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5章 運命

32.玉座

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 力を誇示するように王子は暴力をふるう。
 殴り、蹴り、ナイフを振りかざす。

「叫べ、泣き叫びながら、そのオゾマシイ本性を見せろ!!」

 そう言葉にして脅しつけるが、暴力の手は緩んでいた。 暴力に痛みを感じていたのは7対3で向こうの方がダメージは大きい。 私の身体は魔力で作られた外皮に覆われているから大体そんな感じ。

 髪が掴まれテーブルに打ち付けられた。

 魔力を圧縮した岩のような外皮が私の皮膚を覆っている。 下手な鎧よりも強固に身を守ってはいる。 だけれど、流石に顔の3分の2は守っていないし、頭部も守っていないから、防具としては不完全。 まぁ、打撃吸収、オート回復がかけてある以上、命に係わるダメージを、王子ごときから受ける事はない。

 でも、痛みがない訳ではないからムカつく。

 とは言え、やられたふりをして見せない事には、思い通りになっていると思わせない事には、魔人を管理するための水晶を壊されかねない。

 状況を理解しないと。

「いやぁあああああ、やめてぇええ」

 叫んでみて、少しわざとらしかったかと思ったが、どうやら喜んでくれているらしい……。

 声を届けるようにと言われた際に、国内の魔力濃度が高まっている地域を中心に、音声と映像をつないだ。 今この部屋には、無数のガラスが宙に浮き各地を見る事ができるし、音も繋がっている。 ついでに向こうからこっちも空に映し出され見えるようにしてある。

 各地では火の手が上がり、ガーランド国の人間とは違いガッシリとした筋肉に覆われ日焼けした肌の男たちが、現在採掘中の魔鉱脈を中心に現れ暴れていた。

 鉱脈にいるのは、屈強な採掘工たちで、人間相手であれば頑張って対処をしていた。 各地に分散させるほどの小精霊がルデルス国にいなかったのが幸いだった。

 そんな状況であれば、魔脈が、各地の魔力を集めながら汚れも吸い集めるのも仕方がないだろう。 興奮状態で気づいていないのか? 王子の肌には発疹が現れ赤く腫れあがっていっている。

「早く、早く正体を現せ!! ひゃっははっは」

 王子は私に蹴りを入れ、指を絡めた髪を持ちあげ、テーブルに何度も打ち付けた。

「顔はやめて!!」

 そして私は、言葉にならない叫び声をあげ、それに王子は歓喜する。

 この変態が……。

「そんな顔でも惜しいのか!?」

 ニヤニヤとした声で髪をつかみ、持ち上げられる。 幾度かの打撃によって、顔の外皮が剥がれ露わになる素肌が増えていた。 それを見て王子は眉間を寄せ、今まで触れる事の無かった外皮に指を伸ばそうとしてきた。

「止めて……」

 そう言いながら、恐怖で震えるよう演じながら、私は各地へと視線を巡らせていた。 突然に振るわれた集団からの暴力。 備えの無い状態で受けたソレにより怪我人も出ているらしい。

 他国よりも魔物被害が多いと言う欠点は、今回は籠城と言う意味では長所となり、思ったように暴力をふるえないと憤りを見せた者達は、破壊と略奪を繰り返していた。

 精霊ギルドは役に立たない。
 守る者のいない魔導師など、機動力の高い子供以下。
 神殿は、まぁ、神殿だ。

 それでも騎士達が、王子側に全くついていなかったのは幸いである。

 だけど、状況を一転させるには私が何とかするしかない。
 
 魔人に人を攻撃させた前例はある。 そのたびに、術式には亀裂が入り修復を必要とした。 今、王子の手元にある魔人を管理するための水晶は、そろそろ限界を迎えていると言うのが各魔法機関の見解だった。

 先は知らない。
 全部はこいつが悪い。
 王子が悪い。

 王子が私の顔に触れようとした直前。 私は、身体の、顔の、赤黒い外皮を溶かしだす。 それは血のように体の表面を流れ、肌を赤く染め、ドレスを赤く染める。 顔の反面も赤く染まりだし、床に赤い液体が落ちる。

 赤黒いソレは、石づくりの床に赤い水たまりを作り、石と石の隙間からどこかに流れ出していく。

 溶ける赤黒い魔力の塊。
 赤く赤いソレは命の色。
 私の命の色。

 各地から見える映像には、王子の暴力により私が流血したように見えるだろう。 まぁ、それに等しいだけの暴力は既に振るわれているんですがね。

 各地を移すガラス片のような映像の数々。 そこから悲鳴のような声が届いてくる。 私の流血(に見える状況)を嘆く民の声に、王子が躊躇い困惑していた。

「何をした……何をした!! 化け物が!! なぜ、人は私を支持しない!! こいつは化け物、化け物なんだぞ!! こんな醜い姿を見て、なぜ聖女だと未だこの女を呼ぶのだ!! 早く、早く正体を見せよ!! 醜い姿に転じて見せろよ!!」

 外皮が血のように溶け落ちた私の顔は、母であるユリアに似ている。 各地を視察に巡り、領地改革に積極性を見せ、災害時には自ら救援を行っていたと言われるユリアは、死した今も各地にファンが多い。

 だからこそ、聖女様を解放しろと言う声が一層高まった。

「な、何だ。 なんだよ!! 化け物の癖に!! なんでだよ」

 批判の声が届けば、王子は躊躇を見せた。 僅かの隙に髪をつかむ手を振り払い水晶を奪い取ろうとすれば、王子は絶叫と共に床に水晶を叩きつけた。

「私を認めない民など知るかぁああああ!!

 しまった……!!

 自分が収める国と思えばこそ、水晶を壊す事はないと思い込んでいた。 水晶が私の血……に見える液体化した魔力の上に落ち、そして沈んでいった。

「ぇ?」

 気づけば私もまた、足元を濡らしていた魔力液に沈みだしている。

「エリアル!!」

 王子が私の父様がつけた名を呼び、私の手をつかもうとした。 何故、そうしたかは分からないが……私は助かる事よりも反射的にその手を叩きはじいてしまったのだ。

 しまった……戻らなければいけないのに、そう思った時にはもう遅い。

「ここはどこ?」

 そう声を出し誰もいない空間に聞いて見るが、私はここがどこか知っている。

 暗い暗い闇の空間。 闇の中に大樹の根のように張り巡らされ、脈打つように流れるのは、この国に流れる魔力脈。 赤い赤い命の川。 私はその魔力脈の中央を目指して走った。

 早く元の場所に戻らなければ……。
 どうしてこんな場所に来てしまった?
 私を魔物と認識し、この空間に引き入れた?

 帰らないと……。
 侵略を終わらせないと。
 大切な人を救わないと。

 私は走る。



 魔力脈の先にいたソレは、玉座に座っていた。

 暗い闇の空間。
 赤い魔力脈。

 玉座の主は、どこまでも白くて白い……骨だった。
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