化け物と呼ばれた公爵令嬢は愛されている

迷い人

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6章 居場所

40.彼の幸福、私の恐怖 01

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 私は抱きしめられ、服の中に入ってくる冷えた手に身を悶えさえながら考える。 さわさわと優しい手つきで撫でてくるから、靴を脱ぎ、膝の上に乗り向かい合うように膝の上に腰を下ろした。

「どうした?」

「んっ、仕返し」

 固く筋肉質に思える腰回りに腕を回し、広い背中を撫でた。 服も彼なのか? 服の下が彼なのか? ズボンにしまわれたシャツを引き上げ、シャツの中に手を入れる。

「私の魔力を食う訳でもないのにか?」

 そう尋ねて魔人は、擽ったそうに抑えた声で笑う。

 見上げる先の顎の下に、口づけ舐める。 なぜか獣にでもなったようなそんな思考に捕らわれ、毛づくろいをするように顎から首筋を舐めた。 そんな私を腕の中で抱え背中を撫でる大きな手。 それはとても心地よく、眠くなってくる。 あらゆる事が面倒になってくる。 もし……今、この魔人が私を封じようとするなら、私はそれを簡単に受け入れてしまうだろう。

 寄せる身体がユックリと離され、意地悪された気分になって、拗ねた表情で見つめれば、目元が笑い口づけてくる。 チュッと軽く口づけ、唇を甘く噛みそして舐められ、私も舐め返す。 甘く食みあうような口づけは、唾液を絡み合わせ深くなる。 そんな間も背中を撫でる手は幼子をあやすように優しいから……。 私の思考は情欲とは結び付かなかった。

 それでも甘い声が漏れ始める。

「ぁ、んっ、ふぅっ……んんっ」

 ぬちゅぬちゅとヌメルのある水音が、舌先をつたって奪われ、はぁ……と熱のこもった吐息が漏れた。

 体が熱い……。
 鼓動が早い。

 くすぐったくて、もどかしくて、身じろぎした。 幼い子が動かぬ身体にむずがるように。

「どうした? 主よ」

 耳元でとろけるような甘い囁き。 何処までも甘く、それは恋物語の恋人同士のようだと思った。

「魔力、美味しかった?」

 にっこりと笑って見せる。

 自分の声が思った以上に甘くて驚いたのを、必死に隠した……隠しきれたかわからないけど。 何事もない、ただオヤツを食べていたかのように、今日のおやつは美味しかったね。 そう語り合うように。

「あぁ、最高だ。 最高だ。 爽やかな甘さが香しく魂がとろけそうになるほどに美味だ。 流石眠る私を目覚めさせただけある。 悪夢以上に退屈なこの世界で、目を覚ましてみようと思わせただけある」

 普通に話せばいいものを、耳元で囁かれ、その声は興奮しているかのように思えた。

「いい日だ。 とてもいい日だ」

 そう言って、私のシャツをはだけさせ肩口に顔を埋め甘く噛みつき、吸い付いてくる。

「ぁっ……!!」

 痛みはない、あえてその感覚を言うなら快楽で。 それはとても恥ずかしく、私の身体は羞恥で熱く赤くなる。

「どうした?」

「ど、ど、どうって、やりすぎ」

「何を怒っている?」

「怒ってなんか!!」

 いえ、怒っている? でも……不思議そうに見られれば、怒るのが馬鹿馬鹿しくもしかして私が間違っているのか? なんて、気になってくる。

「まぁ、いいわ……」

「そうか。 ならば面白いものを見せてやろう」

 ずっと広げたままだったガラスに映る景色がかき消され、どこかの景色が無限の空間にうつされる。

 時間的には、昼を少し過ぎた時間なのに、私の目の前に広がる景色は無限の夜とでもいうような暗やみに赤い大きな月が浮いている。 赤い光が落ちていると言うのに、白い景色が渦巻いていた。

 ガーランド国は魔力の多く満ちている地だ。 そして、北方の山脈が風を遮るため冬の時期には、世界から巡り巡ってきた汚れが、ガーランド国で渦を巻く。

 自我の薄い生きた魔力である小精霊が、人の感情から生まれた汚れに侵される事によって、小精霊は凄い速さで自我を身に着け、欲に堕ちる。 この際に、小精霊が動植物に憑りつき、魂を食らい、器を奪う事で魔物となる。

 だが、冬のガーランドは余りにも汚れが強く、そして厳しい冬の時期には器となる動植物は姿を隠す。 だから、器を得られない汚れた小精霊は、器のないまま魔に堕ちて、ゴーストと呼ばれる魔物となり、人間を襲う。 その肉の器を欲するが故に……。



 暗い夜に赤い月。
 だけど世界は白が荒れ狂い渦を巻く。
 そして肉を持たぬ白い影が舞い踊り肉の器を探し、呻き、吠えていた。 人ならざる音に人の叫びが混じった。

「ぁ、助け……」

 助けなければと立ち上がり走りだそうとすれば、抱きしめられた。

「過去の事だ」

 ゴーストに巻き付かれ、凍り付き、息耐えた死体にゴーストとなった元精霊が憑りつけば、それはグールと呼ばれる知性無き食欲の化け物となって人を襲い、共食いを始める。

 叫びと助けを呼ぶ声。

 血が流れ、すすり、肉が食われる。

 そんな景色を唖然として見た。

 愕然とし、唖然とし、呆然とする。

「ぁ……」

「凄まじい生と死の営みだろう。 美しいとは思わないか」

 その声は嫌味でも、嫌がらせでもなく、歓喜だった。

 気が付けば周囲は静かになり、そして赤い月に染まり雪の大地も赤く赤く染まっていた。

「コレは遠い過去の景色で、未来の景色だ」

 囁くような声は欲情に色に染まっていた。

「ぁ、あ、あ……」

 息が出来なかった。
 気が狂いそうだった。

 ヴェルツェと呼ばれていたと言う魔人の興奮が分かり息を飲んだ。 いきり立った固い欲情の証が、抱きしめられている背中にあたっていた。

「大丈夫だ。 主を傷つける気などない。 私にとってこの世界は価値がない。 私を目覚めさせたのは主、お前だ。 お前だけが俺に生を実感させ、幸福を与える」

 甘く、とても甘い愛の言葉なはずなのに……私は何故恐れているのだろう?

 愛とは?

 そっか……私、初恋もまだだった。
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