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6章 居場所

59.考えても分からないなら動くしかない 03

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 背後でバツが悪そうにジュリアン王子がもぞもぞしていれば、少年もまた居心地悪そうにしていた。

 王子、次期王と言うのは過去の話。 今のジュリアンはただの囚人でしかない。 それでも、魔人を守ってきた王家の者に誰もが恐怖を感じるのだ。 誰もが彼を彼の一族を害することを拒んでいる。 彼の腱を切った騎士は、精神を病み神殿の世話になっていると言う話だ。

 そんなジュリアンと、次期王候補の1人とされた少年。 ジュリアンは少年の立場を知らないだろうけれど少年としては微妙な気分になるのは仕方がない。

「あの、お二人は世間で聞いていた話とは違って仲がよろしいのですね」

「まさか!! こんな化けも……いや、悪い……つい、癖で……」

 言い訳にもならない言い訳だ。

「化け物と言われる事に仕方がないと思っていても、そう呼ばれる事はやはり気分が悪いですから、彼の事は嫌いですよ。 ただ、まぁ、口に出して言うか、言わないかの違いで、世間的にはそう思われている事は理解していますから」

「ぇ、あ……なんか、ごめんなさい」

 少年が謝るから、余りの素直さに苦笑するしかない。

「別に構いません」

 化け物と呼ばれる姿をしていなければ、もっと政治的に私を利用しようとする者も、政治的な危惧を感じて積極的に排除しようとした者もいただろう。 あのような姿でも、気にせず子供として扱ってくれていた人、聖女として敬っていてくれた人もいた。 アレはアレで都合が良かった訳ですし。 都合が良かったからこそ、父はあの姿で聖女となる事を求めたことを理解している。

 でも……うん、感情論は横に置こう。

 過去を冷静に考えれば、ユリア様に恩がある。 そう言われても、化け物で可哀そうな私だからこそ恩を返そうとするのではなく、あのタイミングで私が望んでないとしても王位候補の有力者となったあの時、ユリア様への恩返しだと集まった人達にはもっと警戒すべきだった。

 私に対して攻撃的な口調で責めてきた宰相から庇ってくれた。 だから、味方だなんて、警戒を解いていたなんて、守らなければと思っていたなんて、浅はかだったとしかいいようがない。



 少年から聞けたことは余り多くはない。

 ヴェルが屋敷内にかけた侵入者対策は、守るべき対象の私が側にいるため、おまじない程度。 屋敷の者に招かれない者が屋敷に入ろうとすると魔力が抜かれ活動停止になると言うものだった。

 招かれれば問題ない。

「父上が、騎士として王都を離れているため、聖女様からの呼び出しを受けた僕は、その不安だったので後日にできませんか? と伺ったのですが、どうしても今日でなければと言われて離宮へと出向きました」

 そして彼は問題なく離宮へと足を踏み入れた。 屋敷の者に招待を受けたから。 そして護衛は許可を得られない状態で庭先に侵入したことで魔力を抜かれ転がった。

「それで、客間に通され、お茶をいただきました。 そのお茶が少し嫌な甘ったるい……違う……その、なんでしょう? 嫌なと言うより、むしろ甘美と言った味で……大人の味? 怖くなって僕は口をつけませんでした。 ただ、僕と同じようにあの場に招かれた人達がいたなら、その人達はどうしたのか分かりません」

 昔読んだ本にあった。

 ケガレは、とても甘美で、刺激的で、多幸感に溢れた味であると。

「犯人は宰相で間違いはないと思うけど……誰もが納得する証拠がないんだよねぇ……。 侍女達の浄化を待って証人とするのがベストかなぁ……。 でも、あれだけの人数を安全に収容する場所がどこにあるか……」

 ぼそぼそと独り言をつぶやき考え込んでいれば、

「私が個人で所有する別邸がある。 王子であることを忘れ自由でありたいと所有した没落貴族の古い屋敷を買い取って、現地の者達に手直しをさせ管理させている。 そこを使うと……いや、そこをお前にやる」

 ジュリアンが私の背に告げ、私は驚きと共に振り返った。

「はぁ?」

「なんだ、人が親切に言っているのに、いらないなら撤回する」

「いえ、まぁ、助かりますから、借りさせていただきますけど。 流石に頂く訳にはいけません」

「どうせ、私は囚人だ。 幾ら学ぶべきを学んでこなかったからと言っても、先が無いことぐらいは分かる。 慰謝料にくれてやる。 別邸の寝室。 カーペットの下の床に隠し扉がある。 そこに権利関係の書類があるから好きにするといい」

 熱でもあるなら医者を呼びましょうか? と、言おうとした。 が、流石にこれ以上カラカウ気にもなれなかった。

「ありがとうございます」

 まだまだ問題がある。

 王も既に罪人の親として、王位にない。 王子、王女達も同様だ。 王位の最有力候補である私は王位を求めず、求めないからこそ次期王候補達は私の後見を得られれば、大きな利益になると喜んで侍女達の罠にはまった。

宰相に反発する大臣、貴族、騎士……大臣や貴族達の状況は分からないが、騎士職にある邪魔者は父様と同じ命令が与えられているだろう。

 証拠を、証言をそろえても、彼を裁く人間がいない……。

 むかつく……。

 牢を後にし、ジュリアンの言っていた別邸に、浄化が必要な者達を移動させた。 私の力なら3日もあれば浄化を終えるだろう。 その後、屋敷に戻した少年の元へと行き、彼と彼の屋敷から使用人と護衛を幾人か借りて別邸へと移動させた。

「後の管理を任せます」

「ですが!!」

「弱り切っているんだから大丈夫だよ」

 私は少年に軽い口調で言った。

「ですが、みんな年上で!!」

「王の周りの者は全部が年下? 違うでしょ」

「それは、そうですが……」

 職務の全てを官僚に委ねていた過去の王が、完全な傀儡ではなく王となれた理由は、親殺し、一族殺し、やり過ぎとも言える言動を躊躇わなかった。 だからこそ、誰もが王を恐れた。

 ケガレに堕ちない無邪気さは、ケガレを恐れる用心深さは王の素質とも言えるが、あの自信の無さは王に向いているとは言えないだろう。

「でも、僕は……僕は、まだ……12歳、子供だよ」

「私だって10歳の頃から聖女をしている。 1人で御しなさいと言っている訳じゃないの。 信用できる人を頼りなさい。 それも、貴方の力だから」

 そう言っている私にドレだけ信用できる人がいるのか? そんな感情を隠し私は偉そうに少年に言う。



 少年に多くを押し付け、私は牢へと戻った。

「おつかれ……」

 かけられる声に驚き、私は視線をジュリアンへと向け、向ければ視線はそらされた。

「お前は、本当に優秀なんだな……」

 私は苦笑する。

「手足、出しなよ。 治してあげる」

「必要ない。 むしろ、治してもらった足も手も必要ない……」

 自暴自棄になるジュリアンに、面倒だとイラついた。 私が今、王を必要としていると言うのに、彼は全てを放棄し楽になろうとしているのだ。

 背後にいたヴェルはずっと不機嫌だった。 だが、私がイラついた瞬間……ヴェルは嬉しそうに口元をニヤリと笑って見せた。
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