの様子に私は溜息をついた。
「どう、認識が変化したのですか?」
「そう……彼女はとても可愛らしい誰もが愛さずにはいられない少女だった」
まだ、賛美が続くのかとうんざりしていれば、ヴェルが目の前にいたと知った瞬間より、ジュリアンは怯え震え崩れ落ちるようにベッドから落ちた。
「ちょ、ちょっと!!」
「だ、大丈夫だ……」
はぁ、と乱れた息を整え、構うなと手を向け近寄る事をジュリアンは拒否し、ヴェルはまるで渡すまいとでもいうように私の腰を腕で固定した。 子供か?! と思ったのは横に置いておこう。
「それで……話、続ける? 休む?」
「あぁ、大丈夫だ。 その、どう表現していいのか……。 私の中の記憶では、愛らしく、奔放で、周囲に幸福を与えていた彼女が、その、馬鹿げているとはおもうのだが……人形に見えるようになったんだ……。 荒唐無稽な事は分かっている!!」
「えっと、ヴェルは何もしていないのよね」
「あぁ……。 私は何もしていない。 主の元にただいただけだ」
「含みのある言い方が気になるなぁ……」
「命じるか? 他の男のために命じるのか?」
そう言ってニヤリと笑って見せるから、私は溜息と共に諦める。 対価って仕様能力ではなくて気分なんだなぁ……。 とか思いながら。
「人形って言うと、綺麗過ぎて人形のようだとかそういう意味?」
「違う!! ぁっ……すまん。 違うんだ……。 あぁ……」
頭を抱えて悩みだし、私は退屈まぎれに少年の家で作ってもらったサンドイッチを食べ始める。 ちなみにチキンと卵のサンドが最高ならしい。
「紅茶を入れよう」
そう言えば、影からうようよと出てきた触手が紅茶を入れだし、ジュリアンがうわゎあああああとかって叫びだす。
「うるさいぞ、小僧」
「……」
私は、もくもくとチキンサンドを食べる。
「まぁ、とりあえず食べて落ち着く?」
「い、いや、いい……よ、よく、平気だな……」
顔色悪く、震えながらジュリアンが言う。
「確かに魔人の力は強大だけど、彼自身にケガレを払う力がない以上、相互協力の関係にあるわけだし、私にとっては何よりも信頼できる、絶対裏切らないだろう相手だよ。 ねっ?」
そう言えば、音にせずヴェルは口元を笑みの形にした。
「……そうか……私も、そういう風に、お前のようにできていたら良かったんだな……。 信頼……そうだな……信頼すべきだった。 聖女で、利益をもたらしてくれたお前を……。 少し、言葉を選ばせてくれ……もっと、勉強をしておくべきだった……、上手く言葉が出ない」
そう告げたジュリアンの表情は苦悩と後悔に満ちていた。
ずっと気配を潜めていたヴェルが姿と気配を表せば、ジュリアンは真冬の雪山に放り出させたように凍り付き恐怖に震える。
「そう怯えるな。 私の脅威とならず、主が命じるでもないなら、害をなすつもりはない」
椅子に座ったヴェルは、私の腕をつかみ引き寄せ膝の上に座らせた。
「あのねぇ~」
「気にするな」
私は溜息と共に正面へと視線を向けた。 ジュリアンはバランス悪くベッドに座り、顔色は悪く、視線は伏せ、震えるばかりで話になりそうにない。
「ヴェル、私が彼に防御魔法をかけるか、貴方が気配を抑えるか選んで」
言えばあっさりと気配は抑えられ、私はまったくとぶつぶつ呟きながら肩を竦めた。
「それで、聞きたい事って?」
「ぁ、あぁ、手間をかけさせてしまい……すまない……。 その……」
ジュリアンは必死にヴェルを見ないようにしているが、まぁ、私がヴェルの膝の上にいるからそれも難しく、結局、彼はうつむいて話をし始めた。
すっかり大人しく、常にイライラとしていた彼の激情は鳴りを潜め、今はヴェルに怯え切っている。 それを卑屈と感じる私は、彼の代わりとでも言わんばかりにイライラとするわけだ……。
「彼は何者……ですか?」
妙に語尾の調子が小さい。
「……えっと、彼ですか?」
向ける事が出来ない視線を理解しながら、私は首を傾げる。 何しろ前回、私は彼を封じられた魔人だとちゃんと紹介したはずだ。
「いや、分かっている。 流石に、忘れた訳ではない……ただ、彼を見た、認識した、彼の力? 影響を受けたあの時から、私の中で多くのものが変化したんだ」
「はぁ……? えっと、ヴェル、何かした?」
「いいや。 小僧に対して気分の悪さを感じてはいるが、何もしていない。 私はただ主と共にあるだけだ」
「えっと、気に入らないけど、何もしていない? いえ、この場合、気に入らないから何もしていない? してやらない? だから……彼の何かが変化したと言う可能性も……」
私はぶつぶつと呟きながら、なぜこんな遠回りに話をしているのだろう? と、不満に思いながらヴェルの顔を見れば、ニヤリと笑われ頭が撫でられる。
