化け物と呼ばれた公爵令嬢は愛されている

迷い人

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6章 居場所

52.居場所とならなかった者、居場所であろうとした者

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 私は眠りの中で過去を夢見る。

 物心ついた頃には、私は迷宮図書館の本棚と本棚の隙間で眠っていた。 最初は、私を見て欲しかったから、探して欲しかったから。 楽しそうに嬉しそうに、本を読み、画集を眺め、音楽に耳を傾け、私以外の何かを見つめるロノスの注意を引きたかったから……。

 そっと、ロノスに隠れ近寄ってきた小精霊が、中級精霊まで成長し、私にこう言ったのだ。

『ロノスは、きさまの親があの偽物と出会う以前から偽物を見続けていた。 きさまは相手にされていない。 俺と共に来い。 きさまが俺だけのものになると言うなら、俺はきさまを守るだけの力を得る事が出来る』

 幼い私は言われている意味が分からず首を横にふり、その精霊はロノスに処分され、自我を失い自然へと返された。

 アリアメアが王宮に行き、お后教育を受け始めた頃、彼女の生活に合わせるようにと私は指示された。 決まった時間に起こされ、決まった時間に餌を与えられ、決まった時間だけ勉強をさせる。 そうやって、時間が決められてからは、姿を隠す私を探すようにはなったけれど……それは、私が求めていたものと何か違っていた。

 私を探して。
 見つけたって微笑んで。

 そう願えば、酔狂な小精霊がロノスに隠れて私を見つけ、話しかけ笑いかけてくれたが、そのあと罰を受けているのを見せられれば、小精霊に話しかける事等出来なくなった。

 人間の世界に放り出されてからは、父様が私を見つけた。

 何処に隠れようと、姿を消していようと父様は私を探しだす。 そして、どんなに暴言を吐こうと、物を投げつけようと、蹴りを入れようと、殴ろうと、父様は笑ってこういうのだ。

「おいで」

それでも夜になれば大きなベッドで一人。 昼間皆が気に欠けてくれる分だけ余計に寂しくて、父様の部屋へと行けば、父様は何時も居なくて、私は隙間を探した。

 当時の私の立場は微妙で、今でいう聖女派とされる魔法機関が、国政に介入し、発言権を大きくするのでは? と、色々とよからぬ動きがあったようで、父様は私が眠った後に話し合いに出向いていたそうだ。

 理由が分かっても、感情は制御できるって言うものではない。 寂しいものは寂しい。 それは今でも変わらない。

 私を見つけて……。
 私の側にいて……。

 それでも父様には絶対に言う事は無かった。 私のプライドの問題だ。



 ある日の晩。

 やはり私は、隙間を見つけて膝をかけて上掛けを頭からかぶって眠っていた。 皮膚に巻きつくようにうねる感触に目を覚まし、恐怖に薄く目を開けば、肌に黒い蔦がまとわりつき、赤い美しく花びらを広げる花が描かれている。 それは、魔力で出来た外皮に絡みつき、栄養をとるかのように脈打ち、外皮を薄めていた。

『そんな処で小さくならずに、外を眺めてはどうだ? とても美しい夜だ。 この夜を見ないのは勿体ないぞ』

 甘く優しい声で皮膚に描かれた花が話しかけてきた。 声とは違うそれは精霊の会話とよく似ている。 それが何か? 私は知っていた。

 岩の中で眠り意識体だけでふらふらしていた頃、ケガレに暴走した魔人にまとわりつかれた事があった。 これはその名残。

『美しい夜だ。 散歩をして歩けばさぞ気分が良いだろう』

「でも、父様が心配するわ。 だって、私はまだ子供だから」

『そうか。 では、大人になるまで待つことにしよう。 大人になったらその時は共に夜を過ごそう』

 甘い甘い声……、あの時、心地よい声に眠りに落ちる中、私は何か約束をしたような?



 ずいぶんと昔の夢を見たものだ。

 そう思い目を覚ませば、私はヴェルに寄り添い眠っていた。 ……たぶん、ヴェルよね? 窓の外の景色は、彼の空間、闇に蠢く赤い脈動が見えた。 それでも、私は確かめ問いかける。

「ヴェル……だよね?」

 目の前に見えるのは黒くて大きな狼で、呼べば赤い瞳で見つめてくる。

「あぁ、そうだ。 起きたか?」

 顔を上げれば、私は黒い毛並みを撫でてみた。

「遠慮をする必要等ない」

 ふわりと寄せられる身体。 首筋にあたる首筋。 くすぐったくて私は笑う。

「くすぐったいよ」

 いえば、押し倒され、全身で身体を摺り寄せられた。

「どうしてそんな姿なの?」

「そうだな……どうしてだと思う?」

「人の姿が疲れるから?」

「いいや、主があまりにも美味しそうで、可愛らしくて、愛おしくて、襲わないためだと言えば、どう思う?」

 そう言いながら、狼のまま魔人は笑う。 私は、魔人に抱き着いて、顔を埋めれば、懐かしい花の香がした。 寂しい夜に私を慰めてくれていた花の香。

「襲うの?」

「そのうち、時が来れば」

 鼻先で彼はキスをする。

「ねぇ、貴方は人? 精霊? ……それとも魔……物?」

「どれでもあって、どれでもない」

 そう言いながら、頬を舐め人の姿を取った。 黒い毛並みは、黒いスーツへと姿を変える。

「食事をしよう。 私は良いが、主は食事をとらないと死んでしまうからな」

 言われれば、かなり長い時間食事をとってない事に気づいた。 用意がなされていた屋敷は、戻る事は出来ないだろう。

 今頃あの場は、ケガレが満ちているだろうから。

 本気で王になるのなら、この国の状況を知って欲しかった。 大変な事が起こる前だと理解して欲しかった。 理解できぬまま、安穏と王位について欲しくはなかった。 だけれど、結果は触れてもいないケガレに染まり、自らを汚染させていった。

 彼等にとっては、私を強姦しようとした事によって与えられた罰だと、起こりうる未来の景色を捕らえたのだろう。 彼等は自分の罪を認めたからこそ、ケガレを受け入れ、罰から逃げようとどう言い訳をしようかと必死になったからこそ、ケガレを増幅させた。

 その場に近づけない訳ではない。
 近づけば、ケガレを消すから近づかない。

 重要な事を理解せず、ケガレに飲まれるだけの役立たずなら、王位争奪に参加せずに大人しく狂っていてくれた方が平和だと思ったから。

 私は、そんな中で1人の少年を思い出していた。 たった1人だけ罪の意識を持たなかった少年……。

「ヴェル」

「どうした?」

「あの白い髪の少年、私はどこで会っていたのだと思う?」

 そう問えば、少しだけ不快そうに眉間を寄せて彼は言う。

「神殿だな」

「神殿かぁ……」

「どうした?」

「あの子にだけは、罪悪感が無かった。 考えられるのは?」

「……その場には来ていたが、他の者のように主を犯そうとは考えてはいなかった」

「ですよねぇ~。 で、神殿に所属する子なら、神殿に尋ねるのが良いのだろうけど、神殿の食事は美味しくないから、どうしようかなぁ?」

「そんなもの、美味い飯屋に呼びつければいいだろう。 嫌だと言うなら攫ってきてやろう」

 そう言ってヴェルは笑い、私も悪戯っ子の表情で笑う。 だけど私はそこそこ美味しい料理を出して、そこそこ融通の利く精霊ギルドに向かう事にした。
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