化け物と呼ばれた公爵令嬢は愛されている

迷い人

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5章 運命

33.主従

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 赤い脈動が集まる玉座に座る骸骨は堂々と美しく、腕は良いが趣味の悪い芸術家がドヤ顔で飾ったかのように思えてくる。

 その頬に触れてみれば、骨とは思えないほど滑らかで、良く手入れされた金属のようだと思った。 ひんやりとしていてどこまでも作り物めいて見える。 そう思えば、死者に対する畏敬、恐怖が薄れてくる。

 赤い魔力脈の光が点滅し、白い骨を赤く染め上げれば、骸骨を目覚めさせようとする眷属たちの足掻きに見えた。

 魔力脈の点滅は緩やかで、人の鼓動のようで、目を閉ざし微かに聞こえる音に耳を澄ませば、どこか懐かしさすら感じ心地よい。

 落ち着いてきた……。

 私は死を連想する存在に生を連想し、あった事もない母の身の内で守られていた日を思う。

「私は大丈夫……。 私は大丈夫なんだ」

 自分に言い聞かせた。

 私は大丈夫。 私は良いんだ。 問題はルデルス国の戦士達が入り込んでいた事。 王子の暴走、お遊びに貴族の馬鹿令息が付き合った訳ではない事。 知っていれば父様に眠りの魔法などかけるんじゃなかったと後悔する。

 あの時、何か出来たのでは?
 もっと最善の選択があったのでは?

 後悔と共に考えるけれど……、意味が無いと言う結論にすぐにたどり着いた。 反省も後悔も後回しでいい。 と、自分に言い聞かせ、ここからの脱出を考える。



「うん、無理」

 あっさりしたものだ。



 自空間を作れる精霊の空間から出るには、所有者が出そうとするか、それ以上の魔力で叩き伏せなければいけない。 膨大な魔力を保有し、聖女と呼ばれているけれど、眠りながら国の魔力管理を行い、魔物を倒すような相手に勝てるとは思えない。

「と、なれば……起こす? ……あぁ~~!! 水晶がない!!」

 手詰まりだ。

 どうやって、どういう理由で、ここに来たのかわからないけれど、人の力で何かが出来るものではない。 するなら……同格の精霊との契約と言う方法もあるけれど、既に魔人の空間にいるのだからどうしようもない。

 時空の精霊ロノスなら……とも思うけれど……。 既に召喚は拒否られているのだから、諦めるしかない。

「どうしよう」

 焦りがあった……。

 今こうしている間も、強奪、強姦、暴力……、そして死人が出ているのでは? と。 王子が主導したものなら、流石に自国を傾ける行為は……無い……と、思いたい。 となれば、これはルデルス国が王子を上手く利用し起こした侵略行為。

 最低限の痛みで、いかに欲しいものを手に入れるか?

 ちっ、

 私は舌打ちをする。

 ルデルス国は、弱小国である。 戦争に強い炎の精霊を、国家精霊として契約している。 炎の精霊は攻撃力こそ高いけれど、眠れる魔人のように魔力を操作、流動させ、寄せ集め、魔鉱脈を作る等の芸当は出来ない。

 私は無意識に、肘置きに置かれた白骨の腕を退かし、肘置きに腰を下ろし、白く固い腕を膝の上に乗せ、撫で、指を絡め、パペットのように弄びながら考え込む。




 今回の侵略は、王子がルデルス国に外交に招かれた事が全ての始まりなのは、王子の外交遠征を知っている者ならだれでも気づけること。

 ルデルス国は、炎の大精霊の加護を受け、国に、人に大きな影響を与えている。

・人は好戦的であり、戦力が高い。
・直情的だが、喧嘩を後に持ち越さない。
(喧嘩を売られた方は、根に持つが……)
・近隣国と比較し、気温がかなり高い。
・魔力管理がされていないため魔鉱脈はない。
・国土の魔力保有度が少なく魔物が発生し難い。
・主力農業はトウモロコシで、小麦、米の栽培には向かない。
・果物、香辛料等の贅沢品の栽培が盛ん。
・近隣国との関係性は悪い。

 隣国への略奪を冗談のように行う国で、喧嘩を売られれば嬉々として買い、勝利し、国家的賠償を要求する。

 チッ、

 私は行儀悪く舌打ちをうつ。

 ガーランドは、魔鉱石が豊富、小麦、芋、米の生産が多く、同時に畜産も盛ん、安定した国家運営がなされていると言えるだろう。 王子はルデルスの贅沢さを羨ましがったが、そんなに良いものではない。 だけど、流石に間に4か国もあって侵略を受けるとは思わなかった。

 とは言え、ジュリアン王子が先導を切っている以上、これは侵略ではなく内乱であり、私が討伐される事で内乱の褒美がルデルス国に与えられる事になる。 と言うシナリオかな?

 情報と言う材料が足りない。

 手にしている白骨の大きな手に指を絡めるのも、その手に頬を寄せるのも、全て無意識だった。 ちょっと手元が退屈だった。 その程度。

「っ……」

 触れ方が悪かったのだろう、頬が切れた。 もう8年の間圧縮した外皮で自身を守ってきた事で、どこか油断があったのかもしれない。 傷は自然に治るから気にしない。 気にしたのは、白く固く冷たかった手が、人のそれのように再構成され、手すりに座っている私が捕獲され引き寄せられ、膝の上に乗せられた。

 背丈は父親であるオルコット公爵と変わらないくらいだろうか? 魔人と言う割には筋肉量が多いような気がする。 長く黒い髪、赤い瞳はガーランド国では珍しいが、ガーランド国初代国王に仕えた騎士には、彼のような黒髪もいたと記録されていた。

「お前が、次の私の主か?」

 偉そうな口調だった。

「違うわ」

 私は、顔を見上げながら余り物を考えずに答えた。 思考が停止してしまったともいえる。

「私を、その血と魔力で目覚めさせておいてか?」

 目を細めれば、穏やかに笑っているかのようにすら見える。 性別は……男性……。 何しろ全裸だ間違いようがない。 年齢は、良く分からない。 精霊だから分からないと言うのではなく、老齢しているようにも感じるし、魔法機関の長達ほどにも思える。 頑固で偉そうな感じを見れば父様やミカゲ先生ぐらい? とも思うし、だからと言って馬鹿王子と余り変わらないようにも見えた。

「そんなに簡単に目覚めるものなの?」

「さて、どうだろう? 目覚めたものは仕方がない。 まぁ、いい、望みを言うが良い」

「もう1度寝直しなさい」

 反射的に言ってしまいしまったと思った。 国を奪われ、民が虐げられるなら、魔人による国の管理なんて必要ないと、どこかで考えていたのに、私は保守的な言葉を口にする。

「新しい主は、なんとも残酷な!!」

 演技がかって言いながら笑うから、私はその頬を両手で挟みながら聞いた。

「私が貴方の主なの?」

「Yes My master」

 ちゅっと軽く触れる口づけは、冷たかった。

「国中に蔓延る侵略者たちの魔力を限界まで奪って」

「そんな事でいいのか? 命じてくれれば敵を完全に完璧に跡形もなく排除することもでいるが?」

「私は、争いを好まないし。 これは、私が責任を負うべき事ではないもの。 私は、私の大切な人に死んでほしくない。 ただ、それだけだから」

「了解した」

 魔人は私に笑いかけた。
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