「なんなのよ……」
拗ねた様子で私はヴェルを無視して、正面のジュリアンへと尋ねた。
「とりあえず、何が変わったか教えてくれない? 魔人相手に問答するより、そっちの方が早そうだし」
「酷い言われようだな」
ヴェルが笑う。
「アリアメアに対する記憶、認識が変化したんだ……」
泣きそうに顔を歪めながらジュリアンは訴えるが、私は感情を動かすどころか、むしろ冷ややかな気分になっていく。
「うん、続けて」
「私の中で彼女は天使だった。 彼女が居れば、私の人生は最良のものとなるはずだったんだ。 彼女の周りは誰もが幸福な気分になる。 笑顔が絶える事がなかった」
「そう」
アリアメアに関しては、ジュリアンだけでなく彼の弟、妹からも8年の間ずっと顔を合わせるたびに不満をぶつけられてきていた。 それは、ジュリアンの嫌味どころの話ではなかった。
『アリアメアを返して!! 貴方がいなければ、彼女はずっと一緒にいられたのに!!』
何しろ、年上のジュリアンはアリアメアが来る以前は、普通に、ごくごく普通に王子教育を行っていた。 だけれど、下の王子、王女達は違う。 アリアメアと年の近い彼等は、当たり前として身に着ける王族としての礼儀作法、習慣を身に着ける事無く5年間を過ごしていた。
精霊のように気まぐれに幸福に。
アリアメアが居なくなってからは、他国に恥をかかない程度にしなければと、大人達は必死に彼等に様々な事を学ばせた。 まぁ……成果は、なんとも言い切れないが……。
化け物と呼ばれる事には、納得していた。 だけれど、アリアメアと比較され落とされる事だけには納得いくわけが無かった。 ロノスは、アリアメアが放棄した習慣も、作法も、教育も私に求め、私はそれに応えていたのだから。
表情には不快を露わにしていただろう。
「すまない……。 君は聖女で、彼女は……彼女だった……比べるべきではなく、別に考えるべきだった。 私の態度が悪かった事は謝罪する。 頼む……話を続けさせてくれ」
必死に縋るかの様子に私は溜息をついた。
「どう、認識が変化したのですか?」
「そう……彼女はとても可愛らしい誰もが愛さずにはいられない少女だった」
まだ、賛美が続くのかとうんざりしていれば、ヴェルが目の前にいたと知った瞬間より、ジュリアンは怯え震え崩れ落ちるようにベッドから落ちた。
「ちょ、ちょっと!!」
「だ、大丈夫だ……」
はぁ、と乱れた息を整え、構うなと手を向け近寄る事をジュリアンは拒否し、ヴェルはまるで渡すまいとでもいうように私の腰を腕で固定した。 子供か?! と思ったのは横に置いておこう。
「それで……話、続ける? 休む?」
「あぁ、大丈夫だ。 その、どう表現していいのか……。 私の中の記憶では、愛らしく、奔放で、周囲に幸福を与えていた彼女が、その、馬鹿げているとはおもうのだが……人形に見えるようになったんだ……。 荒唐無稽な事は分かっている!!」
「えっと、ヴェルは何もしていないのよね」
「あぁ……。 私は何もしていない。 主の元にただいただけだ」
「含みのある言い方が気になるなぁ……」
「命じるか? 他の男のために命じるのか?」
そう言ってニヤリと笑って見せるから、私は溜息と共に諦める。 対価って仕様能力ではなくて気分なんだなぁ……。 とか思いながら。
「人形って言うと、綺麗過ぎて人形のようだとかそういう意味?」
「違う!! ぁっ……すまん。 違うんだ……。 あぁ……」
頭を抱えて悩みだし、私は退屈まぎれに少年の家で作ってもらったサンドイッチを食べ始める。 ちなみにチキンと卵のサンドが最高ならしい。
「紅茶を入れよう」
そう言えば、影からうようよと出てきた触手が紅茶を入れだし、ジュリアンがうわゎあああああとかって叫びだす。
「うるさいぞ、小僧」
「……」
私は、もくもくとチキンサンドを食べる。
「まぁ、とりあえず食べて落ち着く?」
「い、いや、いい……よ、よく、平気だな……」
顔色悪く、震えながらジュリアンが言う。
「確かに魔人の力は強大だけど、彼自身にケガレを払う力がない以上、相互協力の関係にあるわけだし、私にとっては何よりも信頼できる、絶対裏切らないだろう相手だよ。 ねっ?」
そう言えば、音にせずヴェルは口元を笑みの形にした。
「……そうか……私も、そういう風に、お前のようにできていたら良かったんだな……。 信頼……そうだな……信頼すべきだった。 聖女で、利益をもたらしてくれたお前を……。 少し、言葉を選ばせてくれ……もっと、勉強をしておくべきだった……、上手く言葉が出ない」
そう告げたジュリアンの表情は苦悩と後悔に満ちていた。
